第9話

「魔力を流して調べましょうね。大切なことですよ。」

「ソウデスネ。」

 にっこにこのエミリが、俺の両手を取っている。何時かイライジャがやってくれたアレ、体内のチェックだって。でも、イライジャよりもっと、丁寧で繊細な感じ。

 彼女さ、先日の治療が終わってから、やたら距離が近いんだよ。それが何かって?問題大ありだ。あのゆったりしたローブの上からもわかる、彼女の豊かなお胸。目のやり場に困るっての!

 魔力での診察を終えると、エミリは、

「問題はないようですね、じゃあ今日も散歩に行きましょう。新しくなった肉体を慣らすには、ちょうどいい運動です。」

 既に外套とブーツが準備してあったりする。準備ええな。

 あ、仮面も追加装備。木綿を重ねて固めたような白いヤツ。まだ再生したばかりの肌だから、直射日光は控えめに、ですと。俺は赤ちゃんか。まあ、目立つという顔を隠すには、いいかもしれない。

 ジジイはいつものよーに、なにやら作っている模様。外へ出ようとする俺たちに、モルガンが声を掛けてきた。いや、エミリ個人に。

「エミリ、あまりはしゃぐなよ。」

「わかってるわ♪」「…うそこけ…」



 通りを吹き抜ける風は冷たい。

 隣で歩くエミリは、足取りも軽くご機嫌みたい。俺の方は、ストレス発散どころか、かえってたまりそう。だって、たゆんたゆんと揺れるのが目に……こほん。だから、ずーっとモルガン指名だったんだよっ。女性と二人で歩くとか、はあ。


 歩きながら周りを見ると、義手や義足の人が以外と多い。仮面着用のひともいて、俺もそれほど目立たないのかな。そう話を振ってみると、

「施術は、通常何度かに分けて行いますね。顔の場合、次の施術まで、仮面で保護するケースがあります。一度に済ませたヒューゴさんは、珍しいほうですよ。」

「そうなんだ。薬師の館では、義肢も扱っているの?」

「いいえ。専門の義肢装具の店があります。」

「へえ、そういう店もあるんだ。」

「そうだ、一度見学に行きませんか?普通の義肢から、魔道具仕様のものまでそろって、なかなか壮観ですよ。」

「面白そうな店だね。」

「たまに、全身鋼鉄の肉体が欲しい、とかいうお馬鹿も来るそうです。」

「そいつはただのヘンタイだと思う。」


 そんな平穏な街のメインストリートに、蹄の音が鳴り響いた。

 色鮮やかな斑点を持つ魔馬が、目の前を駆け抜けていく。

 騎乗するのは、見覚えのある鎧を着た騎士。あれは…。

「エミリ、あれ。」

「戻りましょう、でも走らないで。そこの角を曲がりますよ。」

「わかった。」

 

 俺たちが帰宅するや否や、ジェニファも本館から戻ってきた。

「先ぶれがございました、ジャロウ伯爵がお戻りになります。」


 さて、役宅のリビングである。まだ日は高い。

 俺とイライジャ、薬師が3人、引退者と付き人の計7名は、顔を突き合わせて作戦会議だ。冒険者ギルド勤務のウィルは、今日の帰宅は無理らしい。だがこういう場合にそなえて、彼は対応マニュアルを作っていた。さすが。


「では改めて。先ほど、ジャロウ伯爵の先ぶれが到着いたしました。早ければ今夜おそく、おそらく明日に、伯爵一行はロッシナ入りするでしょう。正直、今までよく、持ったと思います。」

「こっちへ来るのは、年1度か2度って言ってなかったっけ。」

 つい口調がきつくなる俺に、ジェニファが、

「そのとおりです。きっと、イライジャ様がこの街に居ると、確信したのでしょうね。すでに街中は、代官側が目を光らせていると思われます。ご注意ください。」

「お二人がここにいるのは、まずいのよね。」と、エミリ。

「ええ、うちは一番疑われているでしょうから。」

「いつでも出られるよう、準備はしている。イライジャ以外はさ。」

 物が散乱しているリビングを背に、てへ、とかやってるジジイ。わざとらしい。ジェニファは笑いをこらえながら、

「それはイライジャ様ですから。だいたい今の今まで、何のお触れもなかったのです。今さらどうこう言われましてもね。」

「やっぱ、他の貴族家に知られたくないから?」

「だと思います。ここ薬師の館は、高位貴族の方がよくご利用されますので。」

 しかめっ面のスピカが、口を開いた。

「でも難癖はつけてくるでしょう。」

「その前にサクッと消えるよ。」

「それもいいがの、お主は腹が立たんのか。」

 イライジャ、すっごい悪い笑顔だ。これはあれですね。倍返しですね!

「立っているとも。金は没収されたし。」

「素材は問答無用で持っていかれたのう。」

「それにさ。ロッシナには、周辺に一杯、狩場があるって聞いたのに!ぜんぜーーん狩りに行けなかった。一度もだ。みんなアレのせいだ!」

「そうじゃそうじゃ。お返ししないと気が済まんのじゃ。」

「やっちゃう?」

「やっちゃうのじゃ、やられっぱなしは癪じゃもん。」

「おし、決まり。」

「危険な会話だねえ……。」

 モルガンたちが引いてんなー。ははは。


 そうと決まれば、さっそく作戦を計画。

 他にも、代官側への対応や、脱出ルートなど、細かい点を詰めていく。もちろん、俺たちの痕跡を残さないよう、荷づくりと掃除もやらねえと。

 ウィル作のマニュアルは、大変有益でした。


 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


 先ぶれの魔馬が、ロッシナ代官役宅に到着。

 その翌日に、伯爵一行が街へ入った。馬車数台、警備の騎馬20数騎ほど。前回よりも大所帯である。代官役宅に到着したときは、すっかり夜の帳が降りていた。

 疲れた顔で馬車から降り立ったのは、当代ジャロウ伯爵そのひとだ。


 ジャロウがその噂を聞いたのは、秋も半ばの頃―――さる貴族領地に、小人族の魔道具技師がいた。莫大な利益をもたらすその小人族は、突然出奔したという。そいつの故郷はロッシナで、そこへ向かっているらしい―――チャンスだと思った。

 ジャロウが任されたロッシナは、辺境の一都市である。都会派の彼には、不満しかなかった。現在、魔法薬などで潤っているが。亜人と薬の匂いのする街は、正直吐き気がした。一方、高位貴族の間では、ロッシナ産魔法薬が重用されているという。ジャロウは、考えを少し変えた。ならば金のなる木として、せいぜい稼いでもらおうと。

 そこに降ってわいた、小人族魔道具技師の話。この亜人を我が伯爵家に迎えよう。

 後ろ盾が無くなった亜人だ、泣いて喜ぶにちがいない。そして価値の高い魔道具を、どんどん作らせればいい。そして極上の一品を、王家に献上するのだ。さすれば、陛下からの覚えもめでたく、ゆくゆくは王都に近い所領の代官、または領主になれるかもしれない。

 妄想だけが膨れ上がり、ジャロウはロッシナへ向かった。しかし、件の小人族は、街にも、途中の街道にも見当たらない。探索させるが、引っ掛からない。あの情報は嘘だったのだろうか。仕方なく、王都へと戻った。

 だが年が明けて、いくつかの情報がはいってきた。それらの情報を纏めると、その小人族は今現在、街にいる――――ジャロウは再び、ロッシナへ舞い戻った。


 漸く辿り着いた屋敷は、外とそう温度差がなかった。

 暖炉がある談話室で、老家令を怒鳴りつける。

「その小人族を、まだ連れてこれぬのか。」

「不手際が重なりまして。申し訳ございません。」

「―――聞いてやる。順よく話せ。」

「は、はい。まず、昨日命令書をいただいてすぐ、関所の封鎖を命じました。以降、誰一人街の出入りはありません。その上で、ロッシナにある各団体施設等に、閣下のお名前で触れを出しました。しかし、当該する小人族はいない、との返答です。」

「街から出てはいないのに、どこにもいない、と?」

「はい。入出記録は、街に来た時のみ確認できました。出る際はほぼ自由だそうで…」

「そういうものなのか。」

「地方では多うございます。」

 ジャロウは革椅子にどかりと腰掛け、報告を聞き続ける。

「冒険者ギルドでも、本人はギルドに現れていない、の一点張りです。護衛依頼の報告済みの説明を求めたのですが、逆に情報の入手方法を問われました。重大な違反と申しております。」

「何?違反だと。」

 椅子に腰を掛けても、コートも脱いでいない。この部屋も、やたら底冷えする。暖炉はついているというのに。火勢が弱いのか。

「冒険者ギルドは、国から独立した団体で、情報流出には敏感です。それ以上の追及は、協力者や私共にも障りが出ます。なお同行の冒険者名で報告されていたとか。そこまでは、協力者から確認を取っています。」

「その冒険者はどこだ?」

「行方が知れません。当地で依頼を受けた形跡もありません。」

 ジャロウは唸った。誰かの入れ知恵だろうか。なかなか、尻尾を掴ませないようになっている。腹立たしい、それにしても、何気なく腕を置いたテーブルが氷のように冷たい。

「チッ、暖炉をもっと暖かくしろ。」

「申し訳ありません、ふ、不調の様で。」

「管理がなっとらん。ああ、先に続きを話せ。」

 家令は縮みあがり、怯えながらも続けた。

「薬師の館は、高貴な方の治療中といわれ、返答はありません。長の女が小人族担当なのです。小人族が街に入った際、接触があったことは確実です。ですが、その後、小人族は姿を見せておりません。」

 ぴくり、ジャロウのこめかみに血管が浮いた。

 そうだった。面倒なことに、あの館にはやたら、セレブな客が付いているのだ。

 それに―――街ごと小人族の隠蔽に関わっているようだ。この無能者は、それもわからんと見える。平民ごときに、踊らされるとは。それにしても寒い。


「――この冷え方は、いったいどうした。」

「申し訳ありません。」

 老家令はさらに小さくなって。

「実は昨夜からの冷え込みで、屋敷内外の水道管が、すべて凍結いたしました。屋内まで凍り付いたのは初めてです。現在、自然に解凍するのを待っている状態です。

 お食事は準備しておりますが、他にもご不便をかけるかもしれません。

 なお、破損部分は見つけ次第修理しております。」

「たしか、裏の湖から引いて、浄化をした後に使用しておるな。」

「おっしゃるとおりです。」

「暖炉の火勢が弱いのも、関連があるのか。」

「…おそらく、水道管からの水漏れが壁を伝わり、暖炉にまで…。」

 そういえば、時おりジュン、と音がしている。その度、火が弱まるようだ。

「ええい、冷える。食事の前に風呂の用意をいたせ。たまらぬ。」

「ですから、水が不足しております。」

「魔法使いがおろう!」

「それほどの量の水となりますと、魔法使いでもすぐには。」

「さっさと水を通せ、魔法はそっちに使えといっとるんだ。」

「お待ちください、古い設備ですので、急に解凍しますとさらに壊れる可能性が。」

「どこが急だ。充分時間が経っておるわ。そこの暖炉に水が滴り落ちているのが証拠だ。とにかく、水道管を温めて水を通せ。修理工を呼んで来い、嫌がるなら、代官の命令でも何でも言って引っ張ってこい。」

「旦那様!お待ちを!」

「それが済んだら、ヤツのいそうな場所に騎士を送り込め。不遜な亜人を引っ張り出してこい。匿った者もただではおかぬ。動け!」

「はっ」「旦那様!」


 連れてこられた騎士たちは、館の使用人の言うことなど聞かず、各所に散らばった。結局、熱湯や加熱の魔法などで急に温めたため、さらに破損する箇所が続出することに。気が付いた時には、各階の各部屋から水が漏れていたという。

 しばらくの間、水が邸内を、川のように流れていたらしい。

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