夏に置いてきた写真
藤泉都理
夏に置いてきた写真
『どっちが人を喜ばせて、かつ、怖がらせられるか。勝負だ』
『負けねえよ。お化け屋敷の覇者は俺のもんだ』
これは、いつかの若かりし頃の夏の記憶。
俺がまだ、幽霊が見えていた頃の、幽霊の存在を知っていた頃の、記憶。
今はもう、どこにも残っていない記憶だ。
お父さん、これ、お父さん?
息子が持ってきたのは、一枚の写真。
立ち並ぶ屋台とお化け屋敷を背景に置いて、満面の笑顔を浮かべる自分一人だけの写真だった。
若気の至りなのだろう。
長髪にパーマをかけていて、おどろおどろしい浴衣を着ていた。
「んん?いつの写真だ?」
覚えがあるようで、覚えていない。
写真をじっと見つめて、記憶を掘り起こそうとしても、無駄だった。
「んん?俺、何か、肩を組んでないか?」
まるで隣に立つ、自分と身長が同じ誰かの肩を組んでいるような態勢を取っているのだ。
よっぽど親しい相手のようだ。
肩を組んでいる腕が相手の胸にまでがっちし抱きしめている。
隣には誰も居ないと言うのに。
「おお。これはもしや、世に言う、心霊写真か。写真コンテストに応募したら賞金をもらえるかもな。ええっと」
ズボンの後ろポケットからスマホを取り出して、嬉々として写真コンテストを探す様を、息子がじっと見つめていた事に、俺は気付かなかった。
「本当に、何にも覚えてないんだな。おまえは」
大きないびきをかく、壮年の男を見下ろした。
自分の父親であり、かつて、自分を親友と呼んでくれた男だった。
自分は見下ろしながら、一枚の紙を取り出した。
そこにはもう、何の画像も映っていない。
念写の効力が消えたのだろう。
真っ白になっていた。
男には男一人だけが映っているようにしか見えなかったようだが、自分は違う。
若かりし男と、男に肩を組まれた、男と同じ年齢らしき男の姿が、自分の姿がしっかりと見えていた。
前世の記憶というやつだろう。
思い出したのは、数時間前。
男に伝えたい。自分は無事に成仏して、生まれ変わったと伝えたい。
おまえの息子になったのは、ひどく嫌だが仕方ないと、しかめっ面で言いたかった。
大笑いしたかった。
衝動に駆られるまま、自由帳を引き千切って、念写をして、男に見せたのだが。
男には自分の姿が見えていなかった。
男は、自分との記憶を持っていなかった。
「もう、記憶も、なくなるな。当たり前、か。前世の記憶なんぞ、持っていたとて」
涙なんぞ、流す必要など、ないのに。
これからは新しい人生を生きて行けばいい、のに。
「おまえと、思い出話に花を咲かせたかったが」
「んん?どうした?怖い夢でも、見たのか?おかあちゃんが、恋しくなっちまったか?」
「ううん。わかんない」
「お父さん、臭いって、言うなよ。俺、泣いちゃうからな」
「臭いけど、今日は、臭くても、我慢する」
「………しょうがない。俺も、臭いって言われても、泣くの、我慢するよ」
父親は息子をぎゅうぎゅう抱きしめながら、眠りに就いた。
明日は一緒に夏祭りにでも行こう。
ヨーヨー釣り、射的、お面、おみくじ、わたがし、りんご飴、焼きそば、たこ焼き、いか焼き。
お化け屋敷は怖いかな。抱き上げれば大丈夫かな。
そう、思いながら。
「でえええええ!心霊写真が消えちまった!せっかくの賞金が!あれ?いて、ててて。何?どうした?何で足に両手でどすこいするんだ?」
「なんか、むかついたから」
「なんかむかついたからで人にどすこいしちゃいけません」
「お父さん限定だもん」
「そっかあ。ならいいか。って、いいわけあるか!」
「ごめんさーい」
(2024.7.6)
夏に置いてきた写真 藤泉都理 @fujitori
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