最後の魔法使い

本栖川かおる

魔法使いと使い魔

 やさしい風が頬を撫でる古民家の縁側。そこに腰掛けゆっくりと流れる雲を見上げる老婆。右側にはとうで作られたバスケット、そしてそこに納まる布団の上には黒い猫が気持ち良さそうに寝ている。


 老婆は空を見上げながら右手を伸ばし優しく黒い猫を撫でた。


「みゃーん……」


 弱々しく応えた猫の声がくぐもっているのは口が少しだけしか開かなかったからだろうか。目を開くことなく撫でられることを許容している。

 頭に手を添えてから数秒経ったころ、黒い猫の毛が撫でられている頭から尻尾にかけてキラリと色つやが増した。同時に黒い猫はうっすらとどこを見るわけでもなく目をあけるがすぐにゆっくりと目をとじた。


 この老婆は世界にたった一人となってしまった魔法使いだ。多くはなかったが一世紀ほど前にはまだ多くの魔法使いがいたのだが、戦争に駆り出され、その後平和な時代が訪れると人知の及ばぬ力に畏怖いふし魔女狩りならぬ魔法使い狩りが各地で多く起こり急激に数を減らしていった。


 やがて、魔法の使用と子を生すことが禁止され、横行していた殺戮さつりくは終わった。


 猫の寿命は平均的に十六年くらい。人間でいうならば八十歳前後といったところか。だが、猫に限らず使い魔となるものはこれに当てはまらず長生きだ。事実、この黒い猫は五十年の時を老婆と共に生きている。老婆がまだ若かりし頃に契約を結び使い魔となった。ふくろうからすは空を飛ぶことが出来るので使い魔にする魔法使いは多かったが、猫は人間の言葉を話すことが出来た。


 この黒い猫はもう人間の言葉を話すことが出来ない。長生きなのも人間の言葉を使えるのも使い魔が魔力をもっているからに他ならない。人間の言葉を喋ることが出来ないということは、魔力が衰えているということ。つまり寿命が尽きようとしているのである。


「みゃーん……」


 黒い猫が少しだけ口を動かし鳴いた。それを聞いた老婆は黒い猫の方を向く。


「そうだね、色々なことがあったね。そしてお互いに長く生きて来たね」


 老婆には黒い猫の言葉が分かるのか、そう話しかけると再びゆっくりと空を見上げ、手は黒い猫の頭をまた撫ではじめる。

 人間に利用され、魔法や子を生すことを禁じられ、都合によって振り回されてきた記憶でも振り返っているのだろうか。



「にゃー」


 張りのある声が隣のバスケットではなく空から聞こえると同時に聞きなれた鈴の音が一振り鳴り消えた。



「長い間お疲れ様ね。ありがとうね」


 老婆はそう言うと、見上げていた顔を落としうなだれ静かに目を閉じた。

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