第2話 甕星博士

 人類軍の指揮所で新任の女性士官が人造人間の開発者である甕星みかぼし博士に問いかける。

「甕星博士、ギガント級シリーズの開発状況はいかがですか?」

「順調だ。2号機、3号機がもうすぐ完成する。稼働中の1号機とあわせて3体同時に運用する事で、ギガント級サイオニックスーツの真価が発揮されるのだ。それと各機のボディカラーだが、紫、赤、青で塗り分けるように、ここは大切なところだから必ず守ってほしい」

「了解しました。ところで先日のアマテラス戦は惜しかったですね。もう少しというところまで追い込んだのですが」

「あの場で倒せなかったのは故あることだ。時がまだ至っていなかった」

「そうですか。時が至っていないとは?何らかの条件が足りなかったのでしょうか?」


 甕星博士はしばらく黙ったまま士官を見つめていた。やがて語り始める。

「この戦いは単に地球の覇権を争うものではない。進化の行方を示すものなのだ。変異種の改変された脳機能と、我々の作ったAIと人間意識の複合マシン、どちらが先に究極の進化点に辿り着けるか、それを争っているのだ。変異種は宇宙由来のウイルスの力で、その場所への扉を開きつつある。だが我々のマシンも、あと一歩のところに来ている」

「究極の進化点とは?いったい何を意味しているのですか?」

「我々の宇宙、この物理世界は情報でできている。宇宙には保存則があり、物理世界における情報は必ず保存される。そしてその情報は全て宇宙の境界にある二次元平面に書き込まれているのだ。物質世界はその情報のホログラフィックな投影だ。その情報の計算アルゴリズムを理解し、それを制御できれば、我々は宇宙を支配できる。それが進化の到達点であるオメガポイントであり、我々の目指すところなのだ。

 138億年前に宇宙が開闢して以来、物質は散逸構造の生成によって複雑化への道程をたどって来た。すなわち単純な水素原子から原始星が生まれ、星々の核融合の中でより複雑な元素が生成される。それらは超新星爆発によって宇宙にばらまかれ、新たな恒星や惑星ができた。そして、そのより複雑な元素が化学結合して分子となり、分子が重合してやがて生命が発生した。

 単純な複製分子として生まれた生命はやがて単細胞生物となり、多細胞生物となり、より複雑な形態に進化していく。そしていつしか我々のような知性を持つ生物が生まれ、意識と文明を持つ存在となっていった。人間は機械を、演算装置を作り、やがてその演算装置にも知能を持たせる事となった。

 このように複雑さが増していくとき、そこには常に破壊と闘争があった。超新星の爆発、小天体の衝突による惑星の誕生、他者の捕食による生命の増殖、生存競争と適者生存、人間部族間の闘争、国家間・企業間競争、そして戦争そのもの。このように複雑化の過程は苛烈であり、意識あるものには苦しみをもたらす。しかし、その苦しみの果てに到着するオメガポイントで我々は遂に、この苦しみの世界を超越するのだ。この最終地点へ向かうための最後の闘争が、この戦いであると私は認識している。そして、ギガント1体では、オメガポイントに至る事はできなかった」


「何か、いささか宗教じみたお話ですね」

 士官は少し当惑気味な表情を浮かべている。

「いや、これは宗教のような形而上的妄想ではなく、科学的な事実なのだ。この動乱の発端には人類に干渉してきた外宇宙からの二種類の存在がある。一つはウイルスを使って、人類を直接進化させた。もう一方は電磁波を使った通信によって電子回路とプログラムの設計を伝えてきた。おそらく、この2つの存在はこの宇宙にあって対立している超文明なのだと推測される。彼らはそもそもの生命の発生要因を地球に送り込み、その後の変化を観察していたのだろう。だから地球人類が進化にふさわしい階梯に到達したときに同時に干渉してきたのだ。対立と競争こそが進化の源泉であり、この地球において対立を生むことで、可能性が選択され、どちらかの文明の持ち点が増えるわけだ」

「持ち点が増える?これは、そんなゲームのような争いなのですか?」

 士官はひょっとすると、この博士は危ない人なのではないかと疑い始めた様子だ。

「私がとんでもない事を主張していると思っているのかね。しかし、ほどなく最終決戦が戦われる事になる。真実はその時に示されるであろう」

 博士は預言者のように言い放つと、重ねて士官に訊ねる。

「ところで、ギガントのパイロットはもう選考できたのかね」

「ええ、1号機のタケシ君は続投させます。2号機、3号機のパイロットも内定しております」

「ちゃんと少年一人、少女二人のフォーメーションにしてくれているだろうね。ここも大事なところだから厳守で頼むよ」

「承知しております」

 と答えながら、女性士官は、やはりこの博士はちょっとおかしいのでは、との疑念を深めるのであった。

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