Chapter4 賽は投げられた(2)
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……実際にプログラムが始まったことで、ようやく観測できたことがいくつかある。
まず第一に、問題の難易度と正答報酬金が比例していない、という点。
説明会で示された例題を見た時点で予想していたが──普通に考えて、答えが『
だが、実際の正答報酬金は前者が100万円で、後者が50万円……なんだよ、この謎の独自性は。素直に難問への報酬金を増やすのはダメなのか? 意図がまるでわからない。
加えて──問題を解くうえで、別の条件が追加されている問題すら存在するらしく。
解答者の現在資産額が1000万円以上でなければ、解答権すら得られない問題だったり。
あるいは、指定の場所に三〇分以上留まらなければならなかったり。
まるで、作為的に解きにくい問題を配置しているんじゃないかと疑ってしまうほどに、いくつかの問題カードには面倒な条件がセットとなっていた。すべてがそうではないにしろ、この特質性はどうもいただけない。
入試にしては、何やらエンタメ性に溢れすぎているきらいがあるようで……。
……とまあ、俺や他の受験者連中が、プログラムの洗礼をたっぷりと受けた頃。
時刻は十八時。初日のエリア開放が終了する時間であり、同時に──。
俺と在歌との勝負における、審判の時が訪れた。
集合場所の南側正門付近で待機していると、遠くから歩いてくる影が目に付いた。
「
「ビジネス本みたいな質問だな」「健康で文化的な、最低限度の生活をするためよ……」
言って──俺の一糸まとわぬ上半身を見るなり、在歌はこれ見よがしに溜息を吐いた。
「なんなの? 裸族なの? だったらそう言って、その部分の思考も放棄するから」
「俺も別に、見せたくて見せてるわけじゃあないんだが……まあ、聞いてくれ。当然、在歌のほうは問題を解いていたんだろうが、条件付きの問題が、いくつかあったよな?」
「……あったけど」
「だろ? それで、俺が偶然見つけた問題で『一日の移動距離が30㎞以上の端末からのみ答えられる』というのが、あってだな」
「まさか、やったの?」相当驚いたのか、大きく目を見開いてくる在歌。
「俺が汗の処理をしている辺りから、察してくれ。ただ、学園の敷地内から出られないのが、精神的に参った。なんせ歩いても走っても、景色が変わらないんだからな……」
まるで、車輪を駆け回るハムスターか何かのようだった。新手の拷問か?
「……有酸素運動ばかりやるのは、非効率的なんだよな。ランナーでもなくボディメイクに重きを置く俺からすると、なおさらそう思ってしまう──そんな俺に、労いの言葉は?」
「愚かね」「ちょ、ちょっとくらいは慈悲をくれ」
驚きはそのまま呆れへと変化したようで、在歌はすぐさま、理由を述べてくる。
「だって──そんなことやっていたら、他の問題を探す時間が削られるじゃない」
「……」
「効率が悪すぎるわ。初日にするべきなのは一つの問題に固執することじゃなく、大雑把にエリア内を探し回ったうえで、比較的見つけやすい問題を確保すること。五日も期間があるんだから、最初の方は奇をてらわずに、オーソドックスに戦うべき──なのに」
言い切る前に在歌は、ふっと肩から力を抜いていた。
「私から開示する」ブレザーの外ポケットから端末を取り出し、画面を見せてくる在歌。
『端末名:芹沢在歌 受験者識別番号:18』
『学力考査順位:1位 体力考査順位:335位 現在資産額:¥2820万』
「……運動、苦手なんだな」「た、体力考査の結果なんて、今は関係ないでしょ」
俺も在歌の考査結果に関しては事前に確認していたので、さして驚きはなかった。文武両道パーフェクトな超人なんて、俺以外、そうそういるもんじゃないしな。
「そんなことよりも。個人間契約を反故にした際の処遇、わかってるはずよね?」
「そう念を押されなくても、しっかりと認識しているさ」
「なら、今のうちに別れの挨拶でもしておくわ──さようなら、獅隈志道君」
自分の勝利を悟ったらしく、芹沢在歌は態度から、たっぷりの余裕を見せ付けてくる。
2820万。俺からの送金ぶんと元々のアドバンテージの合計が750万で、正答報酬金で2070万円も稼いだ、ということか──現状この額がどれだけの努力で実現したものなのかは判断しかねるが、在歌が今日、正攻法で稼げるだけ稼いだというのは、紛れもない事実だろう。
……労いの言葉を言うべきなのは、俺の方だったのかもしれないな。
「そっちの番よ。それと、往生際が悪いところは見たくないから」
「わかってる──ほら」彼女がやったように、俺もアプリを開く。
じたばたする必要は無かった。そのまま端末ごと、ぽいと渡してやる。
「…………………………………………なに、これ」
「今回の勝負──俺の勝ちだ」
『端末名:獅隈志道 受験者識別番号:42』
『現在資産額:¥1億60万』
間違いなく、そう表示されているはず。桁が一つ多いなら、さぞ見やすいだろう。
「さ。晴れて協力関係になるわけだし、親睦を深めるためにアクティビティでも……」
──在歌はいつの間にか、俺の方へと自分の身体を寄せてきていた。
「どう、やったの?」「ようやく、俺の魅力をわかってくれたか?」「茶化さないでっ」
涼しい顔の俺と違い、在歌は現実を受け入れられないといった様子。
そんな馬鹿なことがあるかと、激しく狼狽えるばかりで……。
「有り得ない。ハッキングで不正したって言われたほうが、まだ納得できる」
「天下の長者原グループ相手に、そんなことができるわけがないだろ?」
「だったら、どうしてっ」
想像よりも大きな声だったこともあり、付近に残っていた受験者や事務局員らの視線がこちらに向いていた──俺の風体が上半身裸なのも、多少は関係あるんだろうか? とっとと説明してやらないと、複数人に対して弁明する必要まで出てきそうだ。
「……在歌は、今日一日で何問くらい解いたんだ?」
「二十六問。少なくとも、君よりは絶対に多く解いたはずよ」
「自信満々で何より。そして、その憶測は当たってるよ。何せ俺は──一問も、解いてないんだからな」
「っ……!?」
「さっき俺が示唆した問題も、確保しただけで解答してないってことになるわけだな」
驚愕の感情を深めた在歌に、俺はすぐさま、事の経緯を開示する。
「なら、どうやって俺の資産は発生したのか──簡単だ。他人から借りた」
他人から──いや。より、正確に言うなら。
「ざっと、十数人程度だな。他の受験者とコンタクトを取って、そいつらが今日得た正答報酬金を、一時的に送金してもらえるよう契約を交わした──勿論、そのまま自分の資産にするつもりはないぞ? 今日の二十四時までに返金すると、条件を付けているからな」
よって。見かけ上は俺の架空口座に多額の資産が貯め込まれているようにも見えるが、実際はほぼ素寒貧。もしこれが自らの正答報酬金で比較しての勝負だったなら、確認するまでもなく、在歌が圧倒的な勝利を収めていただろう。
だが。この場は、俺と彼女が交わした契約は、そうじゃない。
「そ、そんなのおかしい──」「いいや、おかしくない」
反論の起こりを、すかさず封殺する。
「契約内容は、事前に確認したはずだ──『一日目のエリア開放終了時点での資産額』で競い合う、と。加えて、勝負内容も勝敗の処遇も見せたうえで、それを在歌は、在歌自身で承諾した。それ以上でもそれ以下でもないし、ハッキングもイカサマもサイコキネシスも使っていない。行使したのは精々、巧みな話術と真摯さくらいだよ」
「それは……そう、だけれど」
「だろ? ……そして、この結果は在歌の主張に対する、教訓にもなるんじゃないか?」
したいだけの論破は建設的じゃないと思っている俺だが、しかし、時には事実を突きつける必要もある。この場がまさに、そうだった。
「もしもこれが、最終日の出来事だったらどうする? 俺以外にも、お前の考慮しない資産の稼ぎ方をしている奴がいたらどうする? ……なってからじゃ、遅いよな?」
「……」
「
「……………………」
愕然とする在歌は、ほんの一瞬、俺に対する憤りのようなものを見せていて。
ただ──以降はむしろ、自身の至らなさに後悔しているかのようだった。
「……初めから、こうするつもりだったの?」
「ああ。勝負内容が確定した時点で、俺の勝ち筋もまた、同じように決まっていたよ」
「普通に問題を解くというのは、まったく考えなかった?」
「それならそれで、別の手段を考えていただろうな。ただ、学力考査で俺を上回ってきた相手と勝負するってのはできれば避けたかったし、何より──躍起になって資産を築き上げるってのは、やっぱり嫌だった。俺のマインドに背く行為、だから」
「……そんなに協力してくれる人がいたのは、偶然?」
「俺をスカウトしたがった人間は、山ほどいたからな。その何人かには、協力者になってもらった──とはいえ、人手の確保には、それなりに苦労したんだけどな」
俺が確実に返還すると信じてもらわなければならなかったし、手間をかけて契約した相手が、しっかりと問題を解いてくれるような、純朴で勤勉な人間である必要もあった。
「真面目な感想戦をするなら、今日が初日だったってのが、何よりも大きかった」
問題を解いて資産を積み上げろ、というのが【黄金解法】のメインコンテンツ。
だったら当たり前に、誰しもが問題を解かなければならないし、初日からサボタージュを決め込む奴のほうが少数、なんなら、そんな奴いないだろう、とも断言できる。
だからこそ、正答報酬金の貸与、なんて突飛な申し出にも、考慮の余地があった。これが中盤、終盤に持ちかけたなら、成功率は限りなく低くなっていたはずだ。そんな胡散臭い話を信じて万が一にも自分が損をしたら、致命傷にもなり得るんだから。
とにかく……かけた手間だけ、今回は俺に分があった、というだけのことだ。
「それに、普通に問題を解いて勝つよりも、こっちのほうが薬になってくれそうだしな」
こうして。一応の勝敗はついたところで俺は、在歌から少しだけ距離を取った。
……夜闇と照明の狭間に立つ彼女は、変わることなくやはり、美しいまま。
「在歌のセレクションへの心持ち、それ自体は否定しないし、立派だとも思う。だが、本当の目的は、そうじゃないんじゃないか? あくまでセレクションってのは通過点に過ぎなくて、それよりもっと大きなことを成すために、大金を掴むことでしか為し得ない何かを求めて、この
返答は無かった。ただ、それと同じだけ、否定も無く。
「だったら、ひとまずは俺を許容してみないか?」
「積極的に、資産を積み上げたいって思っていない人を?」
「俺の信条からして、そこは曲げられないからな。だが、俺にも入学したい気持ちは少なからずある。だから、どうしても譲歩せざるを得ない状況が万が一にも発生したら、今回のような結果を出してみせよう──そうならないのが、一番良いんだけどな」
「それを無条件に信じてって?」「どんなことであれ、獅隈志道は絶対に負けないさ」
「…………」「…………頼むよ、在歌」
契約に基づく勝負だった以上、問答無用に強制することもできる。
だけど俺は、あくまで在歌からの譲歩を求めて、何度目かの提案を口にして──。
「…………一つだけ、約束してほしい。私の足を、引っ張らないって」
「──Yes ma'am.」
……焦らなくとも、ゆっくりで良い。
在歌と接点を持てた事実こそが──今の段階では、何よりも喜ぶべきことだから。
「……じゃあ、早く上着を着て。近くにいる私まで、恥ずかしくなるから」
「恥ずべき肉体なんて、していないのにか?」「そういう問題じゃないっ」
『本契約における勝者:受験者識別番号42:獅隈志道』
『勝者の要望:芹沢在歌と協力関係を結びたい』
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試し読みは以上です。
続きは2024年7月25日(木)発売
『ビリオネア・プログラム 汝、解と黄金を求めよ』でお楽しみください!
※本ページ内の文章は制作中のものです。製品版と一部異なる場合があります。
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ビリオネア・プログラム 汝、解と黄金を求めよ 黒鍵繭/MF文庫J編集部 @mfbunkoj
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