第3話 冒険者志望者の災難 ❷



「そんなんじゃダメだろ。お前の持ってるのは単なる薪割り・・・か?」

「ぐひぃ~…ひぃ~…ぐっ! ちくしょお…!」

「ジャガ。お前は力自慢なんだろう? 本来ならゴブリン共はお前の倍は素早く動き回るし、そんな腰が引けて振り下ろした斧で頭を軽く割った程度じゃあ~…まだ動ける・・・・・ぞ? 捨て身で攻撃されたらどうする。前衛のお前が倒れた後、誰が後衛を守れる? 仲間を守りたきゃもそっと気張れ!!」


「う~っ…くひぃ……」

「おいおい? オニン。まだ魔力量は大丈夫だろ? お前の『石礫ストーンバレット』の威力じゃ単に身体に命中させてもほんの掠り傷。急所・・を貫けと言ったろう。目だ!目を狙え! 眉間や喉じゃ浅い!!」

「も、もうゆるじてぇ~」

「情けねえなあ。へばった魔術師なんて単なる喚く荷物だからな? もう逃げの時の囮にするくらいしか使い道ないけど、それで良いか?」

「やぁだあ~~」

「なら泣き言を言うな。まだ、ならある。二人とも少しはルウとキャロを見習えよなあ~」


「…私は親父達の手伝いで獣とかよく狩りに出てたから」

「…………」



 嫌な予感はしていた。

 

 もうかれこれ半日以上…薄暗くなりつつあるこのエリエンテ東の森で私達は延々と見つけたゴブリンを生きた・・・サンドバックにして淡々と殺処分している。


 目の前のこのアーバルスという冒険者魔術師の指示によって。



 おかしいと思ったんだ!

 あの無法者ばかりの冒険者ギルド“自由と混沌”は想像以上にヤバイ場所だった。

 道理で、本当は私達が入りたかった“真なる中立”の人達が必死に止める訳だ。


 けど、無計画に村を身勝手に出てきてしまった私達には余裕も無く焦っていた。

 路銀も尽きて宿代すら捻出できない事態にどうしても“自由と混沌”を頼る他なかった…。



 ――そして、あの男がやって来た。



 それまで私達を冷やかしていた飲んだくれ達がその男の登場によって一瞬で鎮まりかえり、私達をまるで嬲るように、陰湿な蛇のような眼で見たあの破廉恥な女給姿のアマランスという女だって打って変わって媚びた様子を見せた。


 この男はそれだけで普通じゃないと思った。

 

 魔術師の様相として異質なえんじのローブからは濃い香料が漂い。

 手にしていたのは杖ではなく、何故か戦士職でもそうそう得物にしている姿を見た事がない…長柄の棍棒スパイクロッド


 そして極めつけは…あの獰猛な貌だ。

 魔術師の男にしては精悍過ぎる顔付きで目はギラギラと野心に満ちて輝いている。


 御爺様から聞かされた、まるで山賊…いや、遠い異国の蛮族のようじゃないか。


 ゴブリン退治などという英雄詩にもある依頼と共に私達がこのアーバルスという魔術師?に押し付けられた時。


 他の三人は喜び勇んでいたが、私はむしろこの男に売られた・・・・んじゃないかと思って絶望してしまったくらいだ。



 そして予想していたよりもこのアーバルスという男は、余りにも凶悪・・過ぎた…!


 闇属性の魔術師自体は私にとって身近・・だったが、状態異常魔術については聞かされただけで今日初めて目の当たりした。


 ゴブリンの死骸だけなら村の自警団が狩ったのを見たことがあるが、流石に生きた個体が現れた時は若干の恐怖心を覚えてしまった。


 恐らく、それは差はあれど皆同じだったはず。


 だが、決して強い魔物ではないが、あの獰猛なゴブリン達をいとも容易く昏睡魔法によって眠らせてしまった光景を見せられた時。


 …不覚にも私は少し――感動・・してしまった。


 御爺様達から卑怯、卑劣と語られてきたあの状態異常魔術が…頼もしく思えてしまった。


 だが、そんな感慨にふける時間などあっという間だった。



 アーバルスが次に私達に指示したのは“無力化したゴブリンを殺す”だったから。


 

 「生き物を殺すことに慣れろ」と言われた時は彼の正気を疑ったが…実際、その通りだった。


 猟師の娘で多少の殺傷に慣れているはずのキャロでさえ顔色が悪い。

 私達を誘って村を出たジャガは意地で、オニンは既に号泣してる。

 やはり、家畜と違って人に近い姿をしていることがこの言葉にしがたい悪感情を生んで胸や臓腑を灼いているのだろうか…。



「因みに。ゴブリンとは互いに言葉は通じないが、奴らはちゃんと現状を理解できる頭があって――命乞いをしてくる」

「「…………」」



 そう言って、さらにゴブリンを私達に処理させるこの男の余りの残酷さに胃液が一瞬溢れそうになるほどの悪感情を抱いてしまった。



「親父と同じことを言ってる…」

「キャロ?」



 だが、何故か親友であるキャロは精神的に参ってしまったのかボーっとした顔で凶行を続けるアーバルスを見ていた。



 陽が完全に傾くと流石にこの過酷な演習も終わったようで、野営の準備に入った。



「さてと、俺は飯を食うが……まあ、無理強いはしない。食欲が戻った奴は声を掛けてくれ」

「「…………」」

「んじゃ。今日のまとめだ。――…どうだった?」

「…は?」



 私は、いや私達は彼の言葉の意図が理解できなかった。



「辛かったか? 気分が悪くなったか? 無抵抗の者に刃を突き立てた時に抵抗を感じたか? 罪悪感を感じたか? 幾ら魔物相手でも残酷過ぎると思ったか?」 

「「…………」」



 私達は互いに顔を見合わせながらも素直にそれぞれが頷いて見せた。


 「なら冒険者なんて止めろ!」と彼に叱咤されるかもと私は少し怯えたが…。



「そうか!そりゃあいい!!」



 ……何故か彼がまるで幼い子供の様に笑って手を叩いた。



「いやあ~悪かった。あくまでも俺の考えなんだけどな? 例え魔物でも殺して何の抵抗も感じなかったり、むしろ快楽を覚える奴は――ヤバイ。怖いだろそんな奴? その内、もっと新鮮なリアクションが欲しくて人まで襲い始めるに違いない。…まあ、冒険者は大小あれどハードワークだ。中には心がぶっ壊れて武器を向ける相手を魔物や悪党から善良で無抵抗な一般市民に変えるヤツは割といるからな。でも、お前らなら心配なさ気だな!」

「「…………」」

「今日はもう疲れたろ? 明日は実戦だからな、覚悟しとけよ? あ~っと。幸運な諸君に朗報だ。夜警なら心配すんなー。俺の昏睡魔法がちゃんと仕事してくれてるから下手な街中の宿屋よりもずっと安心だからな! あ。緊張して寝付けないって感じの人いたりする? 俺の昏睡魔法で――」



 私達は全力で首を振った。



「朝までグッスリなんだけど…まあ、気が向いたら声掛けてくれ」

「「…………」」



 そう言ってこの男は、私達四人をよそに勝手にひとり飯を食って寝てしまった。



「……変な男だな」


 

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