SHOW3 見えない秘密

 職員室に着いた時刻は、4時25分。

 奇跡的に担任の先生は不在で、別の先生に机に置いてもらうことにした。


 ギリギリだと怒られることもなくてでほっと胸をなでおろし、職員室を後にする。



 ここから元いた中庭を通って教室に戻るのは、普通に歩けば2、3分平気でかかる。

 しかし別の道を通ったって、自分の教室に着くまでの距離は大体同じ。


 私は十数分前、中庭の見える渡り廊下のほうを選んだ。

 理由は単純、ただ通りたかったからで。



 でもまさか、あんなことがあって。その現場にたまたま遭遇してしまった。

 そしてクラスメイトの染原くんと初めて話した感想は……。

 思ったより優しくて、でも少し怖い。


 こんどは手ぶらで中庭へ来た私は、ぐるっと見渡してみた。

 けどさっきいた場所にも染原くんの姿はなくて、分かってたはずなのに少し期待してしまったことにがっかりしてしまう。



 昔からこういうことはよくあった。待ってるねって約束して、戻ってきたらどこにもいなくて。

 一人で行こうとしたら、少し先に別の人と歩く姿が見えて。


 そんな、おかしなこと考えても仕方ないことは知ってるし分かってる。

 それに考えていると、私はつまらない人間なんだって自覚してしまうんだ。



「宇野」

「ひゃあっ」


 肩に触れられる感覚と聞くはずのない声にびっくりして身体を震わせる。

 染原くんだ、きっと。

 ……てっきり帰ってしまったのだと思っていた。


 というか今、宇野って呼んだよね?

 私のこと、知ってたんだ……。



「そんな声、出すなよ」



 振り向くと、なんとも言えない表情をする瞳と目が合った。

 そんな、さっきみたいな鋭い目つきじゃなくて。

 少し下がった目尻が悲しそうに見えたのは、たぶん気のせいだ。


「ご、ごめんなさいっ」


 いると思わなくてびっくりした、なんて言えないから謝ってごまかしてしまう。

 私の肩に置いた手を下ろしたかと思えば、次は私の手首を掴んだ。



「わっ」


 そのまま引き寄せられて、染原くんとの距離が近づく。

 い、いやいや、なにこれ!?

 突然のことに私の頭は混乱する。


 わ、私もしかして、染原くんの機嫌を損ねてしまったのでは……。

 いや、間違いなくそうだ……! 

 だからこうやって距離を縮めて……。

 ど、動悸がする……。


 だけどもう、どうにもできない。

 私は覚悟するようにぎゅっと目をつむる。

 そして、その時を待った。 


 ……染原くんの声が、放課後の中庭へ静かに響いた。


「お前見ただろ」


予想とは違う言葉を耳にし、私は弾かれたように目を開けた。

目の前に、染原くんの胸元のネクタイが見える。


「俺が、殴られてんの」

「え、あっ、う、うん」


 実際には見てないんだけど、雰囲気に押されて思わずうなずいてしまった。



「俺によく絡んでくる3年の先輩。理不尽な理由で殴り散らかしてる不良グループ」


「喧嘩、してるわけじゃなかったの……?」

「見てたら分かると思うけど、一方的に殴られただけ」


 疑問に思ったことを何も考えずに言ったら、あっさり見てないことがバレそうになる。

 嘘をついたってバレたら、何をされるか分からない。


「そうだった……かも」


 あのとき聞こえた、声が。


「向こうもそういうことしてるって教師にバレたくないだろうし、……俺が無実を訴えても、あの担任じゃ信じてもらえなさそうから」


 でさ、と続けてこっちに身体を向けた染原くんは何かを追うような目をしていた。

 不覚にもきれいだと思った瞳を、引き込まれるように見つめてしまう。


「停学とか俺嫌だから、黙っといてくれない?」

「は、はい。……わかり、ました」


頷いた瞬間、するりと染原くんの手が私の手首から手のひらへと移動する。

そして、ぎゅっと握られた。


え、えっと……なに、これ。


「……それで、俺の話はしたから。次、お前の番。……宇野の秘密、なんか教えてよ」



 続けて言われた言葉は、それだった。

 え、と声にならず喉の隅でかき消される。


 ……ひ、みつ?


 予想外の言葉に、私は目を開けた。

 秘密を教えてって……いったい。


 それ以上は言わずただ立っている宇野くんは、本気で私の秘密が知りたいのだろうか。

 数秒考えて私が出した結論。



「……私に秘密は、特にない……です」



 嘘じゃなくて、これは本当だ。

 染原くんに話していい秘密は……ないことは、確か。

 仮に秘密があったとしても、それは秘密だから秘密にしたいと思うんじゃないだろうか。


「……え……っと」


 そしたら、今度は言い方を変えてきた。


「じゃあ、宇野のことを話して」


 ……話すこと。

なんで、そんなことを。


 ……仮に聞いたとしても、私の話なんてきっとつまらないだろうし、聞いたからって染原くんがどうにかなるわけじゃない。けれど、おかしなことを言うなあなんて笑ってる余裕はなかった。


 私が黙りこくってると、染原くんが代わりに口を開いた。



「じゃあ、宇野のこと、話す気になったら教えてよ」

「え……」


 それが、染原くんに利益があるのかないのかどうなのかは別として。

 ……本当に染原くんの心理が分からない。


私が答えないままでいると、染原くんはしびれを切らしたのか手は繋いだまま中庭を出た。


一体どこに行くんだと思ったけど、廊下を歩き、着いた先は教室だった。


戻ったところで、手は離された。


 ……いったい、なんだったんだろう。

 染原くんって、よくわからない。

 かばんに荷物を詰めながら考える。 


 そして、気づいたときにはもう染原くんはもう教室には見当たらなかった。ついでに八瀬くんも、とっくに帰ったみたいでいなかった。


 教室で、ショーは開催されていなかった。






  染原くんは授業をサボることが多いし、いつも友達に囲まれてる。友達に囲まれるってどんな気分なんだろうって思っていたりもする。



 それでもちゃんと意識したことはなくて、でもそれは私にとって人付き合いをする人が、無条件ですごいと思えてしまうからだろう。


 私はよく知らない人と話すのは苦手だし、自分がどう思われてるのかとかを考えてしまえば怯えて声もでなくなってしまう。



 うざいって、邪魔だって、嫌いだって思われたら。

 怖くて、もっと自分を嫌いになってしまいそうで。


 こんなこと、心のなかでは思っていても口には絶対出せないし、この程度の悩みみんな抱えてるから。


 染原くんに言えるわけは、なかった。

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