第3話 最強の使い魔

 何が『リズ様お願いします。このフェアリーめに食事を恵んでください』って言えば奢ってあげる』だ!


 これだから人間は嫌いだ。

 すぐ調子に乗る。

 まったく!


 頭に血が上ったフェアリーは大都市の大通りを早足で歩いていた。

 顔が人を突き刺すような強面になっており、通りすがりの人間たちがビビってみんなフェアリーに道を開けていく。


 当の本人はなぜ人間たちが道を開けるのかまったく分かっていなかった。

 その中で一人の女の子がフェアリーを指差し「綺麗なお姉ちゃんだ」と言ってきた。


 フェアリーはそのままの強面でギロッと睨んでしまった。

 すると女の子がびっくりして泣いて逃げてしまう。


「あ……」


 少しだけ手を伸ばしかけたフェアリーだが、女の子の姿はすでになかった。


 なんて幼稚なことをしてしまったのだろう。

 人間の子供相手に睨むつもりはなかったのに……


 複雑な心境になってしまったが、それがフェアリーにとって怒りを収める結果となり、忘れていた空腹感がまた襲ってきた。


 ググゥゥウウ〜


「はぁ……空腹とは厄介ですね……」


 何かを食べないと止まらないのだろう。

 自己解決できないのが一番厄介だ。

 今さらリズに食事を恵んでもらうのは妖精としてのプライドが許さない。


 しかしこの渇望感を誤魔化す術がない。

 どうしたものか。

 一人で悩んでいると、急に周囲がざわつき始めた。

 

「あ! イルセラ様だ!」

「おお! いつ見てもお美しい!」

「イルセラ様!」


 人間たちが騒ぎ始めた。

 イルセラという名前に聞き覚えがあったフェアリーは、周囲の人間たちの視線を追う。


 すると大通りの奥から一人の女性が歩いて来ていた。

 金髪碧眼の人間で、胸部が凄まじく大きい。

 赤いローブに身を包んだその姿は明らかに他の人間とは違う気品があった。


 そういえばリズがイルセラ様の騎士になるとかどうとか言っていた気がするが、あの人間がそうなのだろうか?


 随分と不機嫌そうな顔だ。

 ナイフみたいな目でこちらを……見ている?


 ……?

 気のせいか?

 こちらにまっすぐ向かって来ているような?

 

 フェアリーがまじまじとイルセラを見ていると、彼女の傍らに見覚えのある女の子がいた。

 さっき泣いて逃げてしまった女の子だ。


 カンッっとハイヒールを鳴らしたイルセラが、フェアリーの目の前に立ち塞がってきた。

 その顔はどう見ても怒っている。


「私の子を泣かしたのはあなたね?」


「え?」


 私の子と言っている。

 このイルセラという女性は、どうやら女の子の母親らしい。


 さらに彼女の護衛らしい人間が二人来て、フェアリーを逃がすまいと背後に回ってきた。

 どちらも鉄の甲冑に身を包んだ騎士だ。

 腰には剣を垂らして武装している。


「とぼけても無駄よ。この子から話は聞いたわ。いきなり睨まれたって」


 あの時は、ちょっとイライラしてて。

 と喉元まで込み上がってきた声を呑み込み、フェアリーはイルセラの脇にいる女の子を見た。


 女の子はムスッとした顔からベーッと舌を出してきた。

 どうやら相当嫌われたようである。


「私の子が何か睨まれるような事をしたのかしら?」


 怒を含んだ声音でイルセラが問い詰めてくる。

 フェアリーは言葉を詰まらせた。

 女の子はフェアリーに向かって『綺麗なお姉ちゃんだ』としか言ってない。

 

 妖精に性別などないから『お姉ちゃん』という言葉は不適切なのだが、そんなことは今問題ではない。

 女の子は何も悪くない。


 睨んでしまったフェアリーに落ち度がある。

 相手が人間でも、さすがに謝るしかないか。

 数秒の葛藤を経て、謝罪の意を決した。

 しかし。


「なんとか言ったらどうなの!」


 痺れを切らしたイルセラが詰め寄り、胸ぐらを掴もうと手を伸ばしてきた。

 フェアリーは考えるよりも早く、そのイルセラの手を弾いてしまう。


「触らないでください! 穢らわしい!」


「なっ!?」


 この大通りにいる全ての人間がフェアリーの行為に驚愕し、凍り付いた。


「きさまっ!」っと後ろの騎士二人がフェアリーを取り押さえようと肉薄する。

 伸びた手がフェアリーの肩を掴もうとしたその瞬間、スンと音を立てて消えた。


「え!?」


 消えたフェアリーに全員が虚を突かれた。

 みんながどこかへ消えたフェアリーを探していると。

 

「あなたのお子様を泣かしてしまったことは謝ります。ですが、気安く私に触らないでください」


「っ!?」


 いつの間にかイルセラの背後にフェアリーが立っていた。

 慌てて振り返ったイルセラと同時にようやく周囲の人間もフェアリーの存在に気づいて驚きの声を上げた。


「あいつ! いつの間に!」

「さっき消えたぞ!」

「魔法か?」


 魔法などではない。

 ただ少し速く動いただけである。

 どうやらこの人間の身体は、妖精時の身体能力をそのまま継承しているようだ。


 リズやイルセラの手を弾く時、手加減しておいて正解だった。

 本気で弾いていたらケガをさせていたかもしれない。


「あなた……人間じゃないわね?」


 護衛の後ろから女の子を庇うように抱きながらイルセラが言う。

 フェアリーは特に動じず、イルセラは続けた。


「人間の出来る動きじゃなかった。さては『使い魔』ね? 言葉を発する『使い魔』なんて初めて見たわ。あなたの主はどこ?」


 コイツまで自分を『使い魔』扱いしてくる。

 やれやれと溜め息を吐き、訂正しようとしたその時! ドゴン! と頭に凄まじい衝撃が走った!


「ぶっ!?」

「この! バカアアアアアアアアアッ!」


 耳をつんざくような怒声を張り上げ、フェアリーの頭をブン殴って現れたのはリズだった。

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