第2話『國語リズムの研究』(湯山清)を読む

 前話で紹介した渡辺知明さんの「《論文》日本語のリズムと強弱アクセント―表現よみ理論ノート・その4(PDF)(『日本のコトバ24号』2005/12日本コトバの会」)」に引用されている本、『國語リズムの研究』(湯山清、國語文化研究所、昭和19年2月)を入手しましたので、読んでいます。


 僕の頭脳では、この本のエッセンスを巧く取り出すのが難しいので、とりあえず目次を引かせてもらおうかなと思います。漢字はできるだけ本文に近いものを選びますが、この画面では再現できない漢字もあるかも知れません。著者の「清」という漢字も、実際は「月」の部分が「円」です。


目次

序言

第一篇 序論

 第一章 リズム研究の歴史と新研究の必要

 第二章 西歐リズム論の誤謬

 第三章 リズムの本質と機能

  第一節 旋律の三要素

  第二節 音質配列と音の工程關係

  第三節 強弱リズムの本質と機能

第二篇 本論――リズムの原理と法則――

 第一章 リズムの原理

  第一節 物理的生理的原理――發音運動の原理

   第一項 強弱交互の發音

   第二項 發音運動の原理とリズムの三基本型式

   第三項 リズム單位と發音速度

   第四項 強音と弱音との感知

  第二節 言語リズムの心理的原理――言語剛柔の原理

 第二章 リズムの三大法則

  第一節 緩リズムの法則

  第二節 急リズムの法則

  第三節 混合リズムの法則

 第三章 休止のリズム法則その他

  第一節 休止のリズム法則

  第二節 重ね言葉のリズム法則

  第三節 數詞のリズム法則

 第四章 言語剛柔の決定法

  第一節 剛柔を見分ける必要

  第二節 直接感知の方法

  第三節 リズム法則利用の方法

 第五章 第二次リズムとアクセント

  第一節 緩リズムの場合

  第二節 急リズムの場合

  第三節 音節とアクセント

   第一項 音節

   第二項 アクセント

 第六章 發音の音樂化現象

第三篇 各論――リズムの實際――

 第一章 散文のリズム型式

 第二章 詩歌のリズム型式

  第一節 日本詩歌とリズム

  第二節 五七調と七五調の成立條件

  第三節 萬葉調と古今調のリズム型式


 さて、どこから入りましょうか。「ピッチアクセント」等の問題を僕が想起したのが「短歌・俳句」との関係からだったので、いきなり最後の「第三節 萬葉調と古今調のリズム型式」を「第二節 五七調と七五調の成立條件」も参照しつつ見てみましょうか。


 ここでまず取り上げられるのは、持統天皇の歌です。


  春過ぎて夏來たるらし

  白妙の衣ほしたり

  あめの香具山 〔萬葉集巻一〕


  春過ぎて

  夏來にけらし白妙の

  衣ほすてふあまの香具山 〔新古今集 夏の部〕


 著者は《正に萬葉調と古今調との代表的リズム型式を示している》としています。《萬葉調の標準リズム型式は五七調であり、古今調のそれは七五調》です。


 著者が文章で書いている分析を僕なりにそのまま歌に嵌め込んでみます。


 「あめ」は、「剛の言葉」。

 「あま」は、「柔の言葉」。


  春過ぎて(←剛の緩リズム)夏來たるらし(←剛柔の急リズム)

  白妙の(←剛の緩リズム)衣ほしたり(←柔剛急リズム)

  あめの香具山(←剛柔剛の混合リズムであるが緩リズムとして獨立している。なぜなら「衣ほしたり」が「白妙の」と結び附いて五七調に成っているから)


  春過ぎて(←剛の緩リズム)

  夏來にけらし(←剛柔剛の混合リズムであるが、剛の緩リズムと言ってよい)白妙の(←剛の緩リズム)

  衣ほすてふ(←柔剛柔の混合リズムであり、次の「天の香具山」に對して緩リズムとして作用する)あまの香具山(←柔剛急リズム)


  下記古今調の(1)にあたる。


 「五・七・五・七・七」のリズム緩急の構成が、

  萬葉調(五七調)の標準のリズム型式では、五の句が緩リズム、七の句が急リズムで安定。

  古今調(七五調)のリズム型式の場合は、以下のように分析されている。

  (1)五の句が緩リズム、七の句も緩リズム(安定)。

  (2)五の句が緩リズム、七の句も急リズム(最安定)。

  (3)五の句が急リズム、七の句も急リズム(安定)。

  (4)五の句が急リズム、七の句も緩リズム(不安定)。


 いかがでしょうか。色々な言葉が出てきましたね。


 ほかの章節も参照しながら「緩リズム」「急リズム」「混合リズム」から、見てみましょうか。


 著者は45ページで《……休止を置かずに續けさまに發音する時は、我々の發音は如何なる場合でも自然な發聲に於いては、強音と弱音とが交互に發せられることに成る。》と書いています。

 また、「ど」は強音、「ン」は弱音、「と」は強音とされます。

 そして、以下の(1)〜(4)は《全體の發音時間は一致する》としているのです。

 

 (1)どンとンどンとンどンと

 (2)どンと・どンと・どンと

 (3)ど・と・ど・と・ど・と

 (4)ン・ン・ン・ン・ン・ン


 つまり、「どンと、どンと、どンと」と発音してみたときと、「ど、と、ど、と、ど、と」と発音してみたときで、時間が変わらないということです。「ど、と、ど、と、ど、と」の場合だと、強音だけということになりますね。しかし、どうしても間に弱音分の間ができてしまう、という感じでしょうか。結果、全体として発音時間は同じということになります。


 メモを書き加えてみましょう。


 (1)どンとンどンとンどンと――急リズム(強弱交互の急リズム)

 (2)どンと・どンと・どンと――混合リズム(強弱交互の間に時々休止が置かれる混合リズム)

 (3)ど・と・ど・と・ど・と――緩リズム(強音ばかりの緩リズム)

 (4)ン・ン・ン・ン・ン・ン――緩リズム(弱音ばかりの緩リズム)


 著者は、38ページの「第二篇第一章第1節第一項 強弱交互の發音」の冒頭でも、こう書いていました。


  われわれは、言葉を發音するとき、強音と弱音とを必ず交互に發するものである。尤も、強音ばかりの言葉もあり、弱音ばかりの言葉もある。しかし、弱音ばかりの言葉を發音するときには、一つの強音と次の強音との間には、必ず弱音一音分に當る休止が置かれる。さうでなければ、決して發音出来ない。それと同様に、弱音ばかりの言葉を發音するときには、一つの弱音と次の弱音との間に、必ず強音一音分に當る休止が置かれる。


 先に書いてしまうと、「剛の言葉」というのは強音ばかりの言葉であり、「柔の言葉」というのは弱音ばかりの言葉ということです。


 強音と弱音とは何か、となりますよね。


 58ページでは、《……國語が假にアイウエオの五十音から成るとすれば、この各音がリズム性格を異にする強弱の二音として働くので、五十音の二倍即ち百音と成ることである。このことは國語に限らず、すべての言語に於ても同様で、言葉の根本的基本性質を把握するために極めて重要な事柄である。》と書かれています。


 実例としては、「名(な)」は強音で、「菜(な)」は弱音。

 「歯・刄(は)」は強音で、「葉(は)」は弱音。

 「氣(き)」は強音で、「木(き)」は弱音。

 「血(ち)」は強音で、「地(ち)」は弱音。


 ここまでで、この本にだいたいどういうことが書かれているかは、いま読んでくださっているあなたに伝わったのではないかと思います。


 僕が注目してメモしてきたこれらを眺めると、それっぽく感じるところもありますが、例えば、 「あめ」は、「剛の言葉」で「あま」は、「柔の言葉」というの等は分かりにくいと思います。


 しかし、確かに「ど・と・ど・と・ど・と」というのは、連続して発音するのが難しいとは感じます。


 それでも、試しに例にはない「どどどどどどどどどどど」と発音してみてみると、また全然分からなくなります。


 僕の感触では、或る音の後にどの音が来るかが根本的な原因ではないかという風です。


 僕でも知っていることでは、「m」「p」「b」が後にある場合の「ン」は「n」ではなく「m」になります。「南原(nanbara)」は「ナンバラ」というよりは「ナムバラ」な訳ですよね。


 そういう感じで、前後関係の問題のような気もしますが、どうでしょうか。


 この本をこれからも参考に入れつつ、また考えてみたいと思っています。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

日本語の音声 森下 巻々 @kankan740

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る