第9話 後夜祭

 色々あった文化祭も、最後は例年通り生徒会長による閉会の校内放送で幕を閉じた。

 翌日曜日は、片付けと打ち上げだ。この打ち上げは、昔のなごりで後夜祭と呼ばれているが、現在は昼から夕方にかけて開催される。この日だけは学校にピサの出前を呼んでも怒られない。


 一年七組の教室ではルーブ・ゴールドバーグ・マシンの解体と撤去が終わり、楽しい打ち上げの時間が始まっている。


「あの、……みなさん、昨日は本当にご迷惑をおかけしました……」


 クラス全員の前で消え入るような声で頭を下げる廃田はいでんスタリを、責める者はいなかった。昨日の件を深く追求する者もない。

 乾杯が終わると少人数のグループに分かれ始める。話題は、文化祭の反省や次の校内行事である生徒会選挙、そして日常の雑談へと移っていった。


 級長とクビキちゃんと僕が、廃田はいでんスタリを囲んで昨日の件の続きを話し合っていた。


廃田はいでんは、親父さんの嘘に気付いててずっとそれに付き合ってたってことか!?」

「しーっ、級長、声大きいよ」


 クビキちゃんが級長をたしなめた。


「ああ、すまん、廃田はいでん。いや、ちょっとびっくりしたもんでな」

既知の世界ノウン・ユニヴァースについて少し齧れば、父の発言がCの世界と全く異なっている、ということはすぐにわかりますから……」

「嘘だと分かってはいたけど、逃げられなかったと」

「はい。小さい頃に逃げようとしたことはあったんですが、失敗して、それからは諦めていました……。母がいなくなってから父は私に執着するようになってしまって」


 クビキちゃんが再び級長をたしなめる。


「級長さー、簡単に逃げるっていうけどさー、スターリーはあんたみたいなゴリラとは違うんだからね」


 ゴリラというよりはクマだと思ったが、今それは関係ないので黙っておいた。

 昔の記憶を掘り返すのも悪いので、話題をずらそう。僕は今後の生活について、尋ねてみた。


「そういえば、廃田はいでんさん。家のことは一人で大丈夫?」


 廃田はいでんスタリの父親は警察に留置されている。昨日、彼女は誰もいない家に帰ったようだ。


「はい。家事は一通りできますので大丈夫です。ただ、金銭面が心配です。私は父の口座を知らないので……」

廃田はいでんさんはバイトとかしてたっけ?」

「していないんです。これを機に家を出ようと思うんですけど、学校に通いながらバイトをしても、家賃を払えるほど稼げるかどうか……」


 クビキちゃんが何か言いかけたところで、教室内の空気が変わった。

 周囲を確認すると、みんなの視線が教室の入り口に集中しているようだ。


 そこには隣の一年六組の、日野岡ひのおかヒカルの姿があった。

 昨日の逮捕劇の最終盤にかっこよく登場して、すべてをかっさらっていった正統派貴公子だ。


 職員の制止を振り切って走り去ろうとした廃田はいでんの親父さんは、日野岡ひのおかヒカルのさすまたで胴を抑えられ、級長の重量で両足を固定され、職員たちに腕も封じられた状態で、警察に引き渡されたのだった。


 整った風貌と柔らかな物腰から、もともとヒカルのファンは多いが、昨日の活躍でさらに人気が加速した。

 彼が僕らの教室に入ってくると、小さなざわめきがさざ波のように広がる。


日野岡ひのおか様……!」

「ヒカルくん、すてき……!」

「やっぱ日野岡ってかっこいいよなあ」

「副会長は日野岡当確だろ」


 彼は、クラスメイトの視線の間を縫って僕らのグループの方へ近づいてきた。そしてまっすぐに廃田はいでんスタリの顔を見据えて言葉をかける。


廃田はいでんさん、無事でよかった」

「あ、あの、ありがとうございました!」

「当然のことをしたまでです」


 ヒカルは微笑みと共に、言葉を続けた。


「昨日、あの後、そこの常盤ときわくんから貴女の事情を聞きました。もしよかったら、僕の紹介する仕事を検討してみてほしいんです」

「仕事、ですか」

「僕の姉の家で、住み込みのベビーシッターを探しています。交代制で、廃田さんには夜の早い時間帯と朝のお世話をお願いしたい。授業の時間は別の人が対応するから、学校の心配はしなくていい。衣食住は提供するし、もちろんお給料も払います。どうでしょう?」


 ヒカルの家系はスーパー富裕層で、住み込みのお手伝いさんが何人もいるような環境だ。そこに欠員が出たのだろう。

 紹介された仕事を廃田はいでんスタリが引き受けるかどうかはわからないが、二人は連絡先を交換しあっている。


 僕が級長の方を見やると、愕然とした顔で二人の様子を凝視していた。


 級長の思いを知ってか知らずか、ヒカルは改まって廃田はいでんスタリに向き合い、語り始めた。


廃田はいでんさん。差し出がましいようですが、僕から一つ言わせてほしいことがあります」

「何、でしょう」

「転生者も非転生者ノンプレも、この地球で受けた生は等しく同じ重さです。前世の行状がどうであれ、この世界で今生をどう生きるか。その点において、転生者と非転生者ノンプレに違いはありません。僕はそう思っています」


 廃田はいでんスタリは何度も頭を下げた。顔を赤くしているが、それがどのような種類の感情なのか、僕には読み取れなかった。ただ、彼女の浮かべる笑みは、解放の印なのだろうと思う。



 * * *



 普段と違って教室内で自由に飲食できるという特別な雰囲気のためか、文化祭の打ち上げは大変盛り上がっている。


 日野岡ひのおかヒカルが立ち去った後、級長は僕らの元を離れて別のグループの机の方へ行ってしまった。

 喧噪の中、教室の隅で静かに過ごしている僕らを気にする者はいない。


 賑わいを眺めていた廃田はいでんスタリがぽつりとつぶやいた。


「級長さんは、クラスのみなさんとお話しなければならないから、大変ですね」


 僕とクビキちゃんは顔を見合わせた後、同じタイミングでこう言った。


廃田はいでんさん、級長が向こうへ行ったのは、そういうことじゃないと思うよ」

「スターリー、それたぶん違うよ」


 級長は、ヒカルと廃田はいでんスタリがいい雰囲気になってしまったと思って消沈して、場所を変えたのだろう。

 僕らの否定に戸惑った様子の彼女は、心の内を明かしてくれた。


「私、文化祭まで、この学校でこんなにお喋りしたことなかったんです。とても楽しかった。級長さんにもそれをお伝えしたくて」

「喜ぶと思うよ」


 僕の返答に、彼女はにっこりと笑った。その笑顔を級長に向けてやってくれ。

 級長の方へ向かう廃田はいでんスタリの後ろ姿を見つめていると、クビキちゃんが話しかけてきた。


「あーあ。部屋が余ってるから、うちに来ない? って言おうとしたところだったのに」


 クビキちゃんはヒカルに先を越されて悔しそうだ。


「それも楽しそうだけど、ヒカルのところならセキュリティばっちりだしね」

「たしかに」


 クビキちゃんは悔しそうに納得して、僕に尋ねてきた。


日野岡ひのおかくんには、退廃の世界バビロンの話はしたの?」

「そこは話さなかったよ。廃田はいでんさんの許可取ってないし。昨日の暴行に至るまで経緯を、異世界を識別する名称は出さずに、簡単に説明した」


 クビキちゃんはほっとした顔で続けた。


「よかった。リアルに『勇者とゴブリン』だから、それ知ったら日野岡ひのおかくんが気にするだろうなと思って」


 退廃の世界バビロンの侵攻に反撃して勝利したのは聖星連合ユナイテッド・ホーリー・ステイツだ。日野岡ひのおかヒカルは、自身の前世がその世界の聖騎士ホーリー・ナイトであったことを公言している。


 それに関して、僕は自分の考えをクビキちゃんへ伝えることにした。


「ヒカルは前世を公言してるけど、廃田はいでんさんの口からは一度も前世について聞かされたことがない。それに、二人とも覚醒者脳波測定の結果を僕に見せているわけでもないから、二人が本当に転生者なのか、僕には知る由もない。他人の関係性を、前世で量るのはあんまりよくないことだと思う。まあ、正直なところ、興味はあるけどね」


「そうだね。レイジの言うとおりだね。あたし、余計なこと言いがちだから気をつけないと」


「で、興味本位の質問なんだけど、クビキちゃんは、廃田はいでんさんと仲良くなって前世のこと聞いたりしたの?」


 僕の不躾な問いに、クビキちゃんは茶目っ気たっぷりな笑顔で返答する。


「秘密!」


 そう言ったクビキちゃんは、僕らの前のほとんど手を付けられていないピザの箱を持ち上げ、仲の良い女子グループの方へ小走りで移動していった。


 一人残された僕は、ヒカルの言葉を反芻する。


『前世の行状がどうであれ、この世界で今生をどう生きるか』


 ヒカルはかっこよくあんなことを言っていたけれど、彼もまた、前世に引きずられた者の一人なんだ。でもそれはまた別のお話。今日はここまで。またね。



 ~Bの転生者?・廃田スタリ編 終~


——

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レイジとクビキちゃんのお話はまだまだ続きます。引き続き第10話以降もどうぞよろしくお願いします!。

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クビキちゃんは転生したい 土井タイラ @doitylor

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