閑話
―――少しばかり、時間は遡る―――
ヒューゴ用の治療薬が、まだ完成していない頃。
今日は冬も中休みなのか、役宅のテラスは、日差しがぽかぽかと温かい。
このテラスで、いまイライジャが、スピカの車椅子を改造している。実を言うと、スピカ、イライジャの浮遊盤がうらやましくなって、「アタシも空を飛んでみたい」と一言漏らしたそうな。
それを聞いたイライジャが、俄然張り切り車椅子を改造しているのだが。
なにせ彼は、過去色々やらかしているため、ヒューゴとしては非常に不安がある。
本日、恒例の散歩を取りやめてまで、モルガンとともに見守って、いや見張っているのだ。
野暮用で顔を出したエミリも巻き込み、待機してもらっている。
サクサク作業はおわり、スピカが椅子に乗った。
イライジャによる、取り扱い説明開始。
「普段通りにも使えるし、自走も可能じゃぞ。手元に操作盤があるじゃろ。こっちのボタンで、宙にうくからの。」
「このボタンですね。」
そこでスピカが、ぽちっとな。
「うひゃーーーーーっ」「ひょおおーーっ」
大空に、スピカが車椅子ごとすっ飛んでいった!そこにいた全員、真っ青!
空中で放り出されてしまったスピカに、ヒューゴが叫んだ。
「エアクッション!多重!」
圧縮された、幾重もの空気の層が、スポン、スポンと彼女を受け止める。
だが、速度が緩くなるだけだ、落下は止まらない。
「モルガン!」
「おう!」
モルガンが飛び出し、スピカを空中キャッチ!お見事。
幼女なばあさんは、目をぱちくりした。
皆ほっと胸をなでおろ――――わけにいかなかった。
もう一つ、でっかい繭型椅子も、回転しながら落下中なのだ。
こっちはエアクッションでも速度が落ちない。ヒューゴがウォーターボールに切り替えようとした矢先。
「せいっ」
ドガン!
エミリの豪快な回し蹴りがきまった!
繭型車椅子は、裏手の雑木林に突っ込み停止。
めでたし、めでたし。
となるわけがなく、ヒューゴからイライジャに、盛大な説教が始まった。
「俺、言ったよね?スピカは初心者で、お年寄りだって。
ジジイと同じように、運転はできないの!反応速度が違うの!
今回、怪我がなかったのは、不幸中の幸いなんだからね!」
「スピカなら、できると思ったんじゃもん。」
「できないってば。誰だって練習がいるんだって。
そんなに信用できないなら、別の人にのってもらってみろよ。」
椅子本体は壊れていなかったので、モルガンが試乗(きつきつ)してみた。
ぎゅんと、空に上がり――――真っ青になって降りてきた。
結果。
繭型車椅子の機能は、元に戻されたのである。
―――――春の日が差し込む、同じく、役宅のテラス。
椅子に座って茶を楽しむ、スピカと、ジェニファ、ウィル。
珍しく、三人の非番が重なった。スピカが恥ずかしそうに、
「…ということも、ありました。」
「どちらが年上なのか、わかりませんでしたわ。スピカ様。」
「ほんとうに。今頃何をしているのやら。こんなものまでもらって。」
カップをソーサに戻し、スピカは手首の腕輪を触った。
艶消しの黒のシンプルな細い腕輪。同じものをウィルと、ジェニファも持っている。
これはイライジャからもらった、リバース化されたものだ。三人だけの秘密。
「これ一つでも、薬代としても、もらいすぎじゃない?」と、ウィル。
「アタシが死んだときは、そのまま棺に入れておくれね。」
「縁起でもないことを。私は……どうしましょう、ウィル?」
「ジェニファ、それを僕に聞くのかい?」
腕輪は、それぞれ、ウィルは剣に、スピカは亡き夫からもらった宝石箱に、ジェニファは小さなボストンバッグに…魔法薬がいろいろ入っている…でリバース化した。
イライジャから、ロッシナを守ってきたスピカへ、その彼女を支えているジェニファとウィル夫婦へ贈られたものだ。腕輪本体は、艶消しの黒に、玉虫色の小さな石がワンポイントに嵌められていて、なかなか渋い。
これは、ヒューゴには内緒だ。違うといっても、彼は自分の治療代になったと思うだろうから。彼自身、自覚していない、プライドの高さ。やはりヒューゴは、生粋のエルフなのだろう。
「ヒューゴ君、最初はイライジャ殿さえ、心からは信用してなかった。
ほんとうにハリネズミみたいな少年だったね。」
「あの生い立ちでは、仕方ないとおもいますわ。聞いているだけで痛々しくて。
それに、最後のほうは、爪も針もすっかりひっこんでいましてよ。」
「おやおや、それはそれでつまらないかもねえ。」
「スピカ様、彼が聞いたらおこりますよ。」
ひらひらと、蝶が飛ぶ。
うららかな春のひとときが過ぎていった。
セブンリーブス・ヒューゴの冒険 ひいらぎ しゅう @hiiragi-syu
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