夏の陽炎

宵宮祀花

幻を愛した人

 何処までも抜けるような青空の下。汚れた飛行機雲のように煙を棚引かせながら、鋼鉄の鳥が地に墜ちた。数分前までは空を舞う自由な翼だったもの。いまは無慈悲な炎に捲かれて、鉄くずと化している。

 天から降り注ぐ日差しと、眼前で燃え盛る炎。天と地双方から容赦なく突き刺さる熱は、周辺温度をヤケクソのように上げていた。


 そんな、焼け墜ちた翼を遠巻きに見つめる少年と少女がいた。

 服装はポケットがたくさんついたベストにカーゴパンツ。靴底が分厚い耐熱素材で出来たブーツに、耐衝撃ヘルメットと強化硝子製の防弾ゴーグル。

 陸戦兵士と見紛う装備の彼らは、スプーキーキッズと呼ばれる遺品回収者である。戦災孤児で構成されており、回収した遺品は遺族の元へ届けられ、食料や僅かな金と交換される。交換の際は、まるでハロウィンのように仮装する決まりとなっていて、決して素顔を晒さない。

 戦場から死を届ける彼らは不吉の象徴とされながらも、待ち続ける不安に終止符を打ち、遺族に前進の機会を作る福音の天使とも言われていた。


「ボニー、中に人はいる?」

「待って。……うん、いる。でもコックピットの中じゃなくて裏に落ちてる。墜落の衝撃で放り出されちゃったのかな」

「そう。引きずり出す手間がないのはありがたいわ。じゃ、行きましょ」


 駆けだした少女に続いて、ボニーと呼ばれた少年も続く。

 彼の本名はボニファティウスだが、長いからと誰も呼ばなくなり、当人も最近では自分の名前を失念しつつある。

 未だ炎と煙を上げ続ける機体の裏に回ると、焼け焦げて不快な臭いを放つ操縦士が転がっていた。フルフェイスヘルメットの中がどうなっているのか、見るまでもなく想像出来てしまう有様だ。仮に無事な身分証が残っていたとして、照会など不可能な姿になってしまっているだろう。

 耐熱グローブを填めて遺体を仰向けに転がし、懐を探る。すると胸の内ポケットに小さな膨らみがあるのに気付いた。


「これ……ロケットだ。溶けてないみたい」

「めっずらしい。蓋は開く?」


 腰についていたドッグタグを引き千切りながら、少女が訪ねる。ボニーが留め具の部分を押し開けると、意外にもすんなり開いた。墜落したわりには、番の歪みもないようだ。若い男女が仲睦まじい様子で並んだ写真で、ロケットの中身としてはかなりありふれたものだ。


「写真も焼けてない。夫婦の写真かな」

「恋人かもね。まあ、身元はわかったから届けましょうか」

「うん」


 ボニーと少女はロケットとドッグタグを持って、墜落現場をあとにした。


 * * *


 ドッグタグの情報を頼りに家を訪れた二人は、玄関先で泣き崩れる婦人を前に顔を見合わせて立ち尽くしていた。婦人のブルネットのくせ毛は僅かな痛みがあり、涙に濡れたアンバーの瞳には不安に過ごした日々による疲労が滲んでいる。恐らく戦場に向かった男性を待つあいだ、ろくに眠れていなかったのだろう。それはボニーたちも理解出来るし、何度もこうして涙に暮れる人を見てきた。

 だが問題は、そんなことではなかった。

 ボニーは思わず差し出しかけたロケットを仮装の奥へと隠した。所謂萌え袖状態になっているお陰で、婦人には気付かれていないようだった。


「ああ……いつかはこんな日が来るんじゃないかって思っていたわ……戻ったら式を挙げようだなんて、出来ない約束だけ遺していったのね……」


 そう言って立ち上がると、二人に幾ばくかのパンとミルクと小銭を渡して、婦人はふらふらと家の中に戻っていった。仮装したスプーキー二人よりも、余程幽鬼じみた姿だった。家が立派なお屋敷であることも、彼女の幽鬼らしさを後押ししていた。


 二人は手に入れた食料を抱えながら、スプーキーたちの隠れ家へと向かう。

 何とも言えない空気の中、先に口を開いたのは少女のほうだった。


「……先に出さなくて良かったね」

「うん」


 ボニーは袖の中でロケットを握り直した。

 歩く度に、ロケットの鎖が歌うように微かな金属音を奏でている。


「それさ、写真だけ外して骨董品屋にでも売ろうよ。さすがにドッグタグと違って、小さい写真一つで持ち主までは探せないし」

「そうだね……」


 ボニーの手の中で眠るロケットに写っている女性は、鮮やかな金髪と青い目をした年若い美女だった。



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