第2話 冒険者志望者の災難 ❶



「う~ん…」


「どうでしょうか?」

「お願いします! 中央のギルドじゃ最低でも三ヶ月は様子見訓練が必要だって言うんです」

「俺達もう殆ど手持ちの金も無いんス…」

「……うーっ」



 冒険者が多く集うエリエンテには四つのギルドがある。


 エリエンテ中央に居を構える最も規模の大きい“真なる中立”。

 エリエンテ内外を守護し、国の練兵組織(警察)でもある“秩序騎士団”。

 エリエンテの法と信仰の他、医療関連なども司る“光の聖堂”。


 そして、此処もまたそのギルドのひとつ、“自由と混沌”である。

 来るもの拒まずの精神で非常にアットホームで素晴らしい職場です!


 と、言えと実はギルドから強制されてんだ…。


 確かに彼らが言うマトモなエリエンテ中央の“真なる中立”の冒険者ギルドはその辺うちと違って厳しいよな。

 いや、ちゃんとトーシローを安全安心の訓練場で三ヶ月鍛えて各適性をちゃ~んとチェックしてから依頼の受注を受け付け可とする信頼の置けるギルドの施策だ。


 それに引き換え…“自由と混沌”はまさに名に冠する通り。


 子供だろうが、病人だろうが、老人だろうが、前科百犯だろうが、もういっそ魔物だろうが、何なら赤ん坊でも冒険者登録可の超実力主義の無法冒険者ギルド。


 即日で依頼を受注させ冒険者を容赦なく死地へと送り込むスパルタ振りだ。

 それ故か他のギルドからの評判もすこぶる悪い。


 生き延びて帰って来た者には笑顔と称賛で迎え入れ、逃げ帰ってこようものなら容赦なく踏まれるそんなフレンドリーシップ極まるギルドなんだ。


 正直、彼らがこんな場末に来てしまったのは人生の選択を誤ったとさえ言える。 


 そして、彼らは彼らで、まだ成人の儀も済んでないのに同郷の村から飛び出してきてしまった全員が十四の少年少女という青春馬鹿野郎な四人組。


 リーダーで中性的な顔立ちの剣士志望ルウ。

 弓を背負ったハーフエルフの美少女キャロ。

 何とも田舎のガキ大将と言った見た目と風格のジャガ。

 獣人で杖を持ったボサ髪ウルフガールのオニン。


 …いや、もう故郷に帰れと言いたい。


 そこで一生幸せに楽しく暮らせばいいじゃないか。

 な~んでわざわざこんな難儀な仕事に一般平民が就きたいのかねぇ~?


 俺には相変わらず理解できないぜ。



「君達に俺から質問がある。君らの中で魔法適性のある人は手を挙げて」

「「…………」」



 なんと! 四人の内、ガチムチ枠であるジャガ以外の三人の手が挙がる。

 獣人の子に至っては俺の前で飛び跳ねる勢いだ。

 まあ、初心者丸出しの杖なんか恥ずかし気も無く持ってる辺り可愛げがあるが。


 魔法適性ってのは“魔術師の資質”の前段階みたいなもんだ。

 自身の魔力をちゃんと操作できるかはまた別の話になる。



「…なるほど?」



 俺がアマランサの方へ視線をやれば実にわかりやすく目を泳がせている。

 

 ――露骨。実に嫌らしいな。

 この新人達を他の見込みのない連中みたいに死なせるのが惜しいってことだ。


 不公平が過ぎる。

 この十年間で彼らの様に年端もない冒険者志望が方々の村から成り上がろうとどれだけこのギルドを訪れ、そして姿を消していったことか。


 俺だって、運良く孤児院で扱かれたのもあって、このギルドから容赦なく与えられた初クエストから生きて帰ってこれただけの一人なんだぜ?



「因みにだが、属性が闇。もしくは、状態異常魔術に適性がある人は?」

「「…………」」



 速攻で三人の手が降りたし、獣人の子に至っては死んだ目になる。


 ああ…なるほどね?

 俺は彼らに背を向けて帰宅を決意する。



「なら俺が君達に教えてやれることはない。さいなら。早く村に帰るがいいさ」

「「ええ!?」」

「ちょちょま!? ねぇ~ん、あ~ばるすぅ~くぅ~ん? そんないけずな事言わないでぇ~?」



 糞が! ビッチなアマランスにこうも簡単に捕まってしまった。

 すぐさま身体の自由が奪われてしまうこの童貞が憎い…!


 というかこのアマランスだって俺のほぼ同期でそれなりの腕の良いシーフだった。

 得意技は色仕掛けからの急所即死攻撃。

 恐らく、素行の悪い冒険者を含めて三百人以上の男のアレ・・をダガーで刎ね殺しているサイコビッチだ。



「アーバルスなら接近戦にも強い・・じゃない? 彼らは単に実戦経験が少ないってだけだしさあ~お願い! ね?」

「……チッ。でも、依頼じゃないんだろ? タダ働きは…」

「わかってるってば! 前金で2000フラグ。彼らを五体満足でギルドに戻してくれたらもう2000フラグ出します! 坊や達も逃げずにこの強ぉ~い先輩冒険者の彼に最後まで同行して無事戻れば奮発して1000フラグあげちゃうわよ?」

「「1000フラグ!?」」



 1000フラグ…ひと家族が一ヵ月余裕で暮らせる金額だ。


 それをこんな駆け出し未満に払うって時点で嫌な予感しかないぜ。



「じゃあ今回は軽ぅ~くゴブリン・・・・の討伐依頼でもやってきちゃってえ~!」

「「おお~!!」」



 うわっ…最悪。

 ホント容赦ねえなあアマランスの奴。

 勘違いした初心者は先ずその依頼で死ぬヤツじゃないか…。


 俺が来なかったらマジでどうしてたんだ?



「…………」



 だが、冷静なのか出来が良いのかリーダー格のルウだけが表情を強張らせて他の三人と違って大人しかった。

 俺をジロリと侮蔑・・の色を帯びた眼で見てやがる。


 ふぅ~…面倒なことになっちまったなあ~。

 

 ま。属性が闇で状態異常魔術と言えば少しでも魔術を知る者なら何となく勘付くか?


 実は状態異常魔術は自身の属性によって扱える状態異常のカテゴリーが違う。

 

 ――炎属性は“混乱”。

 

 ――水属性は“毒”。


 ――大地属性は“石化”。


 ――大気属性は“麻痺”。


 ――光属性は“沈黙(魔封じ)”。


 ――そして、俺の闇属性が担う状態異常こそが…“昏睡”。



 この昏睡魔法こそが。

 基本六属性の中でも最も優秀であり、かつ誰も傷付けずに済む数多の魔法の中で最も優しい……俺がそう確信して今迄鍛えに鍛え抜いてきた最強の魔法だ。 



 …だが、何故かこういった眼で見られてしまう不遇の魔法群なんだよなあ。

 世の中、偏見の多い輩ばかりで俺の魔法に正当な評価を下せる者が非常に少ない。



「仕方ない…さっさとやるぞ。付いて来い」

「きゃ~アーバルスったら素敵! はい!前金の2000フラグね!」

「「…………」」



 俺は四人からのその生々しい視線に耐えられず、ギルドを後にした。




     👁




「あの…質問が…」

「……何だ?」



 俺達はエリエンテを出て東方面へ二時間ほど移動した森の中を移動していた。

 ゴブリンを捜索中、痺れを切らしたのか生意気に俺の隣に並ぶリーダー格のルウが俺に声を掛けてきやがった。



「先程、ギルドで聞かれたことで…」

「ん? 俺が卑怯・・な状態異常魔術師ってのが気になるのか? それとも闇属性の方か?」

「…………」



 図星かよ。

 確かに状態異常魔術への偏見はかなり根深い。

 その理由は過去の戦時にあるんだろう。


 対人戦で最も対策され辛い魔術がその状態異常魔術だ。

 無力化してしまえば、重装甲の騎士すら粗末な槍一本の少年兵でも容易に仕留められたそうだからな。

 まあ、実際に昏睡魔法を扱う俺はそれを重々承知している。


 そしてこの国で強い勢力である“教団”は光属性こそ至高と謳う偏見馬鹿共の集合体だ。

 闇属性を持って生まれただけで、洗礼を受けることも許されないからなあ。


 …俺はそれ以前の出自からして問題だったけど。



「まあ冒険者なんて綺麗ごとばかりじゃ済まないんだぜ。手段は選んでる余裕なんてないし、そもそもそう生まれちまったんだから仕方もない」

「わ、私は別にそんなつもりじゃ…」

「あー! うちも聞きたい!聞きたい!」



 そこへ背後から獣人娘が俺の背中にへばりついてくる。

 うおっ! 意外と油断ならねぇなあ…シーフの方が向いてるんじゃないか?



「何だよ? ケモっ子」

「ケモっ子じゃないオニンだもん! …最初からずっと気になってんだけど。魔術師なんでしょ~? それなのに――何で杖じゃなくて、棍棒・・持ってるの?」

「「…………」」



 はあ~これだから素人は困るぜ。

 端から魔術師への偏見で凝り固まってやがらあ。


 ここは一つ小休憩でも取るついでにちょっとした講義でも――いや、コッチが先か…。



「…止まれ。居たぞ」

「え!」

「奥っ!! 三匹来てるよ!?」

「ギィイイイイーーー!!」



 ほほう? 村の狩人の娘だっていうあのハーフエルフのキャロとやら結構良い勘してるじゃないか。

 魔法適性も有るなら将来良いレンジャーになれっかもな?

 それに迷いなく武器を正確に番える感じからして肝も据わってる。

 少なくない戦闘経験がある証拠だ。

 

 …それに比べて他の三人はガッチガチな?

 恐らくそれなりに裕福な村の御出身なんだろうなあ。


 ガチで見込みなかったらマジで殴っても村に帰した方が良い。


 アマランサは激怒すんだろうが、下手に死なせるより百倍マシだろ。



「焦んな。実戦はまだ・・だ。――おらよっと」



 俺が片手で担いでいた棍棒の先をゴブリン共目掛けてクルクルっと回してやる。

 すると、その焦点・・から何ともファンタジーな肌色ピンクな雲が出現してあっという間にゴブリン共を包み込み、ゴブリン達は速攻で地面に伏していびきを掻き始めやがった。



「寝た!?」

「アレは……『眠雲スリープクラウド』…!」



 へえ…ルウの奴は身内に魔術師でもいるのかね?

 ま。そこまで珍しい魔法でもないけども。



「…このゴブリン、どうするの?」

「「?」」



 流石は猟師の娘…察しが良いじゃないか。


 俺は腰に挿していたダガーを抜くと刃を持ってその柄を呆然としているルウに差し出す。



「さて、冒険者志望の諸君! 先ずは実戦に臨む前に…――君らには少しばかり、殺し・・に慣れて貰うぞ」


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