第10話
ここは大きな湖の中に浮かぶ小島。
日はとっぷり暮れた。風が冷たい、気温がぐんぐんと下がる。
対岸に例の代官の役宅が見える。夜になって、代官屋敷の窓に明かりが点いた。て、ことはみんなガラス窓だね。あんなにいっぱい、すっげーな。
俺とイライジャはさ、暗い色の布をすっぽり被って、手元のカイロで暖を取っている。魔道具のカイロ、ほかほかで暖かいよ。
昨日の深夜から、俺たちはここに隠れているんだ。
ここ廃墟しかないし、橋は落ちて誰も来られないしで、監視兼避難場所にうってつけ。この場所も、ウィルのマニュアルにあった。
野営禁止?な、なんのことかなあ。
しばらく眺めていると、俺の耳が、対岸の声を拾ってきた。
「騒がしくなってきた。」
「破裂したかの?」
「しちゃったねー。」
俺とイライジャはさ、昨日の夜のうちに、薬師の館をこっそり脱出したんだ。浮遊盤に二人乗りで、そのまま代官役宅へ直行した。屋上に降りて、そこから細工ですよ。いやー、寒さのせいかな、誰も見回りに来ない。いじりたい放題だ。ウィルの情報通り、代官不在の時は、歩哨は門と玄関だけとか。警備がザルのザル。
このお宅は役宅だけど、代官の私邸みたいなもん。役所の機能は別の建物にあるらしいよ。
こちら古くて石材をふんだんに使った、豪華3階建て。3階にある主寝室をはじめとして、客室など各所に上下水道が配管されていていてね、風呂には温水の魔道具なんかついているんだと。
その水は目の前の湖から、魔道ポンプで汲み上げ、浄化して使っているそうだ。屋上には貯水タンクがあった。すごいねえ。生活クオリティが、庶民とかけ離れているわ。
ただ見栄え中心だから、冷暖房の効率は無視だね。天井は高いし、壁も床も石、すごく寒そう。
細工はね、上水道を凍結させたんだ。それと家じゅうの壁も。
水道管に少しだけ魔力を流したら、つながっている管と、管が通ってる石材に含まれた水分までも凍っちゃった。古いお宅だから、壁にもヒビがたくさんあってね。そこに結露とかで水分がたくさん入り込んでた。それが凍ったんだからさ、ますます冷えるよね~。魔道具にも、水分がちょっとでもかかってたら、凍っちまったい。それで壊れた。ぼろい。たぶん、凍結防止の魔道具だ、あれ。
俺、絶対、魔力量や操作性もあがっている。触れて、繋がってるところに、魔力を伸ばしていける感じがするんだ。
水だから、俺と相性がいいのもあるんだろうけど。ただでさえ寒い時だから、「ちょっとだけフリーズ」、それもすこーしの魔力で、バンバン凍っていくんだ。しかもガチガチ、ミチミチの氷。管が古いものだから、凍る端から破損してさ。はっはっは。やりすぎ?ソンナコトナイヨ、下水は見逃しているんだから。
まあこれは、前座だね。
「どうぞー、仕上げはイライジャだ。」
「うむ、主役の出番じゃ。」
さあて、証拠を残さない10倍返し、鼬の最後っ屁の最終場面だ。
例の円盤型の魔道具が、ヒューッと湖面の上を飛んでいった。これは改造済み、威力マシマシで、距離が離れても操作可能になった、とジジイが言っていたのだよ。
「冬の雷だ、でっかいのを頼む。」
「了解じゃーーーー」
ガラガラガラ、ドッシャーン。
特大の雷が、代官役宅を直撃した!
あ、雷光で建物の一部が崩れたのが見えた。まずい。
「もう一発じゃあ!」
「おい、一発だけだって!」
ドガドガガッシャーン
ああ、遅かったか。また崩れた……。
どうやら代官宅から火の手が上がったみたい。
「そこまで。街に飛び火したら大変だから。」
「つまらーん。火災旋風?とかやらんのか?」
「やりません。やったら、確実に犯人捜しされるし、俺、また倒れるよ?」
「ふん、今回は見逃してやるのじゃ。」
俺は満足そうなイライジャと一緒に、小島から撤収した。
対岸の炎は、徐々に小さくなっているようだ。
二人乗り浮遊盤はゆっくりと湖面を越え、反対側の岸辺に着く。初日、野営した場所に近いところ。
ここは、公園。実はさ、王族だけが知る隠し通路ってのが、この近くにあるという話なんだ。街から出るのなら試してみないかって、スピカの提案。ここがダメならば、最初の予定通り、山越えルートになるだけだ。
待ち合わせ場所には、既にスピカとエミリがいた。二人とも、ふかふかのコートや手袋で完全防寒だ。エミリはひどく、ほっとした様子で、
「お二人とも――――ああ何も言いません。」
「それがよろしい。さあ、まいりましょうか。今も動くといいのですけれど。」
俺たちは静かに移動を始めた。あくまで、ひっそりと、無駄なお話はしない。こっちは湖の中の小島と違って、誰もいないとは限らないから。
ここは昔さる貴族が住んでいて、邸宅跡地を公園にしたらしい。
だが今ではすっかり朽ちてしまった。そんな敷地の端に、こんもりと盛り上がった築山がある。その前まで進むと、スピカは、
「あの御方は呪文を唱え、この辺に魔力を流しました。戻りました時、同じようにやってみましたが、だめでした。何か条件があると思います。」
ぶつぶつと、イライジャは呪文を唱えだした。なんでも子供の頃、覚えさせられたことがあるらしい。でも昨日まで、すっかり忘れていたと。スピカが全文を覚えていてくれて、助かったよ……。後の条件は、王家のDNAとか、きっとそんなもん。
やがて―――築山が震えだし、ずずずと山が二つに割れた。
次に割れた山の間から、四角柱がせりあがってきた。
大きさは縦2m幅1mちょいくらい。むむむ、迷宮の入り口みたいじゃん。
四角柱は、横から見ると、直角三角形のカタチだったよ。なんで?スピカに目で促されイライジャが、四角柱にふれる。ウィンと、入り口が開いた。灯りの魔法を中に放り込めば、斜め下へと続く階段が見えた――――なるほど、それで三角形と。
昨日あいさつは済ませたけどさ、俺たち4人は、もう一度しっかり握手を交わした。エミリ、ちょっと力強くない?
スピカは俺の目をしっかりと見て、
「体はね、後は慣れていくだけだから、だいじょうぶ。もうひとつ、いつか行った先のお話を、アタシが生きているうちに、聞かせに来ておくれ。」
「こりゃ、ワシに言わんか。」
「そういうお方ほど、うっかりお忘れになるのですよ。思い出されるのは、アタシが夫のもとに旅立ったあととか。おほほほ。」
そう言われると、ぐうの音も出ないイライジャである。
俺もさ、確約はできないけどさ。いつかきっと。
「また来るよ。ありがとう。」
まずイライジャが入り口を潜った。
続いて俺が潜ると、がくんと、階段ごと構造物が下がりだした。同時に扉が閉まりだす。
スピカと涙一杯のエミリが手を振っている。
それも完全に入口が閉まり、見えなくなった。
――――注意は昨日のうちに聞いている。
長い通路で、小人族の足で、二日か三日。
山を貫き、草原に出るはず。出口が第三者に見つけられた話はない。
「万が一、道が埋まっていたら?」
「入口に戻ればよいでしょう、イライジャ様がいれば外へ出られます。」
「トラップとか?ギミックとか?あったりする?」
「ええと、80年前だし。夢中で逃げていたから。」
「どっち!?」
下降はやがて止まった。かなり長く感じたけれど、たぶん分単位だ。
階段はさらに地下へ向かって伸びている。
俺たちはゆっくりと下った。階段の終わりは、魔法の灯りも届かない、長い長い通路の起点だった。
空気は湿っているが、わずかに流れを感じる。息も苦しくない。
どこか地上に通じているのか、空気を清浄にする仕掛けがあるのか。
俺たちの新しい目的地は、ノースランド。
イライジャは亡国の王族として、けじめはつけたいと言った。その旅に俺は同行する。今回は仕事なしの「同行」だ。
「ワシも、お前も若いからの。急に気が変わることもあるかもしれん。ただ、いきなりサヨナラは無し、じゃぞ?」
「ああ、わかってるって。」
「では、行こうかの。」
「おう。」
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
―――何処かの国にて――――
それはいつからだったか。
ごく僅かな、違和感からはじまった。
違和感がどういうものなのか、言葉にするのは難しい。
冷えたグラスに触れた指の一本、いや、皮膚のほんの一か所だけ、伝わる温度が違うような。グラスの結露が、さっきよりも一滴少ないような。でもすぐその違いは、周りの感覚と紛れてしまって何も残らない。
感じたことさえ忘れてしまい、時が過ぎて、また違和感を覚える。
この繰り返しだ。
疲れているのだろうか。
周囲の誰に聞いても、気のせい、としかいうまい。
「王よ、お時間です。」
かけられた言葉に、彼は立ち上がった。
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