第6話 閑話:正しい猫の飼い方⑥

 ディム・トゥーラが抱いている白猫姿のウールヴェもさすがに硬直しているようだった。

 追い討ちをかけたのはディム・トゥーラだった。


「ああ、確かに言ってましたね。俺ははっきりと覚えてます。確か観測ステーションに俺達が帰還した時だ」

『……………………』

「猫は一種、怠惰を追求する者の理想に近い究極の最終形態生物だ。そういう意味では猫になりたい、と」

『……………………』

「本当に?」


 カイルがディム・トゥーラに眉をひそたずねた。


「観測ステーションに帰還した直後に、尻尾を単数にしてあの狼姿を俺のペット登録をして誤魔化したんだ。なんで狼なんだと聞いて、犬以外ならなんでもいいみたいな返答だった。ロニオス、貴方は『1日の半分以上を酒を飲んで寝て過ごしていいと言ってくれるなら、喜んで擬態するとも』と、言ってましたね」

『……………………』


 全員の視線が白猫に集中した。


肝心かんじんな条件が満たされていないではないか!1日の半分以上を酒を飲んで寝てすごすというところが見落とされているっ!』

「それって、1日の半分の12時間が休息時間として、要求されただけでは?残りの12時間は働くって宣言しているようなものだよね?『1日の半分』ではなく『1日の大半』と表現するべきだったような気がするけど……」

『――――』


 カイルが指摘をした点に、反応したのはエルネストだった。


「ああ、なるほど。二徹、三徹が当たり前の管理職時代の思考のくせによる悲しき表現のミステイクか」

「なに、そのブラック企業並みの恐ろしい環境……」


 カイルはエルネストの感想に顔を引きつらせた。


「何を言うんだ。君達だって、研究のためなら二徹にてつ三徹さんてつは平気でするだろう?」


 エルネストの言葉に、うっ、と声を詰まらせたのは、カイルとディム・トゥーラだった。全く、その通りだった。


「今も昔も変わらず、単に自己管理できない研究馬鹿達が多数いるってことだ。それらを管理する飼育員にも似た上司の立場からすれば、『半日、酒を飲んでダラダラすごす』と言うことが、ささやかな希望になるわけだ。『1日の大半』と表現できなかったのは、脳内反射の結果だな」

「…………え?それ、悲しくない?…………ああ、そういえば、エトゥールの真下の地下拠点にあったロニオスの私室は、サブ管理室のような中身だったな……」

「本当か?…………なんだか、アル中の古狐ふるぎつね親父が誕生した経緯が見えてきたぞ……」

『私はアル中ではないっ!』


 白猫はディム・トゥーラの腕の中で、腹をたてたように牙を見せて威嚇いかくしたが、結果、ディム・トゥーラに頭をでられる羽目はめおちいった。


「よしよし」

『やめんかっ!!』

「ああ、すみません。ついつい、猫をなだめる方向に――あの、やっぱり猫の素体は、大失敗では?それこそ、俺でさえ、脳内反射的に愛でてしまうのですが?」

「…………猫、恐るべし……ディムでも陥落されるのか……あ、いや動物全般に弱いのはディムの特徴だし、猫に限らないか……」

「猫には、他者を隷属れいぞくさせるDNA遺伝子がある。間違いなくある」


 キッパリという動物専門家に、エルネストは軽く手をあげて、脱線を制した。


「今はこの凶悪なロニオスに対する策を練るべきだ。猫理論はあとにしたまえ」

『凶悪と言うなっ!怠惰な生活を追求するには、最高の素体だろう?!』

「じゃあ、やっぱり、その姿はロニオスの自業自得じゃないのかな?は単に第一希望を却下しただけだから」

『却下するなっ!!』


 カイルの言葉に、ロニオスは尻尾を太くした。


「ロニオス、ロニオス」


 ディム・トゥーラがロニオスに囁くように静止した。


「猫姿になったことは、諦めたらどうです?世界の番人も、別のウールヴェを用意するほど、今は力がない状態ですし、ね?」

『計算値があわない元凶はそこか』

「計算値?」

『あの衝突しょうとつエネルギーで、王都が残るのがおかしい。ウールヴェだけで恒星間天体を砕いたとしてもだ』

「もちろん、エネルギーを中和したからだよ」


 あっさりとカイルが認めた。


『…………世界の番人の蓄積されたちからで、か?』

「それ以外に対処が思いつかなかったし、世界の番人の力をコントロールできたからね。でもロニオスの素体に関しては、今、文句を言われてもどうしようもできないよ。実際、僕のウールヴェだって、再出現にラグタイムが生じている。ロニオスの能力の枯渇こかつも世界の番人の状態の影響リンクかもね?」


 カイルは考えつつ言った。


『それで今、世界の番人の状態は?』

「蓄積エネルギーを使い果たして、疲れて寝ている状態だね」

『カイル・リード、その状態で取り込んでいるというのか?』

「うん、放置したら消滅するか、ろくな結果にならなかったから」


 カイルは静かに語った。


「大災厄がなければ、時間や人の死にさえ干渉する強大すぎる力だ。ロニオス、貴方はある程度理解していたのでは?だから誓約なんてややこしい方式で、世界の番人を縛っていた――違う?」

『……………………』

「逆にあの大災厄の時は、貴方が死んだ扱いだったから、僕は誓約をはずれて、巨大な力の方向性を指示できたと思ったんだけど?世界の番人は協力的だった。今後はどうかわからないけどね」

『その今後はどうかわからない世界の番人を、体内で保護するリスクを本当にわかっているのか?』


 ロニオスの思念には重い響きが加わっていた。


「…………わかっているよ」


 カイルも静かに答えた。

 純白の猫の姿をしたウールヴェは、同じ金色の瞳で、カイルを見つめたあと、視線をはずした。


『わかっているならいい』


 ロニオスも俺と同じ危惧きぐを抱いているのか――と、一連の会話を聞いていたディム・トゥーラは思った。あとでロニオスと話し合う必要がある。


『で、時間への干渉の仮説をきかせてもらおうか』

「あのさ……世界の番人は、聞いているよ?そんな重要な話題を出していいの?」

『かまわない』

実証ネタは今回の件しかないけど?」

『かまわない』

「時間の可逆や干渉は、それこそ人が認知するかどうか、かもしれない。例えば、多くの人が目撃したような大災厄自体は、干渉することにはできない。500年前のエレンの死や、貴方の伴侶の死などには、干渉できない。多分、ロニオスに干渉できたのは、地上の人々がロニオスの存在と消滅を認知してなかったからだ。あの時、唯一の地上人であったミナリオもウールヴェが死んだと受け止めているぐらいだったろうからね。どう、この仮説は?証明者の立場としての意見が欲しいな」


 ロニオスはカイルの仮説を熟考しつつ、カイルの熱い視線に気づくと、プイっと顔をそむけた。


『………………私は仮説の立証のため、復活存在しているのではない』

「え~~意見くらい聞かせてよ」

『断る』 

流行はやりのツンデレか?」


 アードゥルが小声で突っ込み、ロニオスににらまれた。


『復興支援の件も断る。拠点に入れない私にできることはない』

「何言ってるの?拠点に入れなくても、やれることはいっぱいあるよ?」

『断る。満足に身体も転移できない状態だ。やれることはない』

「報酬があっても?」

『報酬?』

「酒」

『……………………』

「ロニオス、その沈黙は、いささか情けないですよ」


 ディム・トゥーラは、抱いている猫に突っ込んだ。


『…………酒など、東国イストレでいくらでも手に入る』

「極上でも?」

『…………………………………………』

「ふっふっふっ」


 悪魔のように、カイルはほくそ笑んだ。


「僕がロニオスと対決するのに、なんの武器も用意していないと思ったの?」

『…………武器だと?』

「まあ、元々アドリーに設ける予定だったけど、僕がエトゥールに引き籠る羽目になったから、こっちに造る予定になったんだよね。メレ・エトゥールの許可もとってあるし――」

『……待て、なんの話だ?』


 カイルは先程までエルネストと話し合っていた大量の高級紙の挿絵さしえの下に埋もれている、やや大きめの丸められた羊皮紙を取り出して、卓の上に広げた。


「これ、造り酒屋と縁側えんがわ付きの小さな平屋の設計図」

『――』

「欲しいと言ってたでしょ?」


 カイルは、にんまりと勝利の笑みを浮かべた。


「精霊樹と聖堂に近い中庭のここらへんに設ける予定でね?当然、杜氏職人は出入りするから、多少防御壁シールドで管理するけど。で、酒を作るには酒米がいる。エトゥールの周辺の復興計画にそれを盛り込んでみたよ」


 カイルは攻撃の手を緩めない。


「王都は孤立しているから、新しく周辺に開拓用の村や街を設営しないとね。あ、酸性雨がおさまってからの話だよ?土壌改良や運搬、酒米、米、小麦、とうもろこしとかの将来的な作付計画や水路建設、ほら、まさに猫の手も借りたい状況なんだよ」

『――』

「あ、酒米の種籾は5種類ぐらい用意しててね。酒味の好みがあるだろうから、ロニオスが選択してね。品種改良がしたいなら、アードゥルの協力の約束は取り付けてある」


 アードゥルが片手をあげて、同意していることを示したが、猫の顔色は悪くなる一方だった。

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