偽神動乱記録―終結(ゲームプレイヤーたち)
堂円高宣
第1話 到着
どこからか読経の声が聞こえる。いや、聞こえている訳ではない、心に直接伝わってくるのだ。これは念話だ。その声はタケルたちが奈良市街に近づくにつれて、次第に大きくなってくる。
「なんだか抹香臭いわね。なんなのよ、これは?」
ヨミが少しイラついた声で言う。
「奈良の人たちの結界だよ。僕たちにはお経に聞こえているけど、一般人類には念圧だけが届いていて、こっちの方に足を向けると、とても嫌な感じがして踏み込めないようになっているのさ」カネオは奈良の出身だけあって詳しいようだ。
「ボクもヤな感じがしてるんですけど。黙って念だけかけてればいいのに、なんでわざわざお経なのよ。うっとうしいわね」
「アニメとかで魔法を使う時、呪文を唱えるだろう、実は呪文と魔法には直接の関係はないのだけど、声を出すことで精神集中できて念が発生しやすくなるんだ。それと同じだよ」
「アニメで説明されても、いまいち説得力がないわね。中のヤツらが陰気なだけなんじゃないの?だいたい奈良なんて京都に比べるとだいぶ田舎なのよね。こんなところに都落ちなんて、かなり残念だわ」
「なんてこと言うんだ、ヨミ。奈良は京都よりも歴史の古い伝統の都だよ。古墳だってあちこちにあるし、人とシカとが平和に共存している美しい街だ」カネオが郷土愛にあふれて反論する。
「イヤだ、ボクは絶対シカなんかと一緒に暮らしたくないよ」
ヨミは眉間にしわを寄せて言い返す。
「大丈夫だよ、ヨミ、シカは奈良公園にしかいないから」
タケルがとりなす。ヨミは子供のころ奈良公園のシカに取り囲まれて怖い思いをしたことがあるらしい。なので奈良にあまり良い印象を持っていないようだ。
タケルたちは、東大寺を中心拠点とする変異種たちの奈良結界の境界を通り過ぎ、いよいよ結界内に入った。周囲は人気のない住宅街である。先ほどからタケルは奈良結界の中にいる変異種たちに、念話で呼びかけているが、まだ返答はない。
突然、曲がり角の向こうから、シカが三頭現れた。シカたちはタケル達に近づくと、頭を下げてお辞儀をしてきた。
「何よ!やっぱりいるじゃない。イヤだわ。ボクはシカ煎餅とか持ってないわよ。さっさとあっちに行きやがれって感じかしら」ヨミはよほどシカが苦手なようだ。
「我々はシカ煎餅をもらいにきたのではない」先頭のシカが言う。
「うわっ、キモい、シカがしゃべった」ヨミは驚いて棒立ちになる。
タケルが割って入る。
「ヨミ、ちょっと黙っていてくれ。たいへん失礼いたしました。あなたは奈良の人の化身なのですね。僕たちは京都から来た融合神のチームでアマテラスと申します」
タケルはグループの代表としてシカにあいさつする。
「そうか、お前たちがアマテラスか。私はチャナ。故あって今はこの姿に化身している」
「チャナ様、とてもキュートですわ。頭に触れさせていただいてよろしいでしょうか?」
動物好きのサクヤがそういって手を伸ばす。チャナが首を下げて頷いたので、サクヤはシカの頭をそっと撫でてみる。シカの毛はちょっと固めのブラシのような感触だ。シカは無表情である。頭を撫でられるのはあまり好きではない様子だ。
「かわいいシカさんを撫でると癒されますわ。ミキ様も触ってみられますか?」
サクヤは隣にいるミキにも誘いかけるが、ミキは無表情のまま関心を示さない。
「さて、触れ合いはほどほどにして、本題に入ろう」
シカにそう言われてサクヤは手をひっこめる。シカのリアクションの薄さがちょっと残念な様子だ。
シカがおもむろに話はじめる。
「お前たちの京都は既に陥落した。この奈良が我が民の最後の場所となった」
タケルが応じる。
「僕もそれは感知しました。京都にあった大きな念が消え、寂寥だけが残されています。そして、この奈良にも人類軍の侵攻が迫りつつあります。僕たちは人類軍の新兵器である巨大な人造人間と対峙しました。それは巨大神をも圧倒する力を持っていたのです」
「そうか、いよいよ最後の決着を迫られる時が来たようだな。では問おう、お前たちはいったい何をしに奈良に来たのだ?」
シカの質問に、サルタがやや憤慨気味に答える。
「何しにって、あんた。なんか冷たい言い方やな。俺らは仲間とちゃうんか?」
「仲間として何をするんだ?」
「そら、いっしょに戦うんやろ。あいつらと」
「そうか、では更に問おう。なぜ戦うのか?」
「もうホント、バカね、このシカは。戦わないとこっちがやられて殺されるのよ」
ヨミが腹立たしげに言う。
「戦って勝てるのか?」
「それは分からないよ。未来は擾乱されて見ることができない。でも、ぼくたちには他の選択肢はないんだ。自分と仲間たちを守らないと未来はない」カネオが答える。
「戦いに勝ったらどうするのだ?人類を滅ぼすのか?」
「とんでもありません。そんな事はしませんわ。わたしたちは、ただ平和に暮らしたいだけです。もし、わたしたちが勝てば人類の人たちも戦いをあきらめて、わたしたちと仲良くいっしょに暮らすことのできる世界がくると思います」
サクヤが平和共存の持論を訴える。
「人類にとってはお前たちがいないほうが平和であろう」
「そんなこと。わたしたちが生まれてきたのが悪いことだった、とでもおっしゃるのですか?」
「お前たちは、自分を守り、仲間を、自分に近しい者たちを守るために戦うと言う。自分や自分の自我、自分が執着している仲間が、そこにあり、そこにいると思うから、それを守りたいと思い、それを阻害するものたちを排除し、殲滅しようと考えるのだ。だが実際にあるのは自分ではない、体、感覚、想念、感情、思考といった物質と作用の組み合わせでしかない。そこには実体はない。物質も作用も移ろいゆく無常なものだ。つまりそれは空無である。お前たちは空無のために争っているのだ。それを知る事が、大いなる智慧の完成であり、お前たちが目指すべき事なのだ」
シカはどうやら密教系の思想を語っているらしい。
「なんか、わからんこというてはるな。結局どないせいちゅうねん」
サルタは不満そうにシカに訊ねる。
「お前たちが融合神として果たすべきことを、よく考えろということだ。それでは、また後程会おう」
そういうと先頭のシカは、空中に溶けるようにゆっくりと消えていった。テレポーテーション系の消え方ではない、どうやら幻の体を投影していたようだ。後にはお付きのシカ二頭が残されている。
「シカのくせにボクたちにお説教するなんて、生意気なのよね。こっちは高天原の主宰神なのよ、なんか勘違いしてるんじゃないかしら」
不愉快そうに言うヨミの顔を残った二頭がじっと見つめている。
「なによ、アンタ達、なんか言いたいことがあるわけ?黙ってないで、はっきり言ったらどうなのよ」
そう言われてもシカは何も言わず、つぶらな瞳でヨミを見つめるばかりだ。タケルはシカの心を少し覗いてみてから、ヨミに言う。
「ヨミ、それは本物のシカだ。シカ煎餅が欲しいようだよ」
「結局それなの!だから持ってないって。早くどっか行け~!」
ヨミが両手を振り回してわめいた。
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