日火島

輝空歩

日火島に苦るまで

俺の町には、ある言い伝えがある。


「雨の日に、死のうとしてはならない」


自殺名所の橋があるからって、そんなものを言い伝えていいのかとは思う。だがたしかに、雨が降れば死体の発見が困難になるだろうし、自殺の後も消えるだろう。世間からしたら、天気のいい日に死んでもらったほうがうれしいだろう。


ま、守る気なんかないけど。

なぜなら俺はいま、雨の中、自殺名所にたっている。ここから一歩踏み出せば100m落下。確実に死ねる。


遺言も書いた。 (誰も見ないかもだが)

靴も脱いだ。(雨に流されるかもだが)


「やらなきゃいけないことはこれで最後かなぁ」

呆然と空の雨粒を見ながらそんなことをつぶやき、一歩踏み出そうとしたとき、それは聞こえた。

”トンネルから聞こえる電車の音”

後ろを振り返れば、高速で電車が俺に突進していた。

は?

俺はそのとき、よけた。ただよけた。右へ、橋の内側へと身を投げた。着地姿勢なんか考えてなかった。数秒空を舞った後、無骨にアスファルトへと転がり倒れた。全身が痛む。耳が鳴る。物凄い無様な状況だ。

体中に染みてくる雨水が、余計に惨めさをかき立てる。

死のうとしていた男が、いざ死を目の前にして、痛みも尊厳も投げ捨てて逃げた。

惨めだ。惨めだ。惨めだ。くそ。

...

あれ?


なんでこうなったんだっけ。

「ハッ!」

体を起こし目を開けると、目の前には「電車」が、橋に垂直に止まっていた。橋から1mぐらいのところに当たり前のように浮かんでいる。いや、静止している。車輪をみると、雨水が渦のようにまとわりついている。

なるほど。彼岸の存在なのか。

なぜか腑に落ちた。


俺は「電車」に乗りたいと思った。パッ

次の瞬間、俺は「電車」の窓から橋を見ていた。「電車」の中いた。


瞬間移動? わからない。経験したこともない感覚だった。

「シュゥゥゥイイイイイイ」

俺の思考を待たず、「電車」は滑り出していった。


「電車」は、橋から出たと思えば、目の前の崖にまっすぐ走っていた。

危ない。ぶつかる。

そう思った途端、俺は礫岩色の崖に黒い点を見つけた。

その点は次第に大きくなり、やがて俺はそれを球体だと認識した。

大きさはどんどん増していき、「電車」をすっぽり覆えるぐらいになった段階で、この「電車」は黒球体の中へと滑り込んでいった。


トンネルのように、窓が暗くなる。

なるほど。そういうことか。


ここは彼岸の場所。すべての仕組みを考えること自体が愚かなんだ。

俺は黒い窓を眺め、そこに色が戻るのをただ待つことにした。

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日火島 輝空歩 @TS_Worite

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