第4話 馬鹿王子、野に下る(後編)

「そもそもの話なんだけど、何で馬鹿王様はそんなに公爵様を憎んでるわけ?」


 正直、そこんところはずっと気になってたんだよね。

 マグはちょっと困ったような顔で、


「いくつも理由が絡み合ってはいるんだけどね。まず、お互いに性格が合わないことに加えて、父上にとってはユグノリア公の有能さが劣等感の種だったみたいだ」


「えっ、仮にも王様でしょ? 家臣の有能さに嫉妬してどうすんのさ」


 有能な家臣を使いこなしてこそ、立派な王様ってもんでしょうが。


「単なる家臣ならまだよかったんだけどね。先王――僕のお祖父じい様は、姉の子であるユグノリア公を養子に迎えることをかなり真剣に考えていたみたいでね。」


 あーなるほど。王位を巡る恐ろしいライバルだったわけだ。曲がりなりにも跡取りである自分がいるにもかかわらず、従兄弟いとこを養子に迎える、なんて話になったら、そりゃあプライドも傷付くだろうけどさぁ。


「それに、領地の問題もあるしね」


「領地?」


「そう。君も知ってると思うけど、五百年前の魔王戦争の時、当時の旧王国の王都エリシオンに侵攻してきた魔王メディアーチェを、“四英雄”が迎え撃ち、見事討ち果たした。そして、勇者ガリアールは、比較的被害が少なかった王国西部の港湾都市であるここ、マッシリアを新たな王都として新王朝を開き、魔王によって壊滅させられたエリシオンの復興は、聖女ユグノリアが受け持った」


 ガリアール王国史のおさらいだね。魔法学校の教養の授業で習ったから、あたしだって知ってるよ。

“四英雄”、あるいは“勇者ガリアールと三女傑”と呼ばれる人たちが、魔王メディアーチェを討ち、今のガリアール王国の祖となったんだよね。

 勇者ガリアールは、旧王家の生き残りであるアンジェリカ姫を妃に迎え、魔王討伐の戦友であり恋人でもあった三人、聖女ユグノリア、剣聖アンジュ、そしてあたしの二つ名の元祖である天魔ロレインの三人を側室にして、それぞれが生んだ子を公爵に封じ、王国の藩屏はんぺいとした。それが、ユグノリア、アンジュ、ロレインの三公爵家の由来だ。


「その当時は、メディアーチェがき散らした瘴気しょうきの浄化はユグノリアが担当するしかないということで、妥当な役割分担だったのだけれど、エリシオンの復興が果たされて以降、王国の中心であるエリシオンを一家臣にすぎないユグノリア公爵家が押さえていることに対して不満が出始めてね」


「それ、身勝手過ぎない?」


「いや、まったくもってその通りなのだけどね。ただ、これには王家のメンツだけじゃなく経済的な事情も絡んでるんだ。ここマッシリアから諸外国に輸出される主要産品の一つが絹織物なんだけど、その主産地がエリシオンなのは知ってるだろ?」


「エリシオンおりってやつだね。東方の織物にも引けを取らないっていう話だけど」


「そう。そして、その原料となる生糸きいとの主産地が、王国東部のマルベリーヒル。アンジュ公爵領の一部――だった」


「だった? あ、ひょっとして……」


「そう。アンジュ公爵家が当主の夭折ようせつが続いたことで断絶し、王家直轄領に組み込まれたんだ。そのせいで、エリシオンを王家が手に入れれば養蚕・製糸から絹織物生産、そして輸出までの全工程を握れるという欲が出た」


「それまたがめつい話じゃない?」


「うん。そう言われるとぐうの音も出ないんだけどね。とは言え、王家の財政も中々厳しい状況だから。で、王家はユグノリア公爵家に南部の直轄領との領地替えを持ち掛けた。穀倉地帯や銅鉱山を有し、広さでも経済的価値でも現ユグノリア領に引けを取らない好条件を提示したつもりだったんだ。けれどユグノリア公は、頑として首を縦に振らなかった」


「なるほどねぇ。それで、いっそ殺して奪ってしまえ、なんて思ったわけか。……言っちゃっていいかな?」


 一応、マグにお伺いを立ててみる。マグはあたしの言いたいことを察したのか、肩をすくめて、


「どうぞ。はっきり言っちゃっていいよ」


 じゃあお言葉に甘えて。


「それ、完全に盗賊の理屈だよね」


「いや、面目次第もない」


 だからマグが恐縮することなんて全然無いんだってば。


「まあ、何にせよそんなわけで、元々根深い問題な上に、ユグノリア公と政治的に対立している連中や、公爵領が没収されるようなことになればおこぼれに預かろうっていう欲にかられた連中が集まって来て、馬鹿な陰謀を企んだってわけさ」


 なるほどねぇ。


「けどさぁ、国王が重臣を謀殺なんてしたら大騒ぎは避けられないでしょ。正当化できるとでも思ってたのかな、馬鹿王様は?」


「ああ、それなんだけどね。どうやら父上は、ユグノリア公がアングラム王国と内通しているとでっち上げるつもりだったみたいなんだ。ほら、アングラムとの十八年戦争の停戦交渉に尽力したのがユグノリア公だっただろ」


「はあ!? ふっざけんなよ馬鹿野郎!!」


 思わず頭に血か上ってしまった。ごめん。マグは全く悪くないよ。


 十八年戦争――。その名の通り、隣国アングラムとの間で十八年間の長きに渡って繰り広げられた戦争、そしてあたしの実の父さんが命を落とした戦争だ。

 些細な領土紛争に端を発し、だらだらと続いた挙句双方とも得るものの無かった馬鹿な戦争。両国ともその馬鹿々々しさに気付きながら、拳の降ろしどころがわからずに血を流し続けたこの戦争を、どちらも体面を保てるような形で停戦させた立役者が、若き日のユグノリア公爵様だったのだ。


 けれど、そのことで公爵様は、わからず屋どもからアングラムの手先だのなんだのと非難された。

 いや、正直に言おう。あたしも昔は、公爵様がアングラムに妥協したせいで父さんの戦死が無駄死にになってしまった、なんて恨んでいたんだよね。

 でも、魔法学校に入ってマグに色々教えてもらい、今では公爵様のおかげで父さんみたいな犠牲者やあたしみたいな孤児がそれ以上生まれることを阻止できたのだ、と思えるようになった。


 実はユグノリア公とは、一度だけお目にかかったことがある。

 一昨年おととし、魔法学校の成績優秀者が馬鹿、もとい国王陛下や王国の重鎮の方たちの前で研究成果や魔法の実力を披露する試問会に、公爵様も来られていたのだ。


 公爵様は馬鹿王様やその取り巻きどもから、傲岸不遜ごうがんふそんだなんて言われてるみたいだけど、あたしはそうは思わない。

 あの方はとても誇り高いのだ。

 だから相手が国王陛下だろうと媚びへつらったりしないし、逆に、身分が低い者たちに威張り散らして自分を偉く見せようだなんてこともしない。

 そんなお方に、やるに事欠いて外国との内通の冤罪をでっち上げる?

 駄目だ本気で殺意が湧いてきた。

 あたしはエールをぐいっと飲み干して、気持ちを落ち着かせた。


「ふう。まあいずれにしても、公爵様のお命を救えてよかったよ」


 マグの頼みだからっていうのももちろんあったのだけれど、あの方のお命を救えたのは本当に嬉しいことだ。あと、ヘンリエッタリエッタのやつも巻き添えで殺されるのを防げてよかったよ。

 こと光魔法に関してはあたしも脱帽するしかない天才。銀色の髪に緑柱石色エメラルドグリーンの瞳、やたらと美人な同級生。人呼んで「聖女の後継」。生真面目で口うるさいのが玉にきずだけど、死なれちゃ寝覚めが悪いからね。ま、あくまでだけど。


「本当、レニーには感謝してるよ」


 へへっ。どういたしまして。


「それにしても……」


 パーティーでの一幕を思い出し、あたしはニヤニヤしながらマグの顔を見た。


「マグ、『真実の愛』がどうのこうのとか言ってなかったっけ?」


「ちょ、勘弁してくれよ。あれはつい……。自分でも口にした瞬間めちゃくちゃ恥ずかしくなったんだから」


 ふふ。マグの焦った顔なんてほとんど見たことないからね、中々貴重だよ。

 いや――、揶揄からかったりしちゃ悪いな。

 愛する女性リエッタの命を救うため、馬鹿王子の汚名を着て、王太子の地位も、愛する人との未来さえも捨て去った。これが「真実の愛」でなきゃ何だって言うんだ。


 リエッタが羨ましくない、と言ったら嘘になるだろう。

 正直に言おう。あたしはマグのことが好きだ。大好きだ。

 でも、所詮は王子様とド平民の娘。あたしたちの人生は、魔法学校でほんの一時ひととき交わっただけ。

 あたしなんかを妻に娶るだなんて周囲が許さないだろうし、よしんば側室になったとしても――、王宮という名の牢獄に閉じ込められて、あたしがあたしでいられるとはとても思えない。残念ながら、「愛」ってやつは万能じゃないのだ。


 やっぱり、マグの隣に寄り添うことが出来る女は、リエッタをおいて他にはいないだろう。

 さて、王太子じゃなくなったマグのことを、あんたは支えてやれるかい?

 あんたの愛が真実のものかどうか、じっくり見届けさせてもらおうじゃないか。

 ――そう、思っていたのだけれど。


「さて、今夜はこれくらいにしておこうか。――明日からよろしく頼むよ、レニー」


「ん? 何の話だい?」


「決まってるじゃないか。パーティーを組んで一緒に冒険しようって話だよ。言っただろ? 


 おいおい、ちょっと待ってよ!


「な、何言ってるんだよ! だいたい、王位継承権を剥奪されただけで、王族の立場まで失ったわけじゃないんだろ?」


「それはそうだけどね。今回の件で正直うんざりしたんだよ。権力を巡る醜い争いってやつに」


「だからって! 王子様がいきなり冒険者になろうってのは極端すぎだろ!」


「何言ってるんだ。人々に害をなす魔物を退治したり、困っている人たちの手助けをしたり、冒険者っていうのは尊い仕事なんだ、っていうのは君の口癖だろ」


 いや、それはそうだけどさぁ。


「僕の技量は君も知っての通りだし、それに君、パーティーを組む仲間がまだ見つからないって言ってたじゃないか」


「うぐっ! いやほら。いざとなったら一人で……」


「駄目だよ、危険すぎる。この前小耳に挟んだんだけど、王都の冒険者ギルドでも腕利きと評されていたオーティスって人が行方知れずなんだろう? どんなに腕が立っても、一人だと何があるかわからないんだ。悪いことは言わない。僕と組もう」


 マグの顔は真剣だった。いや、冗談でこんなことを言うようなやつじゃないことは承知しているんだけどさ。


「……わかったよ。後悔しないね?」


「しないよ。絶対に」


 そう言って、マグが右手を差し出す。その手をぎゅっと握ると、あたしの心臓がどくりと跳ねた。


 王子様マグ冒険者の娘あたし。決して結ばれることのない二人。

 でも、同じ冒険者同士なら?

 あたしの胸の中で、ほのおが燃え上がった。

 ここで怖気おじけづいたら、あたしは一生後悔するだろう。

 たとえ、マグがいつか本来いるべき場所に帰って行く日が来るとしても……。


「マグ、覚悟はいいかい?」


「もちろんだよ」


 明るく爽やかな笑顔で答えるマグ。こいつ、全然わかってなさそうだな。

 まあいいや。マジで覚悟しろよ。



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カトリーヌ=ド=メディシス「婚礼にかこつけて政敵をおびき出して謀殺するとか、そんな非道なことする人、本当にいるのかしら?」


ガジャ=マダ「無い無い。そんなやついるわけないじゃん。妄想乙www」











※カトリーヌ=ド=メディシス(1519~1589):フランス王アンリ二世の妃、シャルル九世の母。カトリック教徒。娘のマルグリットとプロテスタントであるナバラ王アンリの結婚式のためにパリを訪れたプロテスタントたちが虐殺された「サン・バルテルミの虐殺」の首謀者。


※※ガジャ=マダ(1290頃~1364頃):インドネシア・マジャパヒト王国の宰相。マジャパヒト王と長年対立してきたスンダ王国の王女の結婚式に際し、首都を訪れたスンダ王および重臣たちを謀殺した「ブバットの悲劇」の首謀者。

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