なぜスキルをもらったらそんなに変わるのか A面
エス
なぜスキルをもらったらそんなに変わるのか A面
「俺は『精製』でスローライフを送る。誰も邪魔するな。邪魔する奴は容赦しない」
彼は大体そんな意味のことを言ってこの国を出て行った。
彼がおかしくなったのは国を出る一週間ほど前からだ。
今までは確かに王国の兵士として高い能力とは言えなかった。体力も戦闘能力も指示遂行能力も。訓練では一番最初にへばっていたし、模擬戦で勝てるのは百のうち三度ほど。指示を聞き逃すこともあって上官によく𠮟られていた。
でも一生懸命だった。手を抜いた姿を見たことがない。何事も最後までやり切ろうとしていたし、ミスを直そうと努力もしていた。訓練後もひとり残って自主練習をしていることが多かった。
だから私は彼のことが嫌いではなかった。いや、ほとんどの仲間たちは彼を好いていたし、サポートもしていたと思う。もちろん能力の低い彼を見下すやつもいたが、それが何だというのだ。どんな組織に所属していても自分を嫌う人間は必ずいる。むしろ全員に好かれる環境こそ歪で恐ろしいものだとさえ思う。戦場で敵が全員逃げ出したら、その先にいる伏兵を疑うべきなのだ。
全員というのは怖いことなのである。
彼が心ない言葉を浴びせられて、ここで騎士の務めを果たすことが嫌になったのかはわからない。
ある日急に変わったのだ。
「俺は昨日あいつらに頭を強く殴られて思い出した。地球から転生してきたんだった。そのとき俺は神様からスキルを授かった」
スキルとは私たちが神様から授かる奇跡の力である。誰もが得られるわけではないし、得た者は誰であれ皆のためにその力を行使する。ある者は不毛の大地に水を与え、ある者は寒冷地に火を灯す。我欲のために力を使った者は大罪人だ。
拘束され、場合によっては死罪になることもある。
当然だ。スキルは神様からもらった仮初めの力だ。本人の努力でもなければ、才能ですらない。彼は騎士としての努力はしてきたが、それは文字通り騎士としての力を高めるためだ。方向性の違うものを努力と呼んではいけない。スキルは努力の結果得たものではない。
自分とは関係のない降って湧いたような力。それを自分のために使う、自分の力であるかのように振舞うなど滑稽だろう。
君は親の権力を笠に着た無能な二世のボンボンをどう思う?
その力を自らの権力だと思って自分のために使っていて尊敬できるか。似たようなものだ。神様からもらった力を自分のために使う人間に敬意など払えるはずがない。
もし対価を払っているなら別だ。寿命を差し出したとか、身体の一部分と引き換えたとかならわかる。
そこには取引が存在しているから。対価を払っていれば自分のものとして考える方が真っ当だ。しかし、努力したわけでもなく、何かを成し遂げたわけでもなく、対価を支払ったわけでもないのにただ与えられたスキルを我がものとする姿勢に共感などできやしない。
共感している者がいたとしたら、その人間に対してではない。スキルの恩恵に預かりたいだけの者だ。悪徳領主にすり寄る腰巾着と同類である。
「スキルは『精製』。自然に存在するものなら何でも生み出せる力だ。この力があれば何でもできる。でも俺は皆に危害を加えない。静かに暮らしたいだけだ」
凄まじい能力。
私たちのスキルとは次元の違うものだった。水を出せるとか傷を癒すとかとは一線を画す。何でも生み出せるなど、ほぼ万能ではないか。テンセイシャというものが何なのかはわからないが、少なくとも我々とは別種なのだと理解した。
自慢気に鼻を鳴らす彼を見て、最初に感じたのは「どうしちゃったの?」という困惑だった。次いで「何勝手なことを言っているんだ?」という嫌悪だ。
もらった力でここまで人は威張れるのか。昨日までの謙虚な彼はどこへ行ってしまったのか。皆に危害を加えないなんて当たり前ではないのか。それを偉そうに語る彼は誰かに心を乗っ取られたのではないか。静かに暮らしたいとは何なのか。これまで切磋琢磨してきた仲間たちを捨てるのか。家族を捨てるのか。
神様からもらった力を自分勝手に使うことが許されていいのか。
様々な思いが私の中を駆け巡った。
「君は俺に優しくしてくれた。この辛い騎士団での生活から解放してあげる。一緒に俺と国を出て平和な田舎暮らしをしよう」
私が憧れ、敬意と少しの好意を持っていた彼はもういなかった。彼はこの国を愛していたはずなのに。
確かに騎士団は厳しい。いざ戦いとなったら国のため、皆のため、真っ先に命を捨てる存在だ。命を捨てるために毎日辛い訓練に耐えなきゃいけない、ある意味で理不尽な世界だ。
しかし私はこの国の自然と暮らしと人々を捨てたいと思わない。辛い訓練も家族や仲間のことを思えばどうってことはないからだ。自分よりも守りたいものがあるのは素晴らしいことだ。
父は言った。「人は自分より大切なものができたとき、本当の幸福を手にすることができる」と。
騎士団長は言った。「守るものがあるから人は成長できる」と。
人それぞれ意見は異なるだろう。だが少なくとも私はこの二人の意見が真実だと思っている。
重ねて父は言った。「自分の命を軽々しく捨てろという話ではない。それが理解できるまでは本当の幸福に辿り着くことはできない」と。
騎士団長も付け加えた。「お前たちに命を捨てろと俺は命令する。しかし簡単に命を捨てたら誰が民を、家族を守るのだ」と。
そう、私たちは命を捨てる存在であると同時に、命を守る存在だ。人の命を守るため、極限まで自分の命を大切にしなければならない。最後まで自分の命を守らなければならない。
最後の最後、自分の命を賭けねば人を守れなくなるその瞬間まで温存しておけと言っているのだ。
命を守る大切さと、命を捨てる覚悟を教えてくれたこの場所から離れることなどできない。
彼も同じ思いを語っていた。なのに、騎士団から解放だと?
彼が一緒に国を出ようと声をかけたのは私だけだった。
私が女だから? だとしたら嫌悪どころか軽蔑に値する。優しくしたのは私だけではない。他にも多くの人が彼を応援していた。
性的に見ていた? 素直にそう言ってくれればまだいい。嫌悪するだけで済む。
仮にそんなつもりはないだの、本当の優しさは君だけで他の人は心から言ってないだのと意味の分からない言い訳をしたら、私は自制できるか自信がない。
そんなつもりがないなら他の男にも声をかけてほしかった。聞く限り私以外に誘われた人はいない。本当の優しさなんて人の心の内だ。誰にもわかるはずがない。
平和を求めるならその力を使ってこの国全体を救ってくれ。
頼むから。
「俺は今まで虐げられてきた。だからこれからは自分の思うように生きるつもりだ」
虐げられた? どこがだ。私には全く理解できない。騎士団に入るにはいくつもの試験と実技を乗り越えなければならない。入団できただけでも名誉とされているような狭き門だ。たとえ騎士団の中で上位になれなかったとしても、胸を張っていい。国を守る使命に変わりはない。
彼に心ない言葉を浴びせた人間がいるのは事実だろう。私も見たことがあるから否定はしない。
ただ、比べること自体が無益だが、私は彼以上に色々な言葉や行動を受けてきた。女であるがゆえに体格や力の差について言われたり、執拗に身体を触られたり。
最悪なのは表向き優しい奴だ。必要以上に私へ優しく接してくる。
ある程度仲良くなるとデートに誘って来たり、身体の関係を求めてきたりするようになる。
私は当然断る。
するとこれまでの優しさが嘘だったかのように私に暴言や暴力など陰湿で稚拙なことをしてくる。
普段から酷い言葉を投げてくる奴らより、余程たちが悪い。
まあ、受け取り方は人それぞれだ。彼の受けていたことを彼自身が重く受け止めていればそうなのだろう。
であれば、スラム街で同じように、いやそれ以上に虐げられている人を救うくらいはしてほしい。
虐げられてきた人には自分の思うように生きる資格があるのだろう? たまたま授かったスキルが神様にも匹敵するような力なら、あなたより虐げられてきた人を守ったり助け上げたりはしないのか?
それとも人が虐げられている気持ちに立てないし、立つ気持ちもないのか?
世界で一番の被害者はお前か?
「俺は『精製』でスローライフを送る。誰も邪魔するな。邪魔する奴は容赦しない」
そう言い残して彼がこの国を出てから五年が経った。
国境付近に村を作り、そこで十数名と暮らしているようだ。彼以外は皆女性。家出少女だったり、身寄りのない女性だったりを住まわせているらしい。
やはり男は彼の他にひとりもいなかった。商売に来た商人や、娘を連れ戻しに来た親は追い返されているそうだ。彼の選んだ場所は荒れ地だったとはいえ、元々我が国の領地だった。そのため税を納めるよう説得に行っても拒否。我が国も兵士を派遣したが壊滅させられた。
果たして彼は幸福なのだろうか。
いや、そんなことはどうでもいい。
彼は私が大切にしているこの国を傷つけた。
私が決着をつけよう。
復讐だ。
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