第2話  告白


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 サナミの所属するマーケティングリサーチ室の仕事ぶり。外部の人が見たら、遊んでるとしか見えない時があると思う。パソコンにすら向かわず、ただ自分のスマホをいじってるだけ。でも、これが実は大事な仕事。若い人、特に女子高生が発信する情報を見逃さないためだ。彼女たちの発想は全く自由で、メーカーの作った物をそのまま使うわけじゃない。安く買った韓国コスメを使って、想像を超えるメイクをしてくる。自分を美しく見せるメイクをするわけじゃない。メイクで、新しい自分を創りだしていく感じだ。

 サナミの会社は、そのようなJK 向けの商品を作っているわけじゃない。メイク用品と言っても、新しい製品を出すには、企画会議、試作、モニタリングを経て発注まで数か月かかる。その間にJKはもう別のことをやっている。その追いかけっこは、何の意味もない。会社のターゲットは何百円の買い物をするJKじゃない。何千円、何万円を使うマダム世代だ。ただ、JK もいずれ確実にマダムになる。彼女たちの発想のひらめきに目を向けておくことはとても大事なのだ。

 オフィスに隣接してメイク専用の化粧室がある。自社製品だけじゃなく他社製品も使って、若い人が発信するメイク術を試している。普段できないことを試すのが面白くて、女性スタッフはついのめりこんでしまう。結果、とんでもないものが出来あがる。女性スタッフがその部屋を「おばけ部屋」と呼ぶ理由だ。

この日もサナミは、橋口ユキと二人で新しいメイクに挑んでいた。自分が普段できないことに挑戦するのが楽しくて仕方ない。出来あがったメイクでポーズを作り、互いに笑い合い、さあ、メイクを落とす段になって、サナミは、自分のポーチをデスクに置いてきたことに気づいた。里崎の背後のドアをそろりと開け、なるべく気配を消して、前を通り抜ける。でも、チラっと里崎を見た時、彼と目線が合ってしまった。

ピンクメイクにバンザイつけまつげ。彼は無表情で手元に視線を落としたけど………分かってますよ。腹筋が踊ってるんでしょ……。


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 女性スタッフに納富のうとみ麗華という先輩がいる。長い髪を後ろできれいにまとめている。スタイルも抜群で、もちろん仕事もできる。彼氏様もいらっしゃる。その彼女が、この頃よく頬杖をついている。そして、その視線の先に里崎がいることに、サナミは最近気づいた。おい、おねえさま!そのけだるい眼差しは何?まさか、すてきな彼氏様と別れて、室長に乗り換えようとしてるの?有り得ないことじゃない。だとしたら、メチャやばくない?あたしなんか、勝ち目ないじゃん……。サナミは納富から目が離せなくなった。

 ある時、サナミのするどいチェックのもと、納富が里崎の方をチラと見てから、手元のスマホをいじった。うん?サナミの女の勘が動く。ほどなく里崎が右下の方に目をやり、一呼吸おいてからスマホを手に取った。指をすべらせ返信している。里崎の視線は納富には行ってない。でも、タイミングがぴったりだった。あれは……納富がメールを送り、里崎が返信した。そうとしか思えない。


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 その日の昼休憩、橋口ユキが「おばけ部屋」でお弁当食べようと誘ってきたけど、サナミはパソコンから目を離さず「ちょっとチェックしたいことがあるから、ここで食べる」と言って断った。もちろん納富麗華を視界に入れておきたかったからだ。

休憩室や食堂、外に出る人も多いけど、納富はいつも自分のデスクで小さなお弁当を食べる。食べ終えるとデスク周りをきれいに整頓する。何かを出しっぱなしにして席を離れることはない。仕事のできる女は違う。それから化粧室へ向かう。サナミも、そそくさと弁当を片付け、自然な流れで化粧室へ行った。麗華おねえさま、歯を磨いていらっしゃる。化粧も直すだろうし、時間かかりそう。サナミはとりあえず個室に入った。里崎室長は食堂か外へ出るので、何処にいるのかは分からない。今日大事なのは納富の行動。さっきの短いメールのやりとり、先の話ではない。間違いなく今日のことだ。

 そろそろかなと思い個室を出て、納富とは離れた鏡の前で歯を磨く。納富が出ていったので、サナミもそれについて行く。周りに人がいっぱいいるし、自然な流れだ。エレベーターホールなら右。でも、納富は左へ向かった。そちらにオフィスはない。


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 3階のフロアを西に向かっていくと、ガラス張りの窓が天井までつながってる大きなフロアに出る。柔らかいソファの椅子が並んでいて、冬場はここで弁当を食べる人達がいるけど、夏になると、空調があっても、西日がまともに当たるこの場所に来る社員はいない。納富麗華はそこへ向かって行く。ますます怪しい…。サナミは、所々にある太い柱に隠れながら、距離をあけてついて行った。

 やがて窓際の椅子に所在無げに坐る里崎の後ろ姿が見えた。やっぱり……嫌な予感は当たってしまった。納富が側に行ったら、里崎は振り返るだろう。サナミは、しばらく柱の陰に隠れ、二人が坐るのを待った。

 そっとのぞき込む。二人とも外の方に向いて坐ってる。ストトトと柱の陰を伝い、二人に一番近い柱の裏に回った。ここなら話し声聞こえる。納富麗華は特に内緒話でもなく、普通に話している。


「経営企画会議の記録読んだんですけど、営業推進室の遠山室長のご意見が気になって。化粧品メーカー向けの商品説明用写真にA I モデルを使ってることに意見をされてましたよね…」

「ああ、そうだった。何か手を抜いてると受け取られないか、という意見だった。」

「A I モデルの作成は簡単だから、その部分で『手抜き』を気にする。それは、それで分かるんです。でも、それに付け加えて色々言われたことが、ちょっと気になってるんです」

「うん、生の人間でないと説得力がない、ということは言われたね」

「もちろん化粧品メーカーは生モデルを使う。実際本物の肌に化粧を施す、それが、作られた画像部分があったとしても、ベースが生の人間でなきゃ意味がない。それは当然のことかもしれない。でも、生のモデルは個性もあって、まず、その個性が前に出てきます。だから、そのモデルを美しいと思う人もあれば、それ程でも、と思う人もいるわけです」

「当然そうだよな……」

「でも、A I はどうです?…」

「うん?………」

「あのA I モデルの写真見ましたよね」

「もちろん見た」

「どうでした?」

「……美しかったな」

「ですよね」

「はっきり言って…………敵わない魅力を持っていたな」

「でしょう?何なんでしょう、あの美しさは………」

「う~ん…………何なんだろうね」

「私、思うんです。あれは単に美しいだけじゃない。あの美しさのすごさは、生モデルと違って、誰もが、みんなが美しいと思ってしまうところにあると思うんです」

「うん………なるほど………」

「私は、だからといって、単にA I を褒めたたえてるわけじゃないんです。そのA I が私たちに教えてくれるもの、気づかせてくれることに目を向けたいんです」

「………………………」

「私達、特にこの業界は、いつもトレンドを追いかけている。化粧でもファッションでも、若い子の発信するものに振り回されたり、どの分野でも最新、最先端のものがいいはずという幻想に惑わされて、人が人に、人が自分に求めている本当の美しさを見失ってるんじゃないか。そんな気がするんです………」

「うん…………………」

「A I の美しさは、ただ綺麗なだけじゃない。何か安心するものがある。あっ、自分が欲しかったのはこれだったって、思い出させてくれる。それに気づくと、SNS の注目を集めたりマウントを取ったりするための化粧が醜く見えてくる。つまりA I には、みんなが認め、安心できる美しさ、みんなの心が本当に求めているものがある。そんな気がするんです。そこで改めて気づくことは、化粧は、そんな自分の内側としっかり結びついてなきゃいけないものだっていうこと…………」

「………………………」

「化粧は、自分を別の自分にするんじゃない。自分を、自分のまま美しく見せる。それが、化粧の本来の役割のはず。A I のモデルは、それを思い出させてくれた。そんな気がしています」

「うん…………君の言う通りかもしれない。その点で、この業界も、少し方向が変わってくる可能性があるね」

「そうなんです。とか流行じゃなくて、を重視する方向に、これから変わっていくんじゃないかと思います」

「となると、具体的に、どういう風に持って行けばいいのかな………」

「より多くの人が共感してくれるA I モデルを積極的に使ってみることです。でいいんです。目がとまることです」

「う~ん……」

「生のモデルは、自分とは別の世界の人、でも、なぜかA I モデルは、自分の内に入ってくる。そんな気がします」

「うん、それを進めるとなると、若干のハードルはあるな」

「まず、大前提として、幹部にA I アレルギーがあってはなりません」

「はは………」里崎は軽く笑った。納富が続ける。

「推進室の遠山室長、経営企画部の高遠たかとお部長にも、その傾向が感じられます」

「ま、確かに……」

「A I が人間に代わり人間を洗脳していくというS F の呪縛から逃れられないのでしょうね。でも、人間が万能どころか、善でもない、一瞬で悪魔に変わる最悪の存在であること、歴史が証明してるじゃないですか。A I は人間の心を映す鏡にもなる。その鏡を見て、人間が自らの醜さに気づき、歩むべき道を修正していく、その使い方は間違ってないと、私は思います」

「なるほど、君の言いたいことはわかったよ…」

「私、ものすごく当たり前のことを言ってると思います。その当たり前のことを実現できるよう、それを理解してくれる仲間と、変えていってください」

「わかった……理解してる、気づいてる仲間はいっぱいいると思う」

「とにかく、上の方に、あの傾向があることは、社にとって致命的ですから」

 里崎は黙って頷いたようだった。そこで会話は途切れた。


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 サナミは、打ちのめされたような感覚があった。自分のやってることが恥かしかった。自分達は何も考えず、お化け顔作りにいそしんでいた。その馬鹿さ加減を教えてくれた。さすが納富先輩、考えてることが違う。それなのに私は、二人が逢引きするんじゃないかと疑って……………こんな所に隠れて…………バカじゃない……………

ん?………げ‼ わ、わたし…………どうやってここから逃げるの?…………逃げ方考えてなかった。見つかっちゃう。


 里崎と納富が柱の陰から出てきた。するとそこに、体を固くして立ちつくすサナミを発見する。納富はあまりに驚いて、半歩後ずさったくらい。

「み、美山さん!な、何してるの?……………ソファで休むの?もう時間ないよ」

 サナミは青い顔でうつむくだけ。何も答えようがない。

少しの沈黙の後、納富ツカツカとサナミの前に来る。そっとサナミの両肩をつかむ。

サナミがおそるおそる目を上げると、納富はめいっぱいの笑顔。見開いた目の奥から、天使がスキップしてくるのが見えた。

「そう?……そうなの?……」

「えっ?……」

「あなた、そうなのね……気になったんでしょ?私たちのこと……」

「いえ、あの、わたし…………」

「ううん、いいのよ。知ってる。気づいてたから。あなたたちのこと。そうよね……私たちこっそり二人で話してたら、気になるよね………うん、わかるわかる……」

「いえ……わたし……うっ」

 納富はサナミを抱きしめた。

「かわいい……なんて、かわいいの……」

 納富は背が高く、サナミはちっちゃいので、納富のベージュブラウスの豊かな胸に顔がうずめられてしまう。

「ごめんね、心配させて……大丈夫よ。仕事の話してただけだから。あなたが心配することは何もないのよ」

「いえ……あの……」

「かわいい、この純真さ……もう……食べちゃいたいくらい……」

 ここまで傍観していた里崎が、想定外のことを言った。

「食べちゃだめだよ。……納富さん。この人は、僕の大事な人なんだから……」


✖✖✖✖✖✖✖✖✖ 何⁈ 何ゆうた⁈………………………………


 納富も驚いて、ショートボブのサナミの頭をひっつかみ、顔を上げさせる。

「あ……あんたたち、もう、そんな関係なの?そのくらい深まってるの?」

サナミは頭をつかまれたまま激しく首を振る。

「いえ……そんな…………」

「じゃあ……じゃあ、何?室長、今の、ひょっとして……告ったんですか?」

「えっ?」里崎は他人事のように驚いて見せる。納富の追求。

「室長!今のは、告ってますよ。責任取らなきゃだめですよ!」

 里崎は一度あらぬ方向へ目をやったけど、納富に向き直って言った。

「わかってる。責任はとる。僕は、美山さんのこと好きなんだ」

(ちょっ…!ちょっと里崎さん!納富さんじゃないでしょ?私のこと見て言ってくれなきゃ)

 それに気づかない納富ではない。サナミの頭をつかみ、里崎の方へ向けて言った。

「ダメ!今の。もう一度、この子の目を見て言って!」

「美山サナミさん、好きです。付き合ってください」

「キャー!!!」叫び声は納富のものだ。

「なんて日なの⁉告白に立ち会えるなんて……」

 納富は、また満面の笑顔。目の中では天使が踊ってる。再びサナミを抱きしめた。

「ドキドキわけて………私も…………もう一度味わいたい。ドキドキ………」


 それから、納富は気を利かせるつもりなのか、そそくさと離れていった。

ずいぶん行ってから、また「なんて日だ!」と叫ぶのが聞こえた。






 





 

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