第7話 衝撃の事実

 世界樹の妖精にあるまじき思考を巡らせ終えると、前列のベンチに座る礼拝者たちがワァッと騒ぎ出した。


 何事だ? とフェアリーは祈りをやめて顔を上げた。

 すると【消えない炎】から一粒の火球が飛び出していた。


「なにあれ!? 火花!?」


 隣でリズが大袈裟に驚くが、フェアリーは冷静に「サラマンダー様です」と返した。


【炎の神殿】の内部にいる全員が火球を見て騒然とする中、その火球はまっすぐにフェアリーのもとへ飛来する。


『お前この感じ……世界樹さまの妖精フェアリーか?』


 男のような声でサラマンダーがフェアリーに問う。

 フェアリーは「はい」と答えながら深く一礼した。


「お初にお目にかかりますサラマンダー様」


『おう。地球防衛軍の一端がこんなところで何してるんだ?』


「それは……その……」


 宇宙より深い事情があると言いたいが、ただの失言で地球送りにされただけなので言いづらい。

 フェアリーは冷や汗ダラダラになりながら答えあぐねた。


『ははーん。さては何かやらかしたな? あの世界樹さまを怒らせるなんて相当だぞお前』


 そのとおりだ。

 妖精が地球送りにされるなんて歴史的にも初なのではないだろうか?

 地球に妖精がいること自体が異常事態なのだ。

 しかも人間の姿で。


「そ、それは置いといてください。それよりサラマンダー様。どうか私を世界樹さまのもとへ帰して頂けないでしょうか?」


『あ? 無理だ』


 あまりにもあっさりとフェアリーの希望は打ち砕かれた。

 即答過ぎるサラマンダーにフェアリーは焦る。


「そ、そんなあっさり! どうして無理なのですか!」


『オレ一人の力じゃお前を宇宙へ返せるだけのパワーが足りねぇんだよ。【ウンディーネ】【ノーム】【シルフ】もいりゃあ帰してやれるんだがな』


「よ、四大精霊全員!? それほどの力が必要なのですか!?」


『ったりめぇだ。宇宙から地球に降りるのはそこまでだが、地上から宇宙へはめちゃくちゃパワーがいるんだよ。あんなもん独りでやれんのは、それこそ世界樹さましかいねぇよ』


「そんな……」


 フェアリーは顔を覆って愕然とした。

 宇宙へ帰るのに並大抵の力では無理であろうことは何となく分かっていたが、これほどとは思わなかった。

 四大精霊全員の力を持ってしてやっととは。

 完全に舐めていた。


「フェアリー……あんた……サラマンダー様と喋ってるの?」


 隣のリズが顔を覗き込んできた。

 人間には精霊の声は聞こえない。

 リズや礼拝者たちから見れば、フェアリーは独り言をブツブツと言っているように見えるだろう。


「……ええ。喋ってますよ」


 失意のドン底にいるフェアリーの返しにリズが驚き、礼拝者たちも揃って驚愕した。

 それからはあっという間だった。


【消えない炎】から出てきた火球の正体が100年に一度しか姿を見せないサラマンダーだと分かると、人間たちはこぞってその火球に群がった。


「これがサラマンダー様!」

「まさかお目にかかれるなんて!」

「ありがたや〜ありがたや〜」

「どうか我々に炎の御加護を!」


『あ〜うるせぇな。おいフェアリー。何したか知らねぇが、まずは反省しな。そうすりゃ世界樹さまもいつかは許してくれるさ。その方が手っ取り早いぜ?』


「……」


 反省……か。

 失言を取り消すのは簡単だが、自分の根っ子はそう簡単には変えられない。

 人間に価値を見出すことが反省となるなら、なんと難題なことか。


 人間を認めるくらいなら四大精霊を集めて無理矢理にでも宇宙へ帰った方がいい気がする。

 

 そのたびに世界樹さまに地上へ戻されそうな気がするが、それでも人間を認めるよりかはマシだ。

 何度だって四大精霊を集めて宇宙に帰ってやる。

 世界樹さまとの根気比べだ。

 私は、人間なんか……


「フェアリー……大丈夫?」


 ずっと顔を両手で覆ってぐったりしていたせいか、リズが心配そうな声音で背中を擦ってきた。

 

「……触らないでくださいと、何度言えば分かるんです?」


 穢らわしいと言うとリズは傷つくと言っていたからそこまでは言わなかったが、怒を含んだフェアリーの声にリズは「あ、ごめん!」とすぐに手を引いた。


『おいおいフェアリー。お前なんだよその冷たい態度は? 心配してくれてるだけじゃねぇか』


 サラマンダーに言葉で叩かれ、フェアリーはグッと押し黙った。

 

『なるほどピーンと来たぜ。フェアリーお前、人間が嫌いなんだろ? それに世界樹さまが怒ったわけだ』


 図星を言い当てられ、フェアリーは身体を一瞬だけ震わせた。

 その震えはサラマンダーに確信を持たせる。


『やっぱりな。人間は確かに見てられねぇ悪い奴もいるが、良いやつだっていっぱい居るんだぜ? もっと視野を広く持てよ』


 そんなことは言われなくてもわかっている。

 この地球に生まれて、この地球の人間しか知らないサラマンダーの言葉は、フェアリーの心にはまったく響かなかった。


 どこか綺麗事めいた泡のような言葉に聞こえるからだ。


 別の地球で滅んだ四大精霊たちは、最後どんな思いで消滅していったのだろう?


 この目の前にいるサラマンダーも、いつかは今言った言葉を後悔して死んでいくのだろうか?


 ……残酷な未来を見ているようで嫌になってくる。


「ねぇフェアリー。アタシ外で待ってるわ。落ち着いたらでいいから、あとで合流してね」


 一方的にリズが言って【炎の神殿】から出て行った。

 一方的だったが優しい声音だった。

 気を使わせたらしい。


『おう。あの子とはどういう関係なんだ? 一緒に神殿に入って来てたろ?』


「……彼女は地球の案内人です。私は右も左も分からないので」


『なるほど。まっすぐな良い子じゃねぇか。オレぁ好きだね』


「……」


 リズの何がまっすぐなのかは分からないが、フェアリーはベンチから立ち上がった。


「それではサラマンダー様。私はこれで失礼致します」


『待て待て。一つだけ言っておくぞフェアリー』


「はい?」


 またお説教だろうか?

 勘弁してほしい。


『お前、世界樹さまに能力封印されてるぞ?』


「……………………え?」

 

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