婚約破棄して廃嫡された馬鹿王子、冒険者になって自由に生きようとするも、何故か元婚約者に追いかけて来られて修羅場です。
平井敦史
第一章 馬鹿王子、旅立つ
第1話 馬鹿王子、婚約破棄を宣言する
※ヘンリエッタ視点でのスタートですが、主人公はマルグリスです。
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「へンリエッタ嬢、君との婚約を破棄する!」
マルグリス殿下のその言葉を聞いた率直な感想は、とうとう頭がどうかしてしまわれたのだろうか、だった。
王立魔法学校の卒業パーティー。私たち卒業生と教師の方々によるこじんまりした祝宴とはいえ、少なくない数の人たちが見ている前で、この人は一体何を言っているのだろう。
殿下の左腕には、着慣れないドレス姿のレニーが抱きついている。
平民出身、いやそれどころか、孤児で冒険者の養父母に育てられたという彼女。少々口は悪いものの、そのさっぱりした性格は決して嫌いではないのだが……。王太子――このガリアール王国の次期国王となるべきマルグリス殿下がエスコートするにふさわしい女性とは、到底思えない。
彼女が「
私、ヘンリエッタ=ナバーラは、代々ユグノリア公爵位を継承するナバーラ家の娘で、マルグリス殿下の婚約者だ。
本来ならば、殿下の隣にいるのは私のはずなのに――。
「……理由を、お聞かせ願えますか?」
絞り出すように、そう尋ねる。殿下は前々からレニーと親しくされており、特にここ最近の親密ぶりは度が過ぎるのではないか、というような話も耳にしてはいた。けれど、いくらなんでも、こんな暴挙に出られようとは想像もしていなかった。
一ヶ月後には結婚式も控えているというのにだ。
「すべては真実の愛のため……、いや、こちらの話だ」
殿下はそう言いながら、
それは確かに、私の胸はそれほど自慢できるようなものではないけれど、かと言って、決して貧相というわけでも……、いや、何を考えているのかしら、私としたことが。
「私たちの婚約は、国の行く末にも関わること。たとえ王太子殿下といえども、一存で破棄などなさって良いはずがありませんわ。このことは、国王陛下はご存じなのですか?」
「いいや、父上のお耳には入れていない。けれど、きっと了承してくださるだろう。何しろ、
その言葉を聞いて、私は怒りよりも悲しみで、目の前が真っ暗になった。
我が父ユグノリア公が、その傲岸不遜な性格ゆえに、陛下との間に
それを、こんな衆人環視の中、両者の不仲を公言するとは、一体どういう了見なのだろう。
このようなお方ではなかったはずなのに――。
初めてお会いした頃、当時|私たちはともにまだ十歳。
ふんわりとウェーブのかかった蜂蜜色の髪に、晴れ渡った秋空色の瞳のマルグリス様は、少々引っ込み思案な一面はあったものの、大変聡明なお方で、周囲の者たちにも優しく、とても素敵に思えたものだった。
そして、魔法学校に入学してからも、魔法にも学問にも真面目に取り組まれ、一流の成績を修めて来られた。
もちろん、婚約者である私との関係もきわめて良好だった。
それなのに、卒業と結婚を目前にして、他の女性との関係を取り沙汰されるようになり、ついには今回の暴挙。何故こんなことになってしまったのか――。
「とにかく、僕はレニーをパートナーにすると決めたんだ。誰にも邪魔はさせない」
駄目押しのように、殿下がそうおっしゃった。
もう、私から申し上げるべきことは何もない。殿下がそう望まれるのならば、どうぞご勝手に。
「私の一存でお返事はいたしかねます。けれど……貴方がそうなさりたいのなら、お好きなようになさいませ」
そう言い捨てて、私は殿下に背を向けた。
一瞬、レニーの顔がちらりと目に入った。燃え上がるような赤髪の平民娘は、何が面白いのかニヤニヤ笑っていたが、その琥珀色の瞳にはほんの少しだけ、申し訳なさそうな色が浮かんでいるように思えた。
……もしかして、憐れまれている?
私は最悪の心境で、パーティー会場を後にした。
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