第8話 閑話:正しい猫の飼い方⑧
『カイル・リード、どうして君の行動は想像の斜め上を行くのかね?』
カイルは苦笑した。
ロニオスは知らないことだが、同じ台詞をよくセオディア・メレ・エトゥールに言われたものだ。メレ・エトゥールとシルビアがこの場にいれば、大笑いして賛同していたに違いない。
事実、傍に控えている専属護衛のミナリオは、加護を持っているためにロニオスの思念を拾い、口元を思わず抑え、肩は笑いを耐えるために震えていた。
彼は、メレ・エトゥールがそう言っていた現場にいたことがあるため、笑いのツボを刺激されたらしい。
カイルは、やや恨めしそうに専属護衛を
「え?そうかな?どこらへんが、斜め上にいっているの?」
『よく、そんな交渉と選択ができたものだな、あの修羅場で他者を気遣うなど……。一部のウールヴェを残留させる選択をしたのはなぜだ?』
「僕がトゥーラとの別れを選択したからだよ」
カイルは少し顔をゆがめた。
今は再会できたとはいえ、大災厄時の選択の罪悪感は一生消えないだろう、とカイルは思った。
「多分、この選択の苦しさはウールヴェと
カイルは小さく息をついた。
「ウールヴェを
『もちろんだ』
「そう、よかった」
『だが、世界の滅亡がかかっているのに、個人を優先させたのか?』
「そこを責められるとは思わなかったな」
カイルは肩をすくめてみせた。
「僕は
『その利己的な観点と判断基準を教えてもらおうか』
「僕は居場所が欲しかった」
『――』
「ここはようやく見つけた僕の居場所だった。ファーレンシアがいる世界を守りたかった。彼女が死ぬまでの生活を守りたかった。ただそれだけだよ」
カイルは開き直ったように言った。
「だから、エトゥールに侵攻していたカスト軍も全滅させた。メレ・エトゥールに従わず避難しなかった王都周辺の民も切り捨てた。
「カイル、もういい」
ディム・トゥーラはカイルの肩をつかむと、言葉を遮った。
「ディム、僕は――」
「もういい。大丈夫だ、この馬鹿親父はわかっている」
『…………馬鹿親父……』
「お前がその選択をしたことに傷ついていることを理解している」
「僕は別に――」
「そうか。ではなぜ泣きそうな顔をしているんだ?」
カイルは、ディム・トゥーラの言葉に虚を
ディム・トゥーラが大災厄後も、しばらく地上に滞在することを選んだ理由の一つが、カイルの不安定さだった。
あの不可思議な境界線の地から、エトゥールに帰還し、世間からの隔離に近い生活が始まった時から、ディム・トゥーラはカイル・リードの
エトゥールの関係者は、消滅した区域の犠牲者数をカイルには伝えていない。メレ・エトゥールが禁じたらしい。
恐らく数千程度は残留していたのでは、とディム・トゥーラは推察している。
それに王都に進軍していたはずの隣国カストの軍勢が数に加わる。
こちらは、カスト王に反旗を翻したガルース将軍からの情報で、かなり正確だった。カスト軍が生存したというその後の報はない。完全な自滅だった。
双方ともカイルが救済する義理もない存在だった。ロニオスだったら、
ロニオスとカイルの性格の差が、ここで明確に出ていた。
カイルが『切り捨てた』の発言は、無意識の成せる技だった。責任の
どうしようもないお人好しで、馬鹿だからだ――と、ディム・トゥーラは思う。
世界の番人と同化していてよかったのでは、と不本意ながら思わざるを得ない。
世界の番人は、多分ロニオスに近い思考形態の持主だろう。
できれば、早急に世界の番人との同調を解かせたい――ディム・トゥーラはずっとそう思っていたが、同調を解消した場合のこんなデメリットが発生することは想定していなかった。
ロニオスの目には、カイル・リードのこの状況がどう映っているのだろうか?
『は?そんなことは、どうでもいいことだ』
「…………………………………………」
後日、ロニオスに質問する機会を得たディム・トゥーラが、受け取った答えは想像の領域から外れていた。
ロニオス・ブラッドフォードは血縁者であるカイルが『世界の番人』と同調していることを、まさかの『どうでもいいこと』に分類した。
「……ロニオス」
『同調しているものを無理に
純白の猫の姿をしたウールヴェは、息子と同じ金色の瞳でディム・トゥーラを見つめてきた。
彼が何を要求しているのか、ディムは察していたが気づかないふりをしていた。無論、ロニオス相手にかなうはずもなかった。
念動力を使えないウールヴェのために、専用の小皿に高級酒を
これらの高級酒は、ウールヴェ達に貢ぐことが趣味かと疑ってしまう
「では、貴方のどうでもよくない問題はなんです?」
『やがて始まる内乱、もしくは他国の侵攻をいかに手間暇をかけずに食い止めて、
深刻な未来予想と個人的な欲望が、均等に混在していた。
「……ロニオス」
『なんだろうか?』
「勘違いしてはいけないので、貴方の優先順位を教えてもらえますか?」
『1 造り酒屋の建設。2 縁側付き平屋の建設。3 酒米の収穫。4
己の欲望に忠実な安定の優先度項目の選択だった。
「……そこらへんの上位に、血縁者の精神的救済とかを入れる余地は――」
『ないな』
「……ロニオス」
『カイル・リードには君がいる。だから、私は心配はしていない。心配する必要もない。優秀な
「――」
『だから、私は安心して酒を飲む。そういうことだ』
凶悪だ。予想外の殺し文句を投げられ、ディム・トゥーラは絶句した。
カイルの人たらしの遺伝子の
ウールヴェは、ディム・トゥーラに対してにやりと笑う。
『もちろん、不安になった君への助言は惜しまない。こうやって、酒の
「…………………………………………」
猫はズル賢く、人を
まさにロニオス・ブラッドフォードそのものだった。
ディム・トゥーラは、諦めの深いため息をつき、凶悪な人たらし親子に奉仕する道を選ぶしかなかった。
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いつも読んでいただきありがとうございます。
小説家になろうで続編の新連載も、始まっております。
こちらでの連載が始まりましたら、そちらも作品フォローをお願いします。
続編と閑話の交互更新かなあ、とぼんやり考えていましたが、現実は厳しかった……。
今後ともよろしくお願いします!
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【新連載】エトゥールの魔導師 閑話集〜大災厄の後始末〜 阿樹弥生 @agiyayoi_2021
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