平和主義者の俺が昏睡魔法を極めただけなのに、世間からやたら鬼畜と評価されるという不条理に抗う物語。

森山沼島

第1話 野獣のアーバルス



 俺は暴力が嫌いだ。


 もう顔もよく思い出せないが、俺の親父は相当な悪党だったらしくてな?

 なんでも討伐されるまで人を百人以上は棍棒で殴り殺したらしい。


 どうやら結構な賞金首だったようだ。

 単なる人殺しだったのか、それとも盗賊か典型的な山賊だったのか…今となっては判らないがね。


 で、だ。


 そんな鬼のような親父を失った俺は五歳で孤児になってギルドの孤児院に放り込まれたんだ。


 まあ、賞金首のガキなんて引き取ろうとする親類縁者の方が稀だろうし、もしくはいたとしても聖人か変人のどっちかだろう。


 だがな、ギルドの孤児院は単なる養護施設じゃないんだよ。


 言わば、“ふるい”だ。


 “使える奴”と“使えない奴”に分けるんだな。

 使えるってのはいわゆる才能の分野で、頭が良いとか、手先が器用だとか色々。


 ぶっちゃけ、俺みたいなならず者のガキに求められるのは…“戦士の資質”か“魔術師の資質”のどっちかくらいだ。

 出自のいざこざで一般市民以上の職に就くのが難しいであろう俺がなれるのはギルドの何でも屋である冒険者くらいだから。


 何か商売をするって手もあるにはあるが……ああ、駄目だな。

 俺はてんで計算とか苦手だし、交渉も苦手だった。

 

 結果的に言うと、俺には魔術師の才能があったもんだからそりゃあ驚いたね。


 将来的に超人的な肉体を持ちうる戦士ではあるが、それよりも魔術師の方が希少で魔法の利便性の方が勝るとされているのが世の常らしい。


 その才格ひとつで乞食の身から王宮魔術師の地位まで上り詰めた人間の話は吟遊詩人の歌で飽きるほど聴いている。


 これで、俺も人生勝ち組だ!


 そう思ったが…そう思ってたんだが。


 数年ギルドの訓練場で修行した過程で、俺が覚えられる魔法…。

 もそっと正確に言えば、俺が扱える魔術系統は魔物を焼き払う破壊魔術でもなく。

 かと言って、あらゆる傷や病を癒す治癒魔術でもなく。

 更に、肉体や物品を強化したり、逆に弱くもできる付与魔術でもなく。



 状態異常魔術であった。



 うん。例を挙げれば、相手を毒に侵したり、麻痺させたり、混乱させるアレだ。


 ……そして、他系統と違って世間一般から“卑怯な魔法だ”とほぼ一方的にクソミソに酷評される不遇な魔術系統でもある。



 何故だ?



 本質的には付与魔術ほどの万能性は無いが、似たり寄ったりじゃないのか?


 しかし、俺はこの魔術系統しか扱えない。


 ぶっちゃけ、この才能が無い方が俺の人生もっと明るかったんじゃないかと思えさえもする。


 だが、冒険者以外の選択肢が無かった俺にはこれに縋るしかなかった!


 周りから幾ら指をさされ、いわれなき中傷を受けても、俺は必死に魔法の修行をしたさ。



 そして、俺はある一つの魔法に辿り着くことになる。



 最初に言ったが、俺は暴力は嫌いだ。


 だが、世の中はそんな綺麗事だけでどうにかなるようなもんじゃない。

 弱きは強きに挫かれ、踏みつけられる。


 状態異常と一言でも言っても様々だ。


 一般的に広く認知されている毒や麻痺、それと習得難度が高くて少し現実的ではないが石化や呪いも結果的には相手の肉体に重篤な障害を与え…最悪、死に至らしめることができる恐るべき魔法だ。


 だが、それは俺の望むところではない。


 この世界、悪いのは単に魔物ばかりではないからな。

 特に対人に関して俺は可能な限り傷付けず無力化したいと思っているわけだ。


 ほら、俺ってば平和主義者だから(力説)


 そこで、俺は決めた!



 ――“昏睡魔法”を極める事に。



 昏睡魔法はそのまま相手を眠らせてしまう魔法。

 これなら、血が流れることなく問題を解決することだって可能だろう!

 

 剣だの魔法だのと険呑な世界でこれほど平和・・な魔法はないだろう?


 己の肉体精神と昏睡魔法を鍛えること十年。


 十五で成人した俺が晴れて冒険者になってまた十年。


 二十五になった俺は自分で言うのもなんだが中堅冒険者としてなかなか上手い事やれてると自負している。



 ……だが何故だ?



 何故なんだ!?


 そんな俺への評価は著しく低い…いや、微妙なラインだ。



 ギィィ…――



「…ん?(俺の微笑)」

「「…………(サッ)」」


 

 八割方の冒険者とギルド職員が俺から一瞬で顔を逸らす。


 …はあ~。

 

 今日も今日とてこの反応である。


 ギルドを訪れれば俺が顔を見せるまでの馬鹿騒がしかった場が一瞬で通夜会場に様変わりだ。

 


 ――…何で?



 何でだよ、ちゃんといつもお前らみたいなゴロツキ相手にも爽やかスマイルしてやってんじゃねーか。


 今時いないよ?

 こんなに愛想の良い奴なんてさあ。


 そ、そりゃ…お世辞にも俺は顔は良い方じゃないさ。


 不服でならんが、死んだ親父に顔が似てきたらしいって親父を知ってる元冒険者のジジイが言ってたからなあ。


 けど、そんなビジュアルだけで怖がることなくない?


 俺、君らに何かした?

 してないよね?

 寧ろ、助けてるよね?


 俺、いつも率先してギルドの塩漬け依頼を片付けてやってんだから、「いつもあんがとよ」くらいの一言とハイタッチ程度の触れ合いはあってもいいんじゃない?



 故に、基本ギルドでもボッチにされる俺は未だマトモにパーティを組めたことがないわけで。



 結構活躍してるから人気出てもおかしくないと思うんだけどなー?


 大概の依頼をギルドの損害無し・流血沙汰にせずに達成できてるってのに。


 百を超える山賊団だって眠らせて・・・・

 全員を無傷で捕縛できたからギルド経由で領主に褒めて貰えたこともある。


 前領主の息子に無理強いされた時だって、指定された大型魔物を眠らせて・・・・ちゃんと無傷の完品で納めたじゃないか。


 だのに、俺の通り名は野獣・・――…“野獣のアーバルス”だぞ?


 誰だこんな不名誉な名を流行らせた奴っ!?

 今直ぐ俺の前に出て来い!

 愛と正義が友達だけのような俺だが流石にブン殴るぞっ!


 オマケに眠らせた相手に良からぬ仕打ちをするとか、レイプ魔のような容疑まで掛けられたことすらあるんだ。

 

 ふざけんな!

 俺はまだ清い身体のままの童貞だぞっ!?

 吸血鬼にいつ狙われてもおかしくない神聖男児だわ!!


 いっそ三十まで童貞を貫いて純正聖職者にクラスチェンジでもしてやろうかな。



 ……いや、それはそれで辛いからやっぱ止めとこ。



「そこの男前さん! 丁度良いタイミングだわ。ちょっと依頼じゃないんだけど頼みたい件があるの」



 ギルドのセクシー過ぎる受付嬢アマランサが俺を呼んでいる。

 


 フッ…やれやれだぜ。


 ちょっと気分が良くなった俺は少し軽やかな気分でそちらに向かう。


 …ん? その前に見慣れん顔の連中が居る。

 

 しかも、皆して成人したばっか程度で齢が若い。


 新人冒険者かな?


 だいぶ緊張してる面構えが実に初々しいじゃないか。

 


「実は、ちょっとこの子達の面倒を見てやって欲しいの」



 ……ほう?


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