第3話  星降る夜に


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 あの劇的な告白の後(劇的にしたのは納富さんだけど)デスクに戻ってから、里崎の顔が見れなかった。でも、空気で分かる。里崎さんはまったくいつも通り。そうだよな、ドギマギを引きずってるのは私だけだ、とサナミは思った。だけど帰り際に、里崎がごく普通にそばに来て「個人的にライン作らない?」と言ってきた。「あっ、はい…」仕事の打ち合わせみたいにラインの交換。もちろん、納富さんにはバレバレだけど、さすが納富さん。こちらを一瞥もしない。


 その夜、自分の部屋に帰ると、スマホをチェストの上の小さなスマホ座布団に置き、左右にウサギさんとカワウソ君を配置した。そして、その前に正座してコンビニで買ってきたガパオライスを食べていた。鳴った!でも、電話だ…。母親だった。「あんたの夏服ようけ出てきたで、取りに来やあ」「近いうち行くから…今ね、友達から連絡待ってるから…今日はかけてこんといて…」「なんだの……」

 こんなことしててもキリがないから、いつものようにベッドに転がり、フォローしてるタレントのブログやユーチューブを見始めた。でも、なんとなくうわの空だ…。

あの人………里崎光司。その口から出てくる言葉。仕事上のことは、極めてクリア、論理的で何の揺らぎもない。ただ、私的な感情を言葉にする時は、妙にフワッとしてて、突然すごいことを普通に言ってしまう。ちょっとつかみきれない部分がある。

でも、人間としては誠実のかたまりのような人。人を傷つけるような冗談を言う人じゃない。だとすれば、あの人の口から出た言葉は信じていいはず。

「美山サナミさん、付き合ってください」と言ったよね。納富さんに左右からほっぺたを押さえられて、「ぶー」の顔になってたけど、確かに聞いた。でも、それ以上に、最初のひと言。「この人は、僕の大事な人なんだから…」あれが効いた………。

胸にグッサリ、深く深く刺さっている。このグッサリ…もう、一生抜けなくていい。一生、あの人の、大事な人でいられたら……。


 ホロン…ホロン……来た!光る文字、「さとちゃん」。人に見られてもいいように、このネームにさせてもらった。今あらためて見ると笑ってしまうけど…。ごめんなさい、里崎さん。

〈美山サナミさん。今日は驚かせてしまったかな。ごめんなさい。僕としても、あんな展開になること予想してなかったから。でも、今日僕が言った事、ウソや冗談はひとつもないんだ。全部本当の気持ち。ずっと思ってたことが一度に出てしまったみたい。それで、あの時「付き合ってほしい」と言ったことへの返事。今聞かせてほしいんだ。少しでも迷うなら「N O」と言って。一切気づかいをしないで本当の気持ちを聞かせてくれることが、僕への一番の思いやりだと思ってほしい⟩

 サナミの返事に迷いはなかった。

⟨里崎さん、「YES」でお願いします⟩

 それだけかい!でも、何も思い浮かばない。早く返事がしたかったんだ。


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 恐いくらい順調に始まった里崎との交際。元より里崎という男、自分から積極的に女性に声をかけるタイプではなかったのだ。サナミが今思い返してみると、半年前この部屋に配属され、初めて里崎を見た時から、「あっ……」と感じるものはあった。

でも、それはサナミの一方的なものだと思っていた。仕事中は誰に対しても同じ視線と言葉使いで対応する里崎。ラインの文言にある「ずっと思っていた…」などという感情があったとは到底思えない。逆に、そんな思いを抱いて自分を見ていたんだと思うと、今さらながらドキドキしてしまうサナミだった。

 あの、納富先輩の絡んだ出来事がなければ、きっと、今も一歩も進んでいなかっただろう。つくづく納富さんには感謝しなきゃいけない。それに、あの事件の後、自分たちが噂になることは覚悟していた。でも、誰も何も言わない。橋口ユキが目を輝かせて突進してくることもなかった。つまり、バレてない。あんなに盛りあがっていた納富さんだけど、ひと言も、誰にも漏らしてないんだ。さすがだな。大人だ……。


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 毎晩ラインのやり取りはするようになったけど、サナミはすぐに気づいた。女の子同士のそれとは全然違う。事務連絡みたいだ。「仕事の話をいれるな!」と突っ込みたくなる。職場ではその気配を見せない二人だけに、夜のラインくらい懐に入って甘えたい気持ちがあるのに、一向にそんな雰囲気にならない。それどころか、11時になると、「寝る1時間前にはスマホをやめるんだ」と言って、一方的に「おやすみ」と言ってくる。それ以後は、何を送っても一切返事がない。一度夜中に目が覚めて、

どうしても声が聞きたくて「電話してダメ?声が聞きたいの」と送ったら、「既読」がついたのは朝になってから。メチャメチャ恥かしい思いをしたので、二度とそんなことはしないと自分に固く誓った。でも、いい。わたしに対して無理をしない。自然体の里崎さんでいてくれた方がいい、サナミはそう思い直した。


 週末のお付き合いは、月に2回くらい。話し合って見たい映画を決め見に行った。

音楽の好みは、サナミはロック系だったけど、里崎さんはクラシックが好き。一度、「この人は、どうしても聴きに行きたいんだ」と言って、マリア・ジョアン・ピリスという人のピアノを聴きに行った。居眠りしたらどうしようと不安だったけど、とんでもない。素晴らしい演奏で感動した。色々サナミの知らない世界を教えてくれる。

 食事も最初は里崎がリードしてたけど、徐々にサナミのペースに引きずり込み始めた。やっぱり向かい合っての焼肉はいい。サナミが飲めることもすぐにばれたけど、それはいいんだ。レモンサワー飲んでも「クハ~!」と叫ぶわけじゃないし。


 そんなこんなで二人の仲は自然に深まっていった。でも、お酒が入り、いい雰囲気になっても、手も握ってこないし、キスもしてない。そこだよな……………。ほんのちょっぴり不安を感じ始めた頃、里崎が、那須の別荘のキャンプ場で「星を見る会」があるから行かないか?と誘ってきた。


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 星を見るのだから当然泊りがけになる。それはいいんだけど、別荘にはご両親もみえるという。それって、つまり、わたしを両親に紹介すること。それって、つまり、わたしが自分の一生を決断しなきゃいけないということ。自分にその覚悟ができているのか、サナミはじっくり考えてみた。

 女の勘を働かせるまでもなく、里崎には、自分の他、女性の影はない。自分に向けられている彼の真摯な想いは信じていい。それに、彼には、彼独特の優しさがある。一度公園のユリ園にユリを見に行った。「すごいね」「大迫力だね」と言って、二人で写真を撮っていたけど、ふと気づくと彼がいない。彼は後ろの方でしゃがみこんで、何かにスマホを向けている。芝生の縁っこの雑草があるところで、パッと見たところ何もない。「何見てるの?」「ほら、この花、かわいいいよ」彼が指をさす先にあったのは、ほんの2,3ミリの、名も知らぬ小さなピンク色の花。「ほんと、かわいいね」と答えて、知らず彼の背中に手を当てていた。こんな小さな命に目を向けられる彼の優しさ。仕事はきっちりできるけど、本来、人の上に立つタイプではないのかもしれない。彼には、きっと自分みたいな、ガサツだけど、パワーのある相方が必要なのかもしれない。サナミはそう思って、彼の誘いに乗る決心をした。


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 車に乗せてもらい、初めて行った那須高原なすたかはら。本当に山の中だ。でも、別荘地に入っていくと、時々里崎の車に目を向けたり、手をふったりする人がいる。そうだよね、結構長い付き合いの人もいるんだろね。キャンプ場を素通りして、もっと奥へ入っていく。そこにもキャンプ場があった。もう結構人がいて、バーベキューを始めている。子供たちもいっぱいいる。夕方にはまだ早いんじゃないかと思える。

車を降りた里崎が言った。「準備早いだろ?8時までに食事を終わらせるんだよ。それで、電気を全部消さないと星がきれいに見えないからね」

ここは別荘を持っている人たちがおもなので、テントは張ってない。女の人がいっぱいいる中に、赤いバンダナを巻き丸い大きなサングラスをかけたスタイルのいいおばさんが、キャンプ用の鍋に焼きそばの玉をいっぱい入れて、あちこちの焚火台を回っている。「焼きそば買わない?焼きそば。タダだよ!」

「なんで焼きそばなの?里崎さん」「焼きそば、腹持ちがいいからさ。バーベキューだけだと、後からお腹すくんだよ。買っときな、焼きそば。タダだよ」

 今、「里崎さん」って言ったよね。まさか…ひょっとして……。そのおばさん、すぐにサナミたちに気づいた。

「おっ!光司、早かったね…」

 その人は、すぐに、横にいるサナミに目を向ける。

「光司、そういえば、誰か連れて来るって言ってたよね。その方なの?」

「美山サナミさん。ウチの室のスタッフだけど…。美山さん、この人が、俺の母親」

 緊張するサナミに、その人は、サングラスも取ってきちんと正対してくれた。

「里崎富士子です。フジコちゃんよ~」

 若々しくてスタイルも抜群だけど、笑ったその眼は、さすがに年輪を感じさせる。でも、優しい眼だ。やっぱり里崎さんのお母さんだ。

「はじめまして。美山サナミです。いつも室長にはお世話になっております」

「頼りないでしょ?こいつ。しっかり支えてあげてね」

 初め緊張していたサナミ、富士子の優しい眼差しを見て、少し緊張が解けた。

「今日は、星を見る会に誘っていただいて、すごく楽しみにして来ました。よろしくお願いします」

「星好きなんだ。よかったね、光司。趣味の合う人がいて…」

 周りを見て里崎が言った。

「今年はオヤジ来てないの?」

「お付き合いだってさ。もうゴルフって年じゃないのにね…」

「あのさ、俺、明日あんまり時間ないから。今のうちに、塩原の墓、行って来てもいいかな……」

「ああ、いいよ。じゃあさ、この子、ちょっと貸してくれない?よその世話ばっかりしてて、ウチの準備まるで出来てないんだ…」

「あっ、なんでもお手伝いさせていただきます」

「じゃあ、サナミ、荷物は車の中に入れておくよ」

 オイ!お母様の前で呼び捨てはやめてよ…。確かに、最近は互いに呼び捨ての関係になってるけど…。母親の富士子は、何も気にしない様子で、先に歩き出した。その後ろ姿、楽しそうに上下に揺れてる感じがする。きっと、何かの唄のリズムを刻んでるんだ。


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 屋根のついた共同炊事場に行くと、かごに入れたジャガイモ、ニンジン、玉ねぎ、カボチャ等が地べたに置いたままになっている。

「それ、どんどん洗って。今日はウチ、面子めんつ少ないけど、よそにも回すから…」

 富士子が出してくれたエプロンをつけて、サナミは腕まくりをする。

「ニンジンから切って。あたしジャガイモ行くから。包丁どっち使う?小さい方?」

「どっちでもいいですけど、ニンジンはどういう風に切ります?」

「串には刺さないし、焼きそば用だから、短冊でいいかな…」

「はい……」スッコンスッコン切っていく。それを見て富士子が言う。

「O K !ちゃんと使えてるねえ、包丁。出来ない子はすぐノコギリになっちゃうけど、あなたは、ちゃんと滑らせてる。合格!」

 ニンジンを切り終えると、富士子がカボチャを手にしてにっこりサナミを見る。

「その包丁使いなら、これもいけるかな?」

 大きなカボチャ、強敵だ。

「やってみます…」

 包丁の先を縦に深く突っ込み、下へズッコンと切り下ろす。

「おお、うまい、うまい。それが切れたら上等だ。えっと………サ………」

「サナミです」

「サナミちゃん、料理好きみたいね」

「ええ……実家ではよくやります。今、ワンルームで一人なんですけど、そこでは、あまりやらないかな」

「独り暮らしなの?女の子一人は危ないよ。早く結婚しちゃいな……」

「あ…はい…」

 富士子がその話をどこへ持って行きたいのか、よく分からないけど…。ともかく、里崎の母親、昨夜ゆうべ一人で色々想像していたイメージより、ずっと気さくで話しやすい。さっきから気になってたことを訊いてみた。

「あの……光司さん、さっき、お墓へ行くって言われてましたけど、ご先祖のお墓なんですか?」

「ああ………あれね………もちろん、先祖もいるけど、あいつがお参りしたいのは、妹なんだよ……」

「妹さん?…………」


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「妹さんって、光司さんの妹さんですか?」

「そう………3才の時に亡くなったの。水の事故で……」

「………………………」

「光司が6才だった。別荘のすぐ下を流れてる川でね。まあ、そんなに深くない、どうってことない川なんだけど、梅雨明けで水の量が増えてたんだ。7月23日、ああ…ちょうど、今日だね………そう………時間も今ぐらいの時間だったよ…………」

 富士子の手が止まってしまったので、サナミも手を止めた。

少しの沈黙の後、富士子が話し始めた。

「うん……………あなただから話すね。私が悪かったんです。全部私が……………。いつも遊んでる場所だったけど、水の量が増えてた。いつもとは違ってた。それに気づかなきゃいけなかった。夏休み始まった所で、子供たちが何人も近くにいた。それも油断する原因だったのかも。光司は近所のヒロト君っていう中学生の子と一緒に、カエルだかカニだかを探してた。そうしたら、チカ子が、ああ、妹はチカ子っていうんだけど。やたらクシャミするものだから、私上着を取ってきてやろうと思って、家に戻ったのよ。5分もかからない所だから。もちろん光司には声をかけたの『チカをちゃんと見ててね』って。ヒロト君に頼めばよかったけど、やっぱりよそ様の子には遠慮があって……。せめて、光司が返事をするのを待てばよかった。光司は、遊びに夢中で聞いてなかった。私が戻った時は……チカ子だけがいなくて………私は、水に飛び込んで捜した。岸辺は草が深く覆いかぶさってるから、私はずぶぬれになって潜って捜した。私が半狂乱になってるから、子供たちが親に言って、大騒ぎになった。警察も来て、みんなで捜して、見つかったのは、思ったよりずっと下流の、水の底だった…………………」

 富士子は、唇をかんで下を見つめている。包丁を握った手を下に置き、剥きかけたジャガイモの皮が、左手の先で揺れている。

「チカ子は、よく喋る子でね。3才って、こんなに喋るんだってくらい、私の真似ばっかりしてた。光司が大人しい子だから、よけい…。ほんとに、ウチの太陽だった。それが…………私の一瞬の不注意で…………」

 富士子がコクリと唾をのみ、手にしていた包丁やジャガイモを置いてしまった。

「全て、全て私が悪かったの……3才の子を川べりに置いて離れるなんて、有り得ないことをしてしまった。魔が差したとしか言えない……。本当に信じられない。自分があんなことをしてしまったこと………全部、全部、私の責任。私が悪い。なのに、なのに………私は………。事故の後で、一度だけだけど、光司を、責めてしまった。

『どうしてチカを見てなかったの?』って、学校へ行き始めたばっかりの6才の子供に、『一度だけ振り返ってくれれば……』って言ってしまった。あの時は、私、ほんとに、気が狂ってた。何か、一瞬でも、過去を変えることができたら、チカが、戻ってこられるような気がして…………。悪いのは、わたし一人なのに………一度だけ、光司に、ぶつけてしまった………」

 富士子の目から涙が…どこに触れることもなく、下へ落ちてゆく。

「もちろん、謝ったよ。何度も。あなたは悪くない。全部私が悪いんだからって……でも、25年も経ったのに、あの子は、毎年必ず命日にはお墓に行く。私の不用意な言葉が、あの子の心に、傷を負わせてしまった。ずっと、悔やんでるんだけど、取り返しがつかないんだ。バカな親だよね。ほんとに」

 サナミは何も言えず、聞いているしかなかった。

「親がこんなこと言うと笑われるんだろうけど……あの子は……光司は……ほんとに優しい子なんだ。誰も傷つけたりできない。ひょっとしたら、それは仕事では弱い面になってるかもしれない。全部自分で抱え込んで無理してるかもしれない。だから、あの子にはね……そんな内面に気づいてあげて、内側から支えてくれる人がいてくれたら、と思うんだよね……………」

「………………………」

「サナミさん?」

「はい?」

「今日、あなたを連れて来ること、3日前に聞いたんだけど、その時、あいつ、あなたのことを、何て言ったと思う?」

「え?…」サナミに緊張が走る。

「あのね『とっても、いい人に出会えた』そのひと言、それだけ…」

「………………………」

「でもね、私、そのひと言で分かった。ああ、ほんとにいい人に会えたんだなって」

「………………………」

「で、実際、今日あなたに会ってみて、直感的にすぐ分かった。 あいつの言ってること本当だって…………」

「いえ……私なんて……そんな………」

「ごめん、ごめん………別に、プレッシャーかけてるつもりじゃないの。あなたの

人生は、あなたが決めるんだから。でもね、あいつなりに感じるところがあったんだと思うよ。きっと、どこか、ホッとできるんじゃないかな……あなたといると」

 あの……充分プレッシャーかかってるんですけど……というか、もう逃げ場がなくなってるような……。でも、サナミは逃げる気持ちなんてなかった。それどころか、実は、自分でも、いつも里崎のそばにいて感じていた。この人には、私が必要なのかもしれない、と。


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 夜になると、バーベキューの時はあんなにたくさん人がいたのに、半分以上、自分達の別荘に帰ってしまった。富士子も帰って行った。そうか、「星を見る会」はごく一部の星好きの集まりだったんだ。それでも子供を含めて10人以上の人がいる。それに、星マニア自慢の天体望遠鏡がずらりと並んでいる。

 暗くなるに従い、満天の星と白くモヤっとした天の川が見えてきた。「ミルキーウェイ」とは良く言ったもので、ほんとにミルクのような、揺れる雲のような天の川が、地上にふりそそいでくる感じがする。サナミは、本物の天の川を見たのは初めてだった。自分が宇宙の中の存在であることを教えてくれる。


 光司は、子供たちに反射望遠鏡の使い方を教えている。その仕草を離れて見ていると、サナミは、自分の中で、「光司」の存在が、昨日までとは違ってきているように感じた。昨日までは、「上司」であり、「好きな人」でもあったけど、何処かつかみきれない部分があって、ほんの少し距離を感じていた。

でも、今は違う。なんか、やっと分かった。「里崎光司」という人のこと、その全部が。「この人」が「この人」でいられるために、私が必要なのかもしれない。そのことに自信を持つことができた。それは、強い幸せを感じる確信だった。

 光司は、子供たちに色々な星雲や星団を教えて見せてあげているみたいだ。早く自分の側に来てほしいと思ったけど、いいんだ………あなたは、あなたのままでいて。

 

 1時間ほどして、リーダー的存在の人が、「じゃあ、ぼちぼち、親子チームは帰ります」と宣言して、望遠鏡を片付け始めた。「親子チーム」が帰って、誰が残るんだろうと思っていると、結局、広場のあちこちに、若い二人連れが残って、自分たちの世界に入りながら星を見上げている。そうか…そういうことなのね……。


 レジャーシートを敷いて待っていたサナミの横に、やっと光司が来てくれた。

「サナミも望遠鏡覗いてみる?」

「ううん、わたしは、こうやって見てるだけでいい……」

「うん、子供達は望遠鏡見たがるけど、実は、双眼鏡ぐらいが一番きれいなんだよ。見てごらん」

 持っていた双眼鏡を貸してくれた。覗いた瞬間に「うわ!…」と、声が出る。丸い視野の中に、星が、砂粒のように幾千も見える。「すごい……これ、全部星なんだ」

「一つ一つが、太陽のような星なんだ……だから、その近くには、地球みたいな惑星があるのかもしれない。だとすると、僕らと同じような生物が、この宇宙には、無数にいるのかも……」

「ふう~ん………そうなんだ………」

「でもね………まったく違う考え方をする人もいる。この地球みたいに、生物の繁栄に適合した環境は有り得なくて、本当は、この地球は、そして僕達は、この広い宇宙の中の唯一の奇跡なのかもしれない……」

「ふう~ん………」

「僕たちの命が、奇跡そのものなんだよ」

「その中で、わたしたち、出会えたの?………」

「そうだね………奇跡だね………あっ、そうそう、サナミに見せたい星があるんだ」「何?どの星?」

「アルビレオ、白鳥座の。オレンジ色と青い星の二重星。すごくきれい。真上だよ。この前、プラネタリウムで見た、夏の大三角、織姫、彦星と、もう一つ、明るい星。あれが白鳥座のデネブ。その白鳥のくちばしにあるのがアルビレオなんだ」

「どれ?わかんない……」

「あのね……この角度……」

 光司は双眼鏡を覗くサナミの両手に手をまわし、その星の方向に向けさせようとする。でも、二人の目の位置が違うから、うまくいかない。光司は、方向を定めようと頬がふれるくらい顔を寄せてくる。光司さん……これって、もう、私のこと、抱いてるのと同じだよ。もう、星はいいから……私のことを抱いて。サナミは双眼鏡を放し光司の手を握った。もう、自分の内から湧きあがるものを抑えられなかった。

光司の首に腕をまわし思いきり口づけた。光司も、サナミのことを強く抱きしめてくれた。一度、唇を放し、サナミは自分の目をちょいちょいと触って見せる。メガネを外しての意味。光司はメガネを外し、あらためて、二人は口づけをした。


宇宙の始まりから、ずっと二人はお互いを待っていた。やっと、逢えたんだね……。





                  了







 


 


 



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 臨愛 ふみその礼 (玄嶺 改め) @kazefuki7ketu

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