第2話 馬鹿王子、廃嫡される

「マルグリス! 何を考えているのだ、お前は!!」


 パーティーの翌日。

 父に執務室へ呼び出された僕は、部屋に入るなり叱責された。


「何のことでしょう?」


「とぼけるな! ユグノリアの娘との婚約を破棄するなどという、世迷よまごとを口にした件だ!」


 僕の父――ガリアール王国国王チャールズ九世が、怒りに顔を紅潮させながらそう叫ぶ。

 まったく、こらしょうの無いお人だ。


「はあ、その件ですか。むしろ褒めていただけるかと思っていたのですが。父上はユグノリア公のことがお嫌いなのでしょう? 


 その言葉を聞いて、父上の顔から赤みが消えた。そして、冷ややかな声音こわねで、


「知っていたのか?」


「それはもちろん。父上が内心でユグノリア公を嫌っておられることは、この国の貴族なら誰でも……」


「そのことではないわ!!」


 父の顔色がまた朱に染まった。せわしないな。


「はて、ではどのことでしょうか? いずれにしても、これで?」


「お……お前という奴は……!!」


 怒りのあまりわなわなと震えながら、父は叫んだ。


「もういい! お前は今日限りで廃嫡だ! 王位継承権を剥奪する! 上に、ユグノリアめに余計な借りまで作らせおって! お前の顔など見たくもないわ!」


「そうですか。失礼いたしました。それでは父上、御機嫌よう」


 恭しく頭を下げ、僕は執務室を退出した。何やらまだ父が怒鳴っている声が聞こえてくるようだが、顔も見たくないと言われた以上、お見せしないようにするのが親孝行というものだろう。



 執務室を出て少し歩いたところで、僕はキャサリン嬢と出会でくわした。


「お話を聞いて驚きましたわ。まさか殿下があのようなことをなさるだなんて」


 無邪気そうな笑みを浮かべながら、キャサリン嬢が言う。


 キャサリン=ギース。最近国王僕の父と関係を深めているギース伯爵家の娘で、ヘンリエッタリエッタとともに「王国の双璧そうへき」と称えられる美女の一人だ。

 それにしても、王国の重臣である伯爵はともかく、その息女にすぎない無位無官の小娘が、王宮を我が物顔で闊歩しているというのは、いかがなものだろうか。


「そんなことをなさらずとも、ヘンリエッタさんははずでしたのに」


 無邪気な――あるいはそう装った笑みに、冷笑が混じる。


「なるほど、君も知っていたのか」


「何を、でしょうか?」


「さて、何だろうね」


 小首をかしげるキャサリン嬢と、欠片かけらも心が温まることのない会話を交わす。

 一口に美人と言っても、リエッタとは大違いだ。


 いや、実は、生真面目でいささかとっつきにくいところがある(らしい。僕はそうは思わないのだが)リエッタよりも、むしろ一見無邪気で愛くるしい(らしい。以下略)キャサリン嬢の方が、世の男どもの人気は高いようだ。

 理解しがたい。


 黄金の糸のような髪に、黄昏たそがれの空のような紫色の瞳。僕たちより一つ年下の十七歳の美少女は、無邪気な笑みを絶やさぬまま言った。


「いずれにいたしましても、殿下とヘンリエッタ嬢のご婚約は白紙に戻ったわけですわよね。では、わたくしが新たな婚約者に名乗りを上げてもよろしいでしょうか? はばかりながら、我がギース伯爵家も旧王国の流れを汲む名門の家柄。三公爵家にもけっして引けは取りませんわ」


 確かに、ギース伯爵家は旧王国時代の生き残り貴族のうちの一家いっけ。魔王戦争の功績で成り上がった三公爵家――今では一家いっけ断絶し、二公爵家だが――よりも、むしろ家格は高いとすら言えるだろうが……。


「あいにく、僕は王位継承権を剥奪された身でね。名門の御令嬢の婿など恐れ多いよ」


「あらあら、それはそれは。でも、そのようなことはどうでもよいのではございませんこと? 殿下が殿下でいらっしゃることに変わりはありませんわ」


 それは、言葉だけ見れば、王太子という肩書にかかわりなく僕という人間そのものを見てくれているのだと、喜ぶべき内容だったろう。

 しかし、一見無邪気そうな表情で僕の全身を舐め回すように見つめるその眼差しは、何とも言えず気色が悪い。

 いささか下世話な表現だが、うら若い女性が中年男性に頭から足先までねっとりとした視線を浴びせられたら、おそらくこんな気持ちになるのではないだろうか。


「そう言ってもらえるのはありがたいけれど、父君のギース伯だって納得されないだろう。君にふさわしい男性はきっと他にいると思うよ」


 おためごかしな台詞を口にして、僕は彼女と別れた。

 廊下を曲がって彼女の視線からようやくのがれた時、僕は我知らず安堵の溜め息をいていた。

 愛くるしい美少女のどこにそれほど恐怖を感じるのか、自分でもよくわからないのだが……。

 まあいい。もうこの先彼女と関わり合うこともないだろう。


 僕は首を振って不快な気分を追い払い、こっそり王宮を出て、城下の酒場へと向かった。

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