第7話 閑話:正しい猫の飼い方⑦
カイルは、さらに
「これ、
『……………………』
「天候不順や食糧不足が進行すると酒造りの文化は衰退するから、なんとしてでも阻止しないとね?メレ・エトゥールと相談して、世界を救った精霊達への奉納って方針で動いているんだ。エトゥールの民の大半は喜んで奉仕するだろう。大災厄の
カイルは自分の意見にうんうんと頷く。
「雇用も生み出せるし、エトゥール周辺の土地再生のきっかけにもなる。なんたって大陸の穀倉地帯でもあったんだから再生は必要なんだよ。大陸中が天候不順の
カイルは計画書の羊皮紙を一度猫の視界の前に広げてから、卓に積み上げていく。ほんの短時間でそれは山積みと言っていい状態になった。
「流通はリルが商人ギルドを通じて管理してくれることになっていて――あ、リルというのは、僕達の同僚サイラス・リーの養い子で、まだ10代だけど、なかなか凄腕の商人だよ。彼女なら大陸各地の米の発酵酒を調達してくれると思うよ。未知の名品があると思うと励みになるねぇ」
語り続けるカイルに、白猫は尻尾を最高に太くして、恐怖の眼差しを向けていた。
『なんだ、この人を追い詰める悪鬼は…………親の顔が見たいぞ』
「鏡をお持ちしましょうか?」
「ロニオス、諦めた方がいい」
カイルの描いた博物誌用の挿絵を整理しながら、どこか他人事のようにエルネストが、忠告をした。
「カイル・リードは人を巻き込む計画のためには、膨大な計画書の作成を苦にしない性格をしている。私達も過去に想像を超える量の計画書に埋もれた経験がある。抵抗する手段としては、いかに自分の要望を取り込ませるか、だ。よく議論して修正することしか、彼の暴挙を和らげる手段は、ない」
『…………エルネスト、君は何をしているんだ?』
「私はうっかりと、大災厄に協力するなら災厄後に彼を奴隷のようにこき使っていいという話で、手を貸したはずなのだが……気がつけば、博物誌の中で薬草関連をまとめるのに、逆に私が奴隷のようにこき使われている」
「これだってちゃんと博物誌の内容でしょ?」
批判にカイルが
「確かにどの項目から
エルネストは少し遠い目をしていた。
「必要とする項目を最優先にするのは、当然じゃない?研究の基本だよ」
「それは必ずしも私との希望とは一致いない、と宣言しているな?まさに、はめられた」
「ちなみに危険生物の動物関連は俺が
ディム・トゥーラはさりげなく、不吉な内容をおりまぜた。
『…………ディム・トゥーラ、今、君はカイル・リードにいいように使われている、と宣言していないか?』
「俺はいつでも、この馬鹿にいいように使われているんですよ。今まで、気づかなかったんですか?」
ディム・トゥーラの悟りをひらいたような言葉が返ってきた。
「ロニオスは、博物誌の編纂では、どの分野で協力しますか?まさか、酒文化論のみ、なんて言わないでくださいよ」
『だから、私を
「カイルの容赦なさの外堀の埋め方は、多分、セオディア・メレ・エトゥール仕込みだ」
『……………………は?』
ディム・トゥーラは証言をした。
「貴方が、大災厄前の結婚の儀の祝宴で、『私は縁側で日向ぼっこをしながら、朝から酒を飲んで、ほのぼのと昼寝をするのが夢だ。この夢は誰にも譲らない』なんて言うからですよ?その夢を釣り餌として採用されただけです。俺は妥協点を探すことを勧めますがね?この先、何十年も暮らすことを考えれば、自分にあった環境を確保構築することは悪くないはずでしょう。酒文化が絶滅するか、息子に利用されるかを考えれば、貴方は絶対に後者を選択するでしょ?」
『――』
猫のウールヴェは完全に黙り込んだ。
先程までの『断る』という強気の発言は、見られなかった。
「ロニオス、どう?」
カイルがディム・トゥーラとコンビ連携をしているかのように、返答を求めることでロニオスをさらに追い詰めた。
『……………………』
白猫はごにょごにょと小声に似た思念を
「ロニオス?何か図面に不満があるなら、今なら希望を反映修正できるよ?」
『…………………………
「なんだって?」
『
「あ、ちゃんとこちら側に増築できる設計になっているよ」
その文句を予想していたかのようにカイルが言う。
カイルが再び広げた図面を、白猫はディム・トゥーラの腕の中から首をのばし覗き込んだ。
「ほらね」
『米の発酵酒の酒樽は杉一択だっ!』
「
『香りが違う。仕込
「西の民に頼んで作ってもらうよ」
『縁側の方向は、精霊樹の方向だっ!』
「いいよ」
『人の出入りは好まないっ!』
「え?僕達ぐらいはいいでしょう?」
『……まあ……君たちは当然だな……』
猫の思念の調子がやや落ちた。
「ファーレンシアや僕の娘は?」
『……別に同行してくるのは、かまわない』
「…………僕の娘は、僕との同行は難しいかな……」
カイルは少し遠い目をした。
ロニオスはディム・トゥーラを問うように見上げた。
「カイルの中に存在する世界の番人に
『ほう』
「カイルを聖堂の壁まで弾き飛ばしました」
『成人男性を?どれくらいの距離だ?』
「15メートルくらい。俺のウールヴェが
『医療担当者がいれば、問題ないだろう』
「まあ、そうですね」
「痛いのは僕なんだけど?どうして問題ないって判断するのさ?」
「何が問題だ?」
『犠牲になるのが、カイル・リードだけなら問題ないだろう』
「…………ひどい……」
カイルは胸を手で押さえて、本気で嘆いた。
「本音を言えば、俺一人で手に余る事態なので助言が欲しいです」
『君が
「俺も常に地上にいるわけじゃないんです。手を貸してください」
ウールヴェは、離れた場所で赤子を取り囲む若い母親と侍女集団をちらりと見た。
『娘の名前は?』
「エイア」
カイルが答えた。
『能力を検定するにも、私の能力が回復してからだ。しかも回復するのが、いつになるかわからん。期待しないでくれ』
「その点でも、エトゥールの精霊樹か僕のそばにいた方がいいと思ったんだ。多少は癒しの力が働くでしょ?」
『……』
二人の期待に満ちた視線に、ウールヴェは短い吐息をついた。
『…………私の静かな老後計画はどこへ行った……』
「ジェニ・ロウの元に連行しないことに感謝してください」
『時折、脅しをチラつかせるのはやめろっ!旅にでるぞっ?!』
「……そんなに所長の奥さんって、怖いのか……」
「ああ、まあ、怖いかな……」
ディム・トゥーラも否定はしなかった。エド・ロウの妻であり、ロニオスの元副官であるジェニ・ロウは、中央の管理官であり、観測ステーションの最高権力者だ。
「じゃあ、地上滞在の環境を提供する僕達の提案は悪くないはずだけど?さらに条件をつめようよ?――ファーレンシアやメレ・エトゥールが出入りすると専属護衛はついてくるけど許容してくれる?」
『一人二人程度なら』
「ウールヴェの出入りは?」
『ウールヴェはそれほど数は残っていないだろう?』
カイルは、しばしウールヴェの生存数を頭の中で、数えあげた。
「50頭以上いるね……」
『なぜ、そんなに残っている?特攻をかけたのではないのか?!』
ロニオスは驚きの声をあげた。
「セオディア・メレ・エトゥールのウールヴェが半数以上だよ。世界の番人と交渉して、関係者のウールヴェは除外してもらったんだ。絆の衝撃を皆に与えたくなかった」
カイルの言葉に、ロニオスは再び吐息をもらした。
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