第4話 冒険者志望者の災難 ❸



 昨日はとんだ屁っ放り腰だったジャガの斧で真っ二つになったゴブリンの身体が二つ・・に差をつけてズリ落ち、オニンの放った『石礫ストーンバレット』に片眼を射貫かれたゴブリンがアヘ顔で仰向けになって地面にどうと倒れる。



「はぁ…はぁ…」

「ふへぇええ~…」

「おしっ!今日はこの辺にしようか。ギルドに提出する耳は忘れずに集めとけよ」

「「…………」」



 今日も今日とて、アマランサから押し付けられた新人…いや、冒険者志望の四人の実地研修だ。

 こればかりは本当に地道な訓練と実戦経験を積む他ないからなあ。


 都市伝説で聞いた“レベルアップ”なんてものがあれば余程楽になるんだろうが…。


 魔物と戦えば、倒せば、やればやるだけ際限なく強くなる?


 在り得ない。

 そんなものある訳ない。


 俺のようなまだ若僧が言うのも生意気だろうが…。


 強さとは――“慣れ”だ。


 訓練したり、身体や魔法を鍛えたりするのも自分の能力を十全に生かす為に肉体と精神を慣らす為だと俺は思ってる。


 戦士の資質を持ってる奴がどれだけ鍛えたって誰もが超人・・の領域に達せる訳ではないようにな。


 それにまた個人の意見だが、肉体的には幾らゴリゴリの超人でも俺が“完全に慣れた”と見做す冒険者の方が勝るケースはままある。


 未だジャガとオニンの二人はゴブリンの耳集めに苦戦しているが、そんな彼らでも今後、真に自分の能力に慣れ切った・・・・・暁には。


 少なくとも超人と持て囃される一角のアイドル冒険者にも劣らないと俺は予想するがね。


 俺にとって冒険者界隈で“能無し”と呼ばれる者は、その“慣れ”を諦めた者のことだからな。



「……それにしても皆だいぶ戦い慣れた……てか臭っ・・!?」

「「…………」」



 終始見守り役に徹していた俺と違って懸命に頑張っている四人はゴブリンと近接戦に興じたり、ゴブリンの死骸から討伐数証明となる耳を切り取る際に飛び散る毒々しい黒紫色の血が大量に身体中に付着していた。


 ゴブリンそのものが不潔な存在だが、体液が生じる悪臭は堪えがたいものがある。


 そんな理由からゴブリンを相手をするのを嫌がる冒険者が多くて意外に馬鹿にならないんだよなあ。


 ちゃんと仕事しろよな、中央のギルド連中共。


 だから俺のギルドの見習いが割を食うハメに遭うんだからな。



「ねぇ~! いい加減にさっき使った魔法について教えてよぉ~?」

「そういやあったな! 藪の中に隠れてたゴブリンまで雲が追っかけってってよ!」

「…ああ、アレか? あんなのは単なる選択肢オプションの一つだ」

「「おぷしょん?」」



 ジャガとオニンが同じタイミング、同じ動作で首を傾げる。

 お前ら兄妹か。


 いや、最低でも魔法職になろうとするオニンはこんくらいは知っとけよ。


 そこへ、既に耳の回収を終えているルウが口を開いた。



「……多分、『誘導型ホーミング』を使った術式ですよね?」

「ほお? だが、残念ながらその術式じゃない。『追跡型トラッキング』の術式だ。まあ、名付けて――『雲夢の追跡者スリープクラウド・チェイサー』だな!」

「かっけえー!!」

「それぇうちにも教えて!」

「オニン。お前みたいな未熟者が応用術式をそうそう簡単に扱おうなんざ十年早いぞ? …そうだな。あの木に背中向けた状態で出した『石礫ストーンバレット』を当てられたら本腰入れて俺も考えようかなあ~。無論、俺が言い出しっぺだ。タダで教えてやるよ」

「ホント!?」



 だが、意気揚々と放ったオニンの『石礫ストーンバレット』が弧を描けた角度は精々三十度ほど。

 全く見当違いの藪の中に消えた。


 オニンは落ち込んでしょぼくれてるが、そもそも見習いにはそう簡単に使えるもんじゃないからな。


 『追跡型トラッキング』は選択肢オプション術式の一つ。

 主に魔法が対象を追尾する動きを加える術式『誘導型ホーミング』の上位互換。

 しかも、『誘導型ホーミング』に加えて、条件を満たした対象を選ぶ動作を加える術式の『索敵型サーチ』の性能を併せ持つそれなりに複雑で腕も要る術式だ。


 そう簡単にマスターされたら長年修行して修得した俺の立つ瀬が無い。


 だが、オニンの使う魔法はほぼ自己流。

 少なくとも魔法のセンスはある…――間違いなく、魔術師の資質持ちだろうな。

 俺が即席で教えた『誘導型ホーミング』の術式をまだまだ完全ではないにしろ、その日の内に『石礫ストーンバレット』の軌道を変えることに成功してる時点で明らかに俺よりも才能がある。


 しかし、今は単純に『石礫ストーンバレット』の威力と正確性を安定させるべく、基礎デフォルトの一つである単純に魔法を対象に向って直線的に、正確に飛ばす動作をする基礎術式である『一途ストレート』を鍛えるべきだ。


 俺は「百の魔法を使えるようになれ」っていう一般的な魔法使いの考えとは違う。


 「一の魔法を極めろ」とか言っちゃうタイプだからな。

 

 

 だが、だいぶ四人の戦闘スタイルが見えてきたな。



 ルウは端的に言えば魔法剣士か。

 大気属性の剣士で、魔術知識も恐らくこの中じゃ一番だし|刺突剣(レイピア)の扱いも上手い。

 冷静でゴブリンとの戦闘も一番早く慣れた。

 気になるのは、残りの魔法適性女子二名と違って全く俺に魔術に関して教えを請わないところだな。

 …まあ、余程の自信家か、それとも単に俺を侮蔑してんのかは知らんが。


 ジャガはぶっちゃけ一番四人の中じゃ能力は低い無属性。

 ガタイは良いが特殊な能力を持たない重戦士タンクになっちまうかもだ。

 だが、今後この四人で冒険者をやるんなら必須だろ。

 ルウもキャロも前衛張るには華奢過ぎる。


 キャロは現段階じゃ最も四人の内で戦闘能力が高いだろうな。

 大気属性の魔法適性があるし、俺がちょっとコツを教えただけで『風撃ウイングシュート』が使えるようになったのはデカイ。

 そもそも狩人の経験から戦闘でもビビらないし、破壊魔術と付与魔術どちらの要素も持つ『風撃ウイングシュート』を纏わせた矢はいとも容易くゴブリンをバラバラ死体にできる。

 問題は日に何度も連発できない点だが、修行次第だろ。


 オニオは大地属性の魔女(※女性魔法使いの意)志望。

 …頭の出来の良し悪しは判らんが、鋭い五感と高い吸収力を持ってる天才肌って感じだ。

 初心者用の術式杖カンペを使ってはいるが、自己流の正式な魔術の手解きなしであそこまで最初からできるんなら今後期待できる。



「ところでアーバルスさんよお。もういい加減ゴブリンは良いんじゃねえか? もう今日までに百匹近くは倒してるだろう…」

「そうだそうだ!」

「「…………」」



 ゴブリンの死骸を始末したジャガとオニンが俺にそう抗議する。


 だが、一方でルウとキャロは暗黙の構え。

 狩人をしてたキャロは知ってて当然か。


 俺は懐からアマランサが渡してきた依頼書を見せてやる。



「一応、依頼書じゃ最低五匹討伐・・・・・・するように書いてある。因みに、コレは中央のギルドでも同じ書き方・・・・・をされる」

「ならよ。もう十分なんじゃ?」

「ゴブリンってのは社会性魔物の代表格だ。そもそもゴブリンが出たってだけで結構な案件なんだぞ? なあ?」



 俺はさっきから疲れた顔で黙っている二人に話を振った。



「あくまでも自警団の人から聞いた話だけど、ゴブリンを一匹見掛けたら必ずその近くにもう百匹・・いるって……」

「狩人でも常識。ゴブリンを討伐できる戦力のない小さな村なら逃げ出すから」

「って訳だ。馬鹿正直に五匹分の耳だけギルドに持って帰った奴は笑い者にされるのさ。まあ、初心の冒険者が必ず通る道ってヤツだな」

「「うげげっ」」



 そう。そしてギルドに無事帰還できる・・・・・・・初心者連中もそう多くないって話が尾ひれに付くが…。


 ゴブリン自体は弱い部類だが、問題はその驚異的な繁殖力。

 そして、魔物の生態は得てしていびつ


 極論。魔物に性別は無い…正確には両性具有の場合が多い。

 だが、ゴブリンやオークの類は雄の生殖能力のみしかないのは有名な話。


 よって、他種族の雌を襲って孕まし…その数を増やす。

 奴らの守備範囲は家畜から人間の女子供までと実に幅広い…。


 男は殺し、攫った女達も用が済めば同じく食糧となる。


 ゴブリンだけでなく、多くの魔物が犠牲にする非魔物は単なる資源でしかない。

 

 ま。その辺は俺らだって同じだろうがな?



「取り敢えず。お前ら揃って臭いからゴブリンの血を洗い流してこい。明日の朝、エリエンテに帰還するぞ」

「うちにあの魔法はぁ~!?」

「十年早いって言ってんだろ? 先ずはキチンとだな――あ!コッチくんな!? 俺のローブが汚れるだろ!!」




     👁




 …はあ。アレが若さか。

 十も齢が離れた奴らと一緒してると何だか随分老けてしまった錯覚に陥るぜ。


 俺は月夜が映える河原の側に一張羅ローブを脱ぎ捨て、水浴びで汗を流す。


 フフフ…他の蒙昧な冒険者共じゃ普通こんな隙は見せられないぞ?


 俺の昏睡魔法――…半径3キロメートルの魔物を問答無用で半永続化した『雲夢の追跡者スリープクラウド・チェイサー』で眠らせているからこその境遇さ。


 仮に俺の最強の昏睡魔法に抵抗できる奴がこの範囲内に入った場合、俺は勿論そいつを感知できるし、別の対策魔法もあるから抜かりはなし!



 いやあ~本当に俺の昏睡魔法ってば最強ね!(サムズアップ)



 ……だのに、どうしてあの美少年ルウのような誤解者が生まれるのか。

 悲劇でしかない。


 こんな利便性に長けた魔法なんて他にないぞ?


 だからこそ俺はそれを証明する為に他の魔術系統の魔法だって研究しまくったんだからな。



「はあぁああああ~~…どうしてこの魔法の素晴らしさに誰も気付けない?」


「――…え。 アーバルス…さん…?」


「…ん? おお! ルウじゃないか? ジャガの奴と一緒に向こうに行ったんじゃっ……なか……」



 そこには銀色の月光に照らし出された白い肢体が実に美しい美少女・・・の姿があった。



「キャアアアアアア~!」



 ヤバイ!? 誤解だ!?

 このままだと他の三人がこの場に駆け付けちまう!?


 そうなりゃまた変な噂がギルド内外に流れて…また俺が痴漢だのレイプ魔だの言われちまう!


 俺の脱童貞チャンスもまた遠のいちまうこと間違いなし!


 そもそも前科もクソも無いのに娼館出入り禁止って酷いだろぉ!?



「(バシャ)…………スゥ…スゥ…」

「ハァ…ハァ……や、やっちまった……」



 ――気付けば、俺は。



 一糸纏わぬびしょ濡れ全裸のルウを、咄嗟に放った昏睡魔法で眠らせてしまっていた。


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平和主義者の俺が昏睡魔法を極めただけなのに、世間からやたら鬼畜と評価されるという不条理に抗う物語。 森山沼島 @sanosuke0018

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