第8話 凶星
『お前、世界樹さまに能力封印されてるぞ?』
「……………………え?」
微かに眉をひそめたフェアリーは、すぐさま手の甲を見て【聖剣】を念じてみた。
【聖剣】は妖精たちの近接武器であり、ドラゴンの鱗を両断するほどの斬れ味を有した光の刃だ。
妖精たちはこれを二本、手の甲に召喚して戦う。
このフェアリーも例外ではないが。
「……え? 出ない!?」
どれだけ念じてもフェアリーの手に【聖剣】が形成されることはなかった。
「そんな……【流聖】は?」
誰もいない空間に手の平を掲げ、フェアリーは【流聖】を念じた。
【流聖】とは妖精たちの遠距離攻撃手段の光弾である。
それさえも出る気配はなかった。
他にも【光破】や【光壁】【光の翼】も試したが、まったく反応はない。
なんてことだ。
妖精の技がことごとく使えなくなっている。
「く……ここまでしなくても……世界樹さま」
『……まぁ、妖精の力は人間相手だと強すぎるからな。お前がその力で人間を虐殺しないよう手を打ったんだろ。まったく信用されてねぇなお前は』
信用されてないのはさすがにショックではあったが、仕方ないと思う面もあった。
自分はもともとこの地球の妖精ではない。
他の地球を失い続けて、この地球に流れついた余所者の妖精だ。
この地球の世界樹さまが余所者であるフェアリーをあまり信用できないのは仕方のないことなのだろう。
ましてその余所者が最初から人間を嫌っていれば尚更だ。
能力の封印は理不尽にも感じたが、こうして考えれば妥当な処置なのだろう。
それでも心外なのは、自分が世界樹さまの掟を破って人間を殺すと思われていたことだ。
それをやるようならもっと前にやっている。
『【憑依】だけは使えるみたいだぞ?』
サラマンダーに言われたが、とうに理解していた。
理由は分からないが【憑依】だけは封印されてなかった。
【憑依】とは妖精たちの最後の攻撃手段だ。
相手に取り憑いてフェアリーの能力と、その相手の能力を掛け算して凄まじい力を発揮させる。
この【憑依】を使ったが最後。
取り憑かれた相手の意識はその瞬間に消滅し、フェアリー自身も時間差であとから意識が消滅する。
その前に出来るだけ暴れ、敵を減らしてから死ぬ。
フェアリーとドラゴンの力が重なり、誰にも止められないほどの力を得るが、その代償は自身の死だ。
この【憑依】だけ封印されていない。
人間に使ったところで人間がそもそも弱すぎて大した強化にならないし、数人殺したところでフェアリーも時間切れで消滅する。
なるほど。
確かにこれだけ封印する理由がない。
抜け目のない世界樹に溜め息さえ出てきた。
「【憑依】なんて使う機会がありません」
『いや機会があったらお前はここにいねぇだろ』
「そ、そうですね……」
★
サラマンダーと別れ【炎の神殿】を後にしたフェアリーは、待っていたリズと合流し事の顛末を説明した。
「ええええ!? 能力が封印されてる!?」
リズの大声に周囲の礼拝者たち驚愕して視線を集中させてきた。
それらに構わずフェアリーは「はい」と淡白に返す。
「『はい』ってあんた! 明日の【剣聖】戦はどうするのよ!」
「え? どうもしませんよ? 普通に戦って勝ちます」
「素手でやるつもり!? 無茶よ! 相手はデッカイ剣を使ってくるわ!」
「そうですか。ま、せいぜい頑張ってほしいところですね」
余裕の態度は決して崩さないフェアリーに、リズは不安気な顔を崩せなかった。
リズから見ればまるで慢心。
相手の力量を完全に舐めている愚者にも見えた。
確かに消えるほど速く動けるフェアリーなら、イルセラの使い魔【剣聖】の攻撃を掻い潜れるかもしれない。
でも素手では受けることさえできない。
全ての剣戟を躱して攻撃に転じることができるのだろうか?
言ってもフェアリーの耳には届かないだろうと、リズは諦めて腹を括り、自信過剰な相方を連れて宿へ向かった。
★
宿を見つけるのは難しい仕事ではないらしい。
これほどの大都市となると、わけありの客を扱う宿も多いらしく、リズのような観光客はむしろ大歓迎される。
リズは【大都市エタンセル】に着いてすぐに宿を取っていたようで、迷いのない足取りで宿へと案内された。
受付のお婆さんがフェアリーを見て顔を顰めてきたが、リズがすぐに「この子はアタシの『使い魔』です」と告げた。
「ならいいよ」とお婆さんは追加料金を請求せずにフェアリーを素通りさせてくれた。
こんなところでも『使い魔』と『魔法使い』は一蓮托生らしい。
「はぁ〜疲れた……」
んんっと背伸びしたリズが部屋に入るなりベッドに座った。
どうやら今日はここで休みを取るようだが。
「なんでそんなに疲れたんですか?」
「あんたのせいだと思うよ?」
真顔で聞くフェアリーに真顔でリズが返した。
心の底からなぜ自分のせいなのか分からない顔をしたフェアリーに、リズは構わずベッドに横たわった。
「あんたって本当に世界樹の妖精なの?」
「だからそう言ってるじゃないですか」
何を今さらと呆れるフェアリーに、リズは倒した上半身をまた起こした。
「だって世界樹とか知らないし、宇宙とか言われても分かんないし、その宇宙で妖精とドラゴンが戦ってるとか言われてもさぁ……壮大過ぎてついていけないって言うか……」
「別についてこれなくてもいいんですよ。どのみちあなたには関係のない話なんですから」
世界樹の存在も、妖精の存在も、ドラゴンの存在も……地球に住む者たちには無縁の存在。
人知れず戦っている世界樹と妖精の事など、人間が知ったところで参戦できる話でもない。
借りに参戦したところで人間ではドラゴンには太刀打ちできないのだ。
「そのドラゴンってヤツは強いの?」
「強いですよ。たった一匹でも地上に侵入を許せば、そこは瞬く間に血の海になります」
フェアリーは淡々と答えたが、リズはイマイチ想像できないでいる様子だった。
まぁ、実感できた時はドラゴンが侵入してきた時。
それは人間の最期の時となるだろう。
そうならないために妖精たちが防衛ラインを張っている。
地球にドラゴンを侵入させないために。
なのに人間は……あぁやめよう。
またイライラしてしまう。
「ところであなたは何故イルセラさんの騎士になりたがっているんですか?」
「単純にお金が必要なのよ。アタシはディ……サブラの孤児院で生活してて、そこの経営を手伝いたくて騎士で稼ごうと思ったの」
「孤児院とは?」
「子供をたくさん預かってくれる場所よ。身寄りのない子供を育ててくれるわ。アタシもそこ出身なの」
「なるほど」
思ったよりもまともでしっかりした動機だった。
サラマンダーがまっすぐな人間と称した理由が何となく分かった気がする。
「まぁでも、それだけじゃないんだけどさ……」
含みのある言い方をしながらリズは立ち上がり、部屋の窓を開けた。
綺麗な外の空気が入ってくる。
「他に何か理由が?」
「ん……ちょっとね」
言いたくないのか、リズははぐらかしてきた。
フェアリーも別にそこまで興味はなかったので、それ以上は聞かずに済ませる。
「それよりフェアリー。明日はぜったいに勝ってよ? あれだけ啖呵切ったんだから」
「あなたも煮え切らない人ですね。大丈夫だって言ってるじゃないですか」
「あんたが戦ってるとこ見たことないんだからしょうがないでしょう? アタシの人生が掛かってるんだから、這ってでも勝ってよ?」
「はいはい……」
心底面倒くさそうにフェアリーは返事した。
これだけ言っても信じてもらえないなら明日の結果で黙らせるしかない。
さっさと明日にならないかなとフェアリーは思った。
「……じゃあフェアリー。あんたはベッドで寝ていいわよ。明日はあんたが主役なんだから」
部屋に一つしかないベッドを指差すリズに、フェアリーは怪訝な表情を浮かべた。
「寝ていい? 睡眠の事ですか?」
「っ! ……もしかして寝たことない?」
「ないですね。妖精は常にドラゴンに対して厳戒態勢ですから」
「……。とりあえずそこのベッドで横になって目を閉じなさい。そしたらいつかは寝れるから」
「はぁ……」
「あんた食事もしなきゃいけない身体になったみたいじゃない。きっと睡眠も取らないとヤバいはずよ。ちゃんと寝なさいね?」
また一方的に言い放って、リズは近くのソファーで横になった。
そのまま放置されたフェアリーはとりあえず譲られたベッドに腰を下ろし一息吐く。
リズに言われたように横になって目を閉じると、それを見たリズが立ち上がって毛布を掛けてくれた。
「あ……なにを?」
不意に毛布を掛けられたせいで目を開けたフェアリーに、リズは優しく微笑んで「毛布はこうやって使うのよ。何もしないで寝たら風邪引くからね」とウインクしてきた。
きょとんとするフェアリーだが、確かに毛布を掛けられた首から下がとても暖かくなってきた。
これが毛布の効果かと理解して、フェアリーはリズを見返す。
「ありがとうございます」
「うん。いいのよ」
それだけ言ってリズはまたソファーに横たわった。
フェアリーはまた目を閉じて睡眠を試みる。
寝るという行為が初めてなので、どんなものかと期待したが、いつまで経っても何も起きない。
目を開けたフェアリーは、開けっ放しの窓を見た。
いつの間にか外は夜になっていた。
世界樹さまの『聖なる朝光』が『聖なる夜光』に代わったらしい。
もうそんなに時間が経っていたとは。
静まり返る部屋は、小さなリズの寝息だけが聞こえてくる。
リズはもう睡眠とやらを迎えたようだ。
いったいどうやって?
どうやれば睡眠は取れるんだ?
答えが出ないため仕方なくフェアリーは起きて毛布をどけた。
すると少し寒かった。
夜風が体温を少し奪ってくる。
こんなに冷えるとは。
リズは大丈夫だろうかとフェアリーは彼女の元へ寄った。
リズはよほど疲れていたのだろう。
こんなに冷え込む部屋でも熟睡している。
しかしよく見ると身体を丸め込めて抱いているように見えた。
さすがに心配になってきたフェアリーはリズの露出している腕に触れてみると、やはり冷たかった。
人間はちょっとした暑さや寒さで簡単に死んでしまうのは知っているフェアリーは、慌ててリズを抱き上げベッドに置いて毛布を掛けてあげた。
心なしかリズの顔が安らかになった気がする。
まだフェアリーのぬくもりが残っているベッドだから、すぐに暖まったのかもしれない。
フェアリーは安堵して、冷たい夜風の進入路になっている窓を閉めようとした。
その時、夜空に星が流れた。
一瞬ドラゴンかと警戒したが、ドラゴンなら宇宙にいるフェアリーたちが必ず迎撃して処分してくれる。
フェアリーたちが迎撃しなかったという事は、ただの隕石だから放置したということだろう。
流れ星は地上の景色に呑まれて見えなくなり、それを見送ったフェアリーはソッと窓を閉じた。
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