記憶の底

岸亜里沙

記憶の底

『宇宙誕生の瞬間までさかのぼれ』というコンセプトの名の下、一人の科学者と一人の霊能力者が協力した壮大なミッションが、20XX年にスタートをしていた。

そのプロジェクトとは、前世の記憶をどんどんと遡っていく事が可能であれば、宇宙誕生の瞬間をも知る事が出来るのかというものだ。

『記憶の底』と名付けられたこのプロジェクトは、今もとある研究所の一室で、秘密裏に行われているらしい。

科学とオカルトという、相反するジャンルだが、相乗効果で未知なる発見を生み出す可能性を秘めていた。

しかも予算もほとんどかからない為、研究費用にとぼしい町田には好都合な実験だ。


20XX年の某日、科学者の町田まちだ安志やすしは、霊能力者の夏川なつかわ貴美子きみこに電話をし、協力を仰いだ。

夏川と町田は一度、テレビ番組で共演をしていたので、お互い連絡先は知っていた。しかし、番組の討論で白熱した言い合いとなり、それ以降お互いに連絡をする事もなかった為、突然かかってきた町田からの電話に夏川は驚いていたが、町田が話すプロジェクト内容に興味を示し、夏川は協力を快諾したらしい。


まず第一段階として、夏川が町田に催眠術をかけ、町田の前世の記憶を探る事から開始した。

そして前世の記憶に辿り着いた時点で、更に夏川が催眠術をかけ、前世の記憶の中に存在するもうひとつ前の前世の記憶を呼び覚ます。

これを繰り返す事で、地球の誕生、更には宇宙誕生の真実へと行き着くはずだと。

だがしかし、このプロジェクトには膨大な労力が必要だったようだ。

強力なパワーで催眠術をかける夏川にも、綱渡りのように必死に細い記憶の糸を手繰りよせる町田にも負担は大きく、一日でさかのぼれるのは、およそ数百年前の前世までだった。

その為、数日後に前回辿り着いた数百年前の記憶から、また前世を探り出していくという手法を取り、それを幾度も繰り返した。


しかしここ数日、奇妙な事が起きているそうだ。

約1万3千年前までの記憶に辿り着いた町田と夏川だったが、そこから先の記憶を呼び覚まそうとしても、濃霧が立ち込める森林のように、記憶がボヤけてしまうらしい。


「これはどういう事でしょう?1万3千年より以前の記憶が無いというのは。私のパワーが足りないのでしょうか?」

夏川は首をかしげる。

「いや、考古学者の中には、1万3千年ほど前に何かしらの事象があったと訴える者もいます。トルコにあるギョベクリ・テペという遺跡も、約1万年前に謎の文明によって、突如として建てられたものだという事が判明しています。そう考えると、1万3千年前くらいに何か大きな出来事があったのかもしれませんね」

町田は考えながら答える。

「それは、という事ですか?」

夏川が笑いながら言う。

「科学において、絶対という言葉はありませんからね。宇宙人が1万3千年前の地球に降り立ち、人類に知恵を授けたという可能性もありえます。一度、お互いリフレッシュし、また数日後、1万3千年以前の記憶を見つけましょう」



それから町田と夏川は、今も秘密裏にこのプロジェクトを続けているそうだ。

1万3千年よりも前の記憶に辿り着けたのか、その答えはもうすぐ分かるだろう。


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記憶の底 岸亜里沙 @kishiarisa

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