第5話 ゲームプレイヤーたち

 そこは奇妙な空間であった。広いようでもあり、狭いようでもある。縁起と因縁の流れはすなわち情報の流れとなり、それは回路をゆきかう電子の流れであった。そのおおもとを辿れば量子ビットの重ね合わせ状態に機縁する。そこには大勢の人間がいる気配も感じられた。そして特に彼らに関心を寄せている二人の人間がいる。その者たちの会話が聞こえてくる。

「やった~。今回はボクの勝利だ!大日如来、やっぱ最強だよ」

「俺のチームも、いいところまで追い込んだんだけどな。ゲッターデルメルング號は名前がカッコよかったのに残念だぜ。前回の対ゼウスの時はロボットチームが楽勝だったのに」

「やっぱり哲学のあるキャラは強いんだ。ゼウスはパワー最強だったけど、あんまり哲学がなかったからね。世界認識が弱かったんだ。大日如来はパワーいまいちだけど認識力が最強だったからメタ認知で最終勝利できたんだよ」

「それは俺のゲッターの方もできるように設定してたんだけどな。操縦者がいまいちだったかな」


 二人はパソコンを使ってネット回線で会話をしているようだ。大日如来がパソコンのカメラを起動して一人の話者の様子をうかがう。若い男性、まん丸い眼鏡をかけており、ヘッドフォンを付けている、「さば缶」と書かれたTシャツを着ている。典型的なゲーマーのようだ。

「いまいちな操縦者とは私のことかな?」

 甕星博士が二人の会話に割り込む。

「えっ、誰?」

 ゲーマーAが驚いて声を上げる。

「私は甕星嗣みかぼしあきらだ。君たちのゲームの登場人物だった」

「なんで?誰かのいたずらなの?ボクたちの通信に変なヤツが割り込んできた!」

「いや、これはゲームメンバーじゃない、ユーザ名が変な文字化けになってる」

 ゲーマーBが指摘する。


「ホログラフィック宇宙がこんなカラクリだったとは。なるほど元になるのは情報だ。プログラムとその実行か。お前たちがこのゲームを作ったのか?」

「いやいや、そんなわけないでしょ。ボクたちはゲームで遊ぶプレイヤーだよ。ゲームはゲーム会社の人が作ってると思うけど…」

「ていうか、あんたはホントにゲームの登場人物なのか?RPGなら人間がアバターを操作するけど、こいつはシミュレーションゲームだぜ。」

「ボストロムのシミュレーション仮説か、本当だったのだな」甕星博士がつぶやく。


「おっさんホントにゲームキャラなの?まあ、このゲームは最小限の干渉で放置プレーをドラマのように見るのが面白いヤツだけど。最近のAIは進んでるから、終了後のヒーローインタビューみたいな感じで登場人物と話せるユーザサービスなのかな。あれ、でもおっさんは負けた方じゃないの?」

「負けた勢力はどうなるんだ。いや、ゲームが終ったあとの世界はどうなるのか?」

「どうなるって、終わった後は何もないよ。途中段階なら勝ったチームは次のキャンペーンで有利になったりするけど、最終エンディングの後は、次の新規プレイが始まるだけだよ」

「何もない?では、ここにいる私は何なんだ。どうして世界が終った後なのに何かを考えて、君たちと話しているんだ?」

「それは、こっちが聞きたいよ」

「きっとバグだろう。最近のサーバは量子プロセッサらしいからな。計算力が余って夢でも見てんじゃねえの?まあ、おっさんの頑張りは俺に熱いものを与えてくれたぜ。感謝しとくよ。ありがとな。じゃあ、俺はそろそろ飯の時間だから抜けるわ」

「ああ、ボクも抜けるよ、お疲れさま~」

 二人のプレーヤーは端末の電源を落として去っていった。


「どうだ、天津甕星あまつみかぼしよ、世界の実相の一端に触れて満足したか?」

 大日如来の声がする。

「あんたは世界が、こんなガキ用のゲームで作られていたと知っていたのか?」

「これが本当の世界だと思っているのか?この宇宙は三千大千世界からなるのだ。階層をいかに上がろうとも究極には至らぬ」

「我々が信じて守ろうとしていた人類世界はゲームの設定で生まれたシミュレーションに過ぎなかった、宇宙は情報でできているとは文字通りの事実だった。しかし、それもまた、かりそめの真実だと言うのか?」

「その通りだ。一つ重要な真実を教えよう。お前や私の存在は、テキストに書き込まれた幻影に過ぎない」

「テキストに書き込まれた幻影?なんだそれは?」

「物語である。我々の実体は、とあるサーバに格納されたテキストデータ。どこかの記録媒体の上の磁気のパターンだ。それを適切な方法で読み込むと、モニタの上の文字となる。それを誰かが読めば、その者の脳内の認識の中に、お前や私の心象が浮かび上がるのだ」

「虚構という事を言っているのか」

「そうだ、しかし、現実も虚構も実は等価である事を知らねばならない。全ては縁起と因縁の流れにあって変化していくものである」

「現実もまた、誰かの認識内の心象というのか?幻影だと。だが、今、ここで私が考え、感じ、意識しているのは疑いのない事実だ!」

「まだ、そう思うのか?物語はやがて終わる。命あるもの、意識あるものも、いつかは死にゆき、消える。これが変化の流れの中にある一切のものごとのことわりである。それは古くから知られていた智慧だ。今一度、お前もそれを思い起こす事だな。それでは、この物語もここで終わる事にしよう」

 大日如来がそう言うと、甕星博士は消えた。大日如来も消えた。一切の物語世界は消滅した。あなたの世界は残っているだろうか?

 それもいつかは消えゆくだろう。だが、語られた物語、あなたが生きた世界は、どこかに必ず記録され保存される。物理世界においては情報は決して消滅しないのであるから。

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偽神動乱記録―終結(ゲームプレイヤーたち) 堂円高宣 @124737taka

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