ネクスト・ファイト

渡貫とゐち

―再掲―βテスト


 山奥にあるお祖父ちゃんの家に遊びにいった時、自然が豊かで虫取りや川遊びなど、することと言えば自分たちで見つけるのが常識だった。

 都会育ちで、娯楽のコンテンツが溢れた生活とは真逆なのだ――楽しいは自分で創造してこそ得られるものだった。


 それでも、雨が降れば遊びの幅は狭くなり、家の中でだらだらとしていることしか、やることと言えばなかった……探せばあるのだろうけど、やっぱり、家の中だとできる遊びは地味になりがちだ。

 お母さんは「じゃあ勉強をしなさい」と言うけれど、たとえ暇でも勉強はしたくないというのが、子供の意見である。これは今も昔もきっと変わらないことだろう。


 そんな雨の日、私は家の傍の倉庫の奥で薄く光る筐体を見つけた……、ゲームセンターに置いてある格闘ゲームだった。

 操作方法が難解で敬遠していたけれど(それ以前にプレイヤーの人たちが怖い人たちだったり、ゲームが上手くて強い人たちだったりで、初心者が入りづらい空気だったのだ)……倉庫には私一人だし、誰に見られることもない。

 ボタンを押せば、キャラクター選択画面になってしまったので、このまま放置するというのは後になって絶対に気になるから――、一回だけならプレイしてみようと椅子に腰を落ち着けた。

 左手でスティック、右手で色が違うボタンを撫でながら……選んだのは女性キャラクターだ。


 なんとなく、私に似ていたから……名前はマキア。

 私の名前とよく似ている――牧野まきのだから選んだというよりは、見た目が可愛かっただけなんだけど……。


 黒髪で、キャラクターの中でも一番細くて、筋肉もあるようには見えない……本当に私にそっくり。親近感が湧いたのは事実だった。


 だから、ゲームの中とは言え、私がボコボコにされるのは、見ていて気持ちの良いものではなかった。負けているのだから、楽しいわけがないんだけど――。

 何度も何度もプレイした。お金は必要なかったから、いくらでもプレイできたのだ。

 お祖父ちゃんのもの、なのだろうけど……でも電源が繋がっているようには見えなかった。まあ、細かいことはいいか、とその時は思ったものだけど、よくよく考えてみれば、それこそが普通ではないことの証明だったのだろう……。


 そして、雨の日が続く限り、私はプレイをし続けた。

 結局、滞在日数の一週間全てを、そのゲームに費やした……『ネクスト・ファイト』と呼ばれるゲームは、ネットで調べてみたけど一件も引っかからなかった。

 同人ゲームなのかな……でも筐体で? と思ったけど、それは私の知識不足なだけかもしれないし……、このゲームに関して、私は一週間でだいぶ上手くなっていた。


 難易度は低いのだろうけど、一応、一周目のクリアは達成できた……――全員のキャラクターを倒して、ラスボスも倒して……エンディングを見て――そして現れた文字が。



『次はキミの番だ!』


 

 そして、ゲームは電源が落ちたのだ。

 まるで役目を終えたように……その筐体はうんともすんとも言わなくなって……。


 後でお祖父ちゃんに聞いてみれば、知らないのだと言う……、遠い記憶の話だから、ではなく、単純に覚えがないらしくて……。


 島の人間が、倉庫を勝手に利用していたのかもしれない。

 そのことに、怒るお祖父ちゃんでもなかったから良かったけど……。


「雨続きの中、暇してないなら良かったんじゃないか?」


 壊してしまったかもしれないことを伝えたけど、お祖父ちゃんの持ち物でないなら問題はないのかもしれない――後々、困った人が出てくるかもしれないけど、その時はその時だ。


 島までいって謝ろう――。

 そして私は、島から、我が家がある都会へ帰ったのだ。

 これが夏のお話。


 あれから二か月、私はゲームセンターで格闘ゲームをプレイするようになり、『ネクスト・ファイト』で培った技術で、あるタイトルの古参のプレイヤーをなぎ倒していった――。

 一週間、みっちりとプレイしたおかげで手が覚えていた。技を出すためのコマンドは違うけど、その差は誤差でしかなかったから、簡単に対応することができた。

 あの時、負け続けたコンピューターよりは弱い……絶対に言わないけど。


 私はリアルファイトをしたいわけではないのだ。


「今日も強いね、姫」

「私、姫じゃないから。あなたがそうやって姫姫言うから、周りのみんなも私のことを姫って言うようになっちゃったんでしょ」


 私の隣でプレイする同級生の男の子が、向こう側でプレイしている相手を倒したらしい……連戦中だ。

 向こう側で悔しがる声が聞こえる……画面を殴る、なんて昔の時代にいたようなマナーの悪い客はいない。


 まあ、このへんのプレイヤーはみんな顔見知りで、仲も良いから喧嘩は起こらないだろうけど……それでも煽るような言動にならないように注意しなければ。


「ねえ、なつめくん」

「なにかな」

「『ネクスト・ファイト』っていう格闘ゲームは知ってる?」

「……いや、聞いたことないね」


 周りの人たちにも聞く……、年下がいれば年上もいる……大人も混ざったコミュニティだ。

 最初はちょっと怖かったけど、いざ話してみたら良い人ばかりで……、偏見で遠ざかっていたことを後悔した。


 なんでも知っているおにーさんばかりである。

 だけど、ゲームオタクのおにーさんでも、私が知るゲームのことは覚えがないらしい……。


「同人、なのかもしれないけど……筐体ゲームでね……」

「むう、特徴を聞いても覚えがないですねえ……、同人ゲームだとしても把握しているつもりでしたが……」


 同人ゲームでも隅々までチェックしているらしい……、相当な量のはずだけど……。

 好きだからこそなのだろうけど、すっごく熱心だ。

 ここまで熱中している人は、かっこよくて、綺麗に見えるものなんだなあ……。


「分からなかったら大丈夫だよ、前にやったゲームなんだけど、少ない情報で特定できるかなって思っただけで……――思えば、タイトルもそうだったのか怪しいし……」


 ネクスト・ファイト……だった気がする……けど、やっぱり確実とは言えなかった。

 記憶違いってこともあるだろうし……でも。


 エンディング後に出たメッセージ……『次はキミの番だ!』……これはよく覚えている。

 次は私の番?


「――姫ちゃん」


 と、私と、もう一人の女性プレイヤーであるサナさんが声をかけてくれた。

 どうやら十八時になりそうな時間で……もう帰った方がいいとのことだ。


「可愛い姫ちゃんをこれ以上ここに置いておくのは危ないからね……、途中まで送っていってあげる」

「はい、サナさん、いつもありがとうございます」


 夜のお仕事をしている人のようで、メイクが濃い……今度、教えてもらおう。

 いや、夜のお仕事に興味があるわけじゃなくて!!


 まあ、ゲームをプレイするためのお金は必要だけど……、勝ち続けていれば何度も対戦できる仕様でなければ、さらにお金を使っていただろう。

 ただ、乱入されると個人での練習はできないから……やっぱりまとまったお金は欲しいと思う。バイト、増やそうかな……。


「サナさん、このあたりで大丈夫ですよ、ありがとうございます」

「そう? なら、気を付けてね。また明日……は、くるの?」

「はい、急用ができなければ、また遊びにいきます」


「そ。うちの男どもの癒しになってくれてありがとね……、もしかして誰かと既にくっついていたりするの? ほら、棗とか」

「ないない」


「早い否定ね……、あの子じゃ不満なの?」

「こんなオタサーの姫、見えている地雷でしょう?」


「自分で言うことかしら。……自覚があるようだけど。別にそこまで姫ちゃんにご執心しているわけではないと思うわよ? 棗も、クラスメイトとして仲良くしているみたいだしねえ」

「それでも」


 今は恋愛よりもゲームに熱中してしまっているから――恋人ができても、私が見るのはゲーム画面だと思う。

 それは、きっと、ゲーム好きの棗くんでも嫌だと思うし。


「今は、そういうことを考える余裕はないのですよ」

「あらそう。ま、強制するつもりはないし、トラブルを起こしてぎくしゃくされても嫌だから……、いいんじゃない? そういうスタイルでも」


 ご自由に、と、冷たいセリフだけど、声音は温かかった……サナさんらしい、一歩引いた感想である。


 私がいなければ、姫はサナさんだったのだけど……私がやってきても、サナさんは文句を言わなかった。態度にも出さず、私と仲良くしてくれて……――姫よりも、サナさんは王女かな。

 女王様かもしれない。




 帰宅途中、コンビニに寄って軽く買い物をしてから、家へ帰る。

 コンビニの前で数人の不良が溜まっていたけど、ささっと移動して、見つからないようにする……、ナンパなんてされないと思うけど、一応……。


 なんであれ、絡まれたくはないし。


 無事、目をつけられることもなく帰路を進んで――

 自宅のマンションの手前で、私は見る――思い出す。


「え……?」

 

 傍の電柱に背中を預けて立っているのは、ネクスト・ファイトの……『一人目』の対戦相手だった……コスプレ、じゃないよね?


 ゲームのようなグラフィックでは当然なくて、現実にもしも同じキャラクターがいたらこうだろうな、という、人間味が溢れる見た目だ。


 不気味の谷でもなく、話してみれば親近感が得られるような、『人』だった――。


 吸血鬼をモデルにした高身長の男性だ。

 短い金髪で、服の上からでも分かる筋肉隆々の体で……でも細身だ。


 特徴的なのは赤いマントである。

 そして、唇の隙間から覗く鋭い牙が、吸血鬼らしさをちゃんと伝えていた――彼は。


 ラッド・ブラッド伯爵――



「よお、きたか……――さて、戦おうぜ」


『次はキミの番だ!』



 これは、もしかして……。

 現実世界で、十人のキャラクターを倒せってこと……?


 ネクスト・ファイトと同じように。


 今度はコントローラーではなく、私の体で!


「……勝てるわけ、ないでしょ……ッ」


 ラッド・ブラッド伯爵の頭の上に体力ゲージが現れた。


 あれを全て削ればいいのだろうけど……。

 ゼロにしたら、もしかしたら死ぬ、ってことなのかな……?


 相手にも、私の頭の上に同じものが映っているのだとしたら。

 体力ゲージのゼロは、当然私も同じく、死を意味しているのであれば――。


「ッ!!」


 逃げるしかなかった。

 生身で、格闘ゲームの相手キャラクターに勝てるわけがない!!


 だから私は頼ることにした――遠慮なく。


 さっきのコンビニの前で溜まっていた、不良少年たちに――。


 ――助けて、と言うために。


 私は走った。




 ―― To be continued. ―― βテスト完

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ネクスト・ファイト 渡貫とゐち @josho

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