第4話 決戦

 人類軍の戦闘指揮所には戦闘の様子をリアルタイムで伝える大きなモニタースクリーンが設置されている。たくさんの軍人に混じって、甕星みかぼし博士も戦闘画面を見上げている。人類軍では前衛の獣型戦闘ロボット部隊に加えて人造人間12体、巨大人造人間であるギガント級サイオニックスーツ3体が投入され、奈良結界に向けて進軍中だ。変異種たちも、ここで負ければ、もう後がないとわかっているのだろう。大小たくさんの融合神が結界境界に姿を現しつつある。


「ギガント部隊については、私が直接、指揮をとらせてもらう」

 そう言うと甕星博士は戦闘指揮所中央に設置された指揮ブースに座り、ヘッドギアを装着した。これは脳内に埋め込んだマイクロマシンと核磁気共鳴法を併用する事によって思考による内声と運動イメージを拾い上げて戦闘指揮をするシステムである。

「あの博士にまかせて大丈夫なのですか?」

 新任の女性士官が総司令に小声で訊ねる。

「サイオニックスーツ、特にギガント級については、システムの安定性に問題があって極めてコントロールが難しいのだ。本来は実践投入できる段階ではないのだが、今使わないと我々が敗北するかも知れないとの予知がでている。博士からは開発者の自分なら完全にコントロールできるとの言を得ている」

「システムの安定性も心配ですが、博士の精神の安定性にも疑念があるのでは?危険が大きすぎると思われます」

「戦闘指揮用のサブシステムがある。トラブル発生時には指揮ブースを切断して、いつでもサブシステムに切り替えられるから問題ない」

 総司令の言葉に女性士官は納得せざるを得ないが、不安は拭いきれない様子だ。


 一方、大仏殿ではタケルたちも出撃の準備を始めている。タケルがミキに話しかける。

「ミキ、もしかすると僕たちの運命はここで尽きるかも知れない。昔、おとうさんやおかあさんと一緒に暮らしていた頃の事を覚えているかい?いっしょに小学校に通ったよね。あのころ、ミキも普通に笑ったり喋ったりしていた。今から思い出すと、平凡だけど幸せな暮らしだった。世界は変わってしまった。もし、チャナさんの言うように融合神となって解脱ができるなら、あの頃の平和な世界にもどりたいよね」

 ミキは無反応だ。表情が変わる事もない。タケルの声は、聞こえているのだろうか、その言葉はミキの心に届いているのだろうか?他の人の心は読めても、いちばん親しかったはずのミキの心が見えない事が、タケルにはもどかしい。

 チャナ達の一行が大仏に向かって経を唱えていたのが、終わった様子で、こちらにやって来た。チャナを含めて6人いる。アマテラスと同じ規模の融合神であるようだ。

「チャナさんたちも6人の融合神なのですか」タケルが尋ねる。

「いかにも、神ではなくて仏だがな」

「奈良には、どのくらいの数の融合神、いや融合仏がいるのですか?」

「如来、菩薩、明王、天部、あわせて49尊が、当地を守護している」

「それだけの力があれば、人類軍に打ち勝てるでしょうか?」

「勝てない。そもそもが仏に戦うという能力はない。明王や天部の中には戦いに力を発揮するものもいるが、それも教えを広めるための方便にすぎぬ。我らは偏に智慧の完成を示すのみである」

「それでは我々には人類に敗北して絶滅する運命しかないのですか?」

「実体がないのだから滅する事もない。ただ彼岸に赴くだけである」

 チャナの声は落ち着いているが、タケルには不安しかない。

「それは死ぬってことなのでは?彼岸とはいったいどんな世界なのですか?」

「心配せずともよい、もうすぐわかる」

 そう言うとチャナは仲間を引き連れて大仏殿の外に出ていく。

「ほな、俺らも行こか」

 サルタに促されてタケルたち一行も、出口に向かう。

「カネオ、どうなんだ、何か未来が見えるか?」

 タケルの問いかけに、カネオは自信なげに首を左右に振っている。あるいは、見えないのではなく、そこにはもう未来がないのかも知れない。


 大仏殿の前ではチャナたちが早速、融合の儀式を始めている。やはり円陣を組んで、祈りを捧げるのだ。メンバーが僧服を着ており、各自、手に数珠を持っているのが仏教っぽい感じである。暫く集中して精神が融合できたところで巨大な仏の姿が顕現した。正に大仏殿の中に鎮座しておられる廬舎那仏るしゃなぶつそのもののお姿、ただし立っておられるので全高30メートルと大怪獣なみの大きさである。

「でっかいわね」ヨミが驚きの声をもらす。アマテラスの通常の大きさは全高20メートルである。

「いや、アマテラスの大きさも別に決まっている訳ではないんだ。イメージすれば大仏と同じ大きさに変化する事も可能だよ」とカネオ。

「さあ、僕たちも祈ろう。みんな、大きさが大仏とそろうようイメージをするんだ。ミキ、頼むよ」タケルたちも円陣を組んで融合プロセスを開始する。ほどなくしてアマテラスも顕現する。今回は大仏と同じ全高30メートルの姿に顕現した。


「廬舎那仏、アマテラス、共に顕現しました」

 作戦指令室付のオペレーターの報告に、人類軍の指令所では緊張が高まる。戦闘監視スクリーンには奈良結界の境界付近に出現した数十体の巨大神たちの姿が投影されている。

「持国天、増長天、広目天、多聞天の四天王、帝釈天、金剛力士に、あれは阿修羅を筆頭に八部衆軍団もそろっている。まさに国宝級の仏像が勢ぞろいですね。こんな人たちと争って仏罰とか当たりませんか」

 士官の一人が、やや心配そうに言う。奈良の変異種たちの融合神は仏教メインである。仏の位階が高くなるにつれて、体の大きさも大きくなる。金剛力士など2人合体の融合神は5メートル級、明王、菩薩と大きくなっていく。仏の隊列の一番後ろには大仏である廬舎那仏が10階建てのマンションほどの背の高さで、あたりを睥睨している。隣には同じ大きさの天照大神が佇んでいる。地味な色の仏の軍団の中にあって、アマテラスだけが妙にあでやかな彩色だ。

「心配はいらない。仏と言っても全て偽神だからな。そもそも本物の仏が実体を持って現世に現れるはずがない。変異種たちの心の中にある超越的存在のイメージが物理空間に実体化されたものに過ぎない」

 甕星博士が指揮ブースに座ったまま発言する。どうやらヘッドギアを付けていても指揮所内の会話は全て聞こえているようだ。

「しかし、ギガントは本物だ。この機体こそがオメガポイントの扉を開くのだ」

 甕星博士は自信を感じさせる力強い声で宣言する。戦いが始まるのが、どこか嬉しそうでもある。


 基地から飛び立った無人戦闘ドローン群が結界に並ぶ融合神の戦列に近づき、一斉に爆弾とミサイルを投下した。爆音とともに大きな爆炎が広がる。爆発に巻き込まれた周囲の住宅や建造物が粉々になって飛び散っている。融合神たちはサイコバリアを展開しているので、ダメージを受けた様子はない。しかし、物理的な衝撃を与え続ける事でサイコバリアは消耗する。だから先ずは物量で押していくのが人類軍の常套手段である。

 変異種たちも激しく反撃する。阿修羅や四天王が放った光撃のビームが人類軍の戦闘ドローンを捉えて次々に破壊してゆく。ビームの命中率は高く、戦闘ドローン群はほとんどが第1射のみで壊滅状態となった。

 地上でも獣型ロボットが敏捷に融合神に接近し、対戦車ミサイルや重機関砲を撃ちまくっている。融合神のサイコバリアはかなり強力であり、攻撃にはかなり耐える事ができるのであるが、集中して物理攻撃を受けるとやがて心的エネルギーが減衰して、融合が保てなくなる。それを狙って、人類軍は個別の融合神を順番に狙って、集中砲火を浴びせている。

 融合神側も狙われた仏は直ぐに下がって別の仏が前に立つというローテーションを取っている。不動明王、軍荼利明王など強い攻撃力を持った仏が前衛であばれまくり、獣型マシンをなぎ倒してゆく。後方に控えた菩薩級の仏たちが仏光(反中性子ビームなど)を放って、これを支援する。人類軍の人造人間たちも同様のビームを撃ち始め、戦場では大気や建造物が対消滅爆発を起こして、地獄の地獄となりつつあった。


「いよいよギガント級が真価を見せる時が来たようだ。一気に敵の中枢に向かえ、大仏とアマテラスを狙って行くぞ。士気高揚のためにBGMを流そう、悪魔組曲作品666番ニ短調だ。行っけええ!」

 ヘッドギアを着けた甕星博士が大声で叫ぶと、戦闘指揮所にけたたましいヘビメタが炸裂する。

「うるさい、映画やドラマじゃないんだからBGMなんか不要だ。音楽を止めろ!」

 司令官がどなり、オペレーターたちが、操作卓をあれこれいじるが、音楽は全く止まる気配もなく、バカでかい音量で鳴り続けている。


 モニタースクリーンでは3機のギガント級サイオニックスーツが超振動ブレードを振り回しながら敵陣に切り込んでいく姿が見える。博士が自慢するだけあって圧倒的な力である。2人融合の金剛力士レベルの融合神は一刀両断で切り伏せられて爆散している。

 だが、切り込んで来たギガントの前に、明王が立ち塞がる。明王級の融合神は剣技においてはギガント級に引けを取らないパワーを見せた。全高はギガント級に比べてやや低いが、五大明王に加えて大元帥明王の6尊が参戦しており、1機のギガントに対して2尊ずつが対峙して、剣や鉾などそれぞれの得物で攻撃を繰り出してきている。巨大神の持つ刀剣も縮退物質で作られ超振動が与えられているので、切れ味は抜群である。


 「ええい、ちまちまと妨害しおって、しゃらくさい奴らだ。こうなったらパワーアップで行くぞ。もうパイロットなんか邪魔だ。パイロット射出!」

 甕星博士の号令で、それぞれのギガント級サイオニックスーツの緊急脱出装置が作動、操縦していたパイロット3人がそれぞれコクピットごと射出された。

「なんてことだ!パイロットを射出するなんて、どういうつもりなんだ。こんな場所で射出したらパイロットの命も危ないぞ」

「パイロットなど飾りに過ぎない、一応乗せておかないと人類軍の名目が立たないから用意したまでだ。各機のAIと私の指示さえあればギガントの機能は万全なのだよ。いよいよ究極の勝利を手に入れる時が来た」

「ダメだ、これ以上、ヤツにギガントを任せる訳にはいかん。指揮ブースを切断。予備システムに切り替えろ」

 総司令の命令に、オペレーターがなにやら慌ただしく操作を行うが、戦闘の様子に変化はない。

「ダメです。切断できません」

「指揮ブースの電源を落とせ、博士のヘッドギアからの通信も強制遮断せよ」

「電源は全て切断しました。通信回線も物理的に切り離しています。しかし止まりません」


「馬鹿者め、お前たちの反応など前もって全て予測済だ。このブースは完全自律型だ。そして、電磁波通信ではなくて念話によって直接ギガントと結びついているのだ。では、いよいよあれを発動するぞ!オペレーション・ゲッターデンメルング発動!3神合体!」

 博士の号令で、3機のギガント級サイオニックスーツが空中に浮遊する。3機は接近し紫を中心に赤と青が重なると、強烈な光に包まれる。モニタ画面も光量オーバーで何が起こっているのか分からない。しばらくして光が薄れると、そこには全高60メートルを超えるような巨大な人型ロボットが浮かび上がった。作戦指令室の人類軍メンバーは、あっけに取られてスクリーンを見上げている。気が付くと甕星博士の指揮ブースも、そっくりと消えてなくなっている。モニタースクリーンのスピーカーから甕星博士の声が聞こえてくる。

「見よ、これこそが究極のサイオニックスーツ、ゲッターデルメルング號だ。私はブースごと、これにテレポーテーションさせてもらった。計画通りなので心配は無用だ。今こそ偽神どもを討ち払い、究極の進化点、オメガポイントを実現する時が来た。苦しみの宇宙は終わるのだ。世界人類を私が救済へと導こう」

 預言者めいて芝居がかった声である。

「思った通りだわ。これで勝てればいいのだけど、どうなるかわかったもんじゃない。だから危ないって言ったのに」女性士官がつぶやく。


 合体なった超巨大ロボット、ゲッターデルメルング號が、その長大な剣を振り回すと、それに捉えられた不動明王、軍荼利明王が爆散した。もはや明王レベルも瞬殺のパワーである。不利を悟った融合神たちは接近戦を避け、超巨大ロボットを遠巻きにして仏光を浴びせるが、超巨大ロボットのサイコバリアの周囲にガンマ線とニュートリノの嵐を巻き起こすばかりで、効果はあまりない様子である。超巨大ロボットは落ち着いた足取りで廬舎那仏とアマテラスの方に近づいてくる。

 廬舎那仏は合掌すると強い念波を放つ。

「無眼耳鼻舌身意!」

 すると超巨大ロボットの歩みが止まった。廬舎那仏がアマテラスに念を伝える。

「今、あの者の感覚を遮断した。何も見えない、聞こえない状態となっている。だが、一時的なものだ。我々も合体せねばならぬ。究極の本地であるダルマカーヤを顕現するのだ」

「わかりました。私たちも本地である胎蔵界大日如来となって、あなたと一体化いたします」

 アマテラスが答えると、その姿が、女神像から仏像に変異する。そして二尊は共に真言を唱える。

「ガテ ガテ パラガテ パラサンガテ ボディスバーハ」


 甕星博士は超巨大ロボットの中で突然のブラックアウトに遭遇している。世界が消えたのか?いや、これは偽神の超能力の一種で感覚遮断の術だ。博士は超感覚センサを急いで再起動する。数秒後、世界が戻って来る。見ると先ほどまで廬舎那仏とアマテラスのいた場所に、一尊の大きな仏が立っている。偽神側も合体術を使っているようだ。惑わされるな、情報だ、宇宙の境界面に書き込まれた情報、それを見極めて演算し操作するのだ。現実を操作するよりも早く、簡単に強大な力を手に入れる事ができるはずだ。そうだ、見える、これがゲッターデルメルング號のパラメータだ。パワーの値を上書きして上げろ、いやむしろ無限大に設定するのだ。

 

 大日如来も縁起と因縁の流れを見ている。さまざまな流れが相互に関連して綾なす複雑な文様の生起、これこそが、この世に存在する全ての物事の根源である。流れの中にたまさかに結ばれる渦や澱み、それが命であり、意識であり、個我であろうか。今、大きな渦巻が二つそこに生じてせめぎ合いを始めている。だが、それもこの大河の中では局所的な現象でしかない。大河の水源を見極めるのだ。この流れから脱却して、さらなる高みに智慧を押し上げるのだ。


 甕星博士は情報のパラメータを思うように制御できない。競合する別のアルゴリズムが、博士の演算を妨げている。このままではダメだ。しかし、もう少しで宇宙の境界面を突破できそうなところまで来ている。オメガポイントはすぐそこだ。もう争うべき次元ではないのかも知れない。博士は大日如来に呼びかける。

「もういい、諦めて負けを認める。でもお願いだ、連れていってくれ」

「良いだろう。もはや我らの宇宙の最果てに来た。共に階層を上がって一つ上の真実を見るのも一興であろう」

 ゲッターデルメルング號は分解され、縁起と因縁の川に溶けていった。だが、甕星博士の意識は大日如来に掬い取られて、共に宇宙の境界を跨ぎ越す。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る