第十三話 母からの手紙
よるはエドゥアルトと共に王都を目指していた。というのも、事の起こりは数日遡る。
エドゥアルトとよるはお互いの想いを確かめ合い、ある意味平和に暮らしていた。が、それでは納得しない人物が多々いることも事実である。エドゥアルトはその事実に気づいていたが、今はよると相思相愛でいることの幸せを感じていたかった。しかし、それは許されざる事だったのだ。
王都からの勅使がきて、エドゥアルトに何かを渡していった。それは一巻きの羊皮紙で、いわゆる手紙だったのだが、その送り主がエドゥアルトを震撼させた。
エドゥアルトは直ちに自分の天幕から出ると、救護用の天幕へと入り、即座によるを見つけ出す。
「よる。ちょっと…。」
いつもの巡回看護中だったよるだが、エドゥアルトのただならぬ雰囲気を感じてその場を辞す。
「どうしたの?思い詰めた顔して…。」
よるが問いただしてみると、エドゥアルトは血相を変えてこう言った。
「母上からの呼び出しがあったんだ。俺だけじゃない。必ずよるを連れてくるようにと書いてあった。王都からの勅使を無視するわけにはいかない。母上からの申し出を断るわけにもいかず、その場で承知した旨の手紙を書いて持たせたが、母上は厳しい人だ。よる、悪いがそれなりの覚悟をしてくれ。」
よるは突然そんなことを言われても、何をどう覚悟すればいいのかちんぷんかんぷんだ。そんなよるをよそに、エドゥアルトはかつてないくらいの焦りを見せていた。
(厳しい人、か…。怖い人なのかな?)
よるはエドゥアルトがこんな態度になる人物に思いを馳せた。いつも堂々としていて、物怖じしないどころか、傲岸不遜でさえあるエドゥアルトをここまで慌てふためかせる存在とはどれほどに怖い人なのだろうか。
「その。どういう風に厳しい人、なのかな?今のエドの説明じゃ、全然わからないよ。」
キャロラインみたいにいきなり平手をぶちかまされたら、流石にちょっと。よるはそんな思いを抱いた。
エドゥアルトは周りを見回すと、声を顰めて、よるにそっと耳打ちをした。
「俺みたいなのじゃ太刀打ちできない。実質この国の頂点だと思った方がいい。とにかくできるだけおとなしくやり過ごすんだ。」
エドゥアルトの様子から、よるはごくりと唾を飲んだ。相当ヤバそうだ。何がって、いつでも強がりのエドゥアルトをこんなに戦々恐々とさせる存在を他に知らないからだ。
でもまだ対面していない以上、おとなしくやり過ごす、の意味を真に飲み込めないまま、よるは王都へと旅立つことになった。
エドがどれほど重要な警告をしていたかを思い知ることになるとは知らずに。
五日間ほどかけて、王都へ到着した。馬車を用意するという話だったが、エドゥアルトの要望で、よるはエドゥアルトと同じ馬で移動してきた。なぜなのかと尋ねると、
「離れて行動すると、不用心だろう?」
と、にこりと笑って言ったが、目が笑っていなかった。
馬を休ませている間、エドゥアルトはしきりにラインと綿密な打ち合わせをしていた。それにはよるは参加させてもらえなかったが、王都での行動計画、という概要だけ聞かされていた。
初めてみるエドゥアルト擁するルフト国の王都は、素晴らしいものだった。堅固な石造りが目を引く街並み。そして一際大きく聳える城。要塞を思わせる意匠だとよるは思った。
感嘆の声をあげていると、エドゥアルトが誇らしげに説明を始める。
「このルフトの国は、地理的に狙われやすい場所だから、昔から人々はこうして城壁を高く積み、この土地を守ってきたんだ。荘厳だろう?」
うんうん、とよるが頷いていると、エドゥアルトは満足げに補足を始めようとした。その時だった。
ガラガラと重たい音がして、城門が開いた。
「ここからがいいところだったのに。着いてしまった。さて、ここからは気を引き締めてかからなければ。よるも。いいね?」
城門からは、出迎えの兵もあり、賑やかしくなった。しかし、エドゥアルトの表情は険しくなる。
「ライン。」
エドゥアルトが一言、ラインの名を呼ぶ。すると、
「承知しております。今のところ、こちらを狙う賊が紛れ込んでいる様子はありません。」
ラインはただその一言で、主の意図を汲み取り、即座に返事をした。
「そうか。引き続き頼む。」
よるは、二人のやりとりを見て、いつも切っても切れない絆を実感する。エドゥアルトがよるに向けるものとは別の、深い信頼という感情が垣間見える。
(この辺りが一部女子からそういう目で見られるってやつだよね…。)
よるは腐女子ではないが、元の世界でそういうジャンルがあることは知っていた。この世界にも腐女子がいることに最初は驚いたが、まあ、この二人を憧れを持って見た時に、そういう気持ちにならんでもないことは認めるしかなかった。いわゆる現実逃避なのだろうとよるは考えている。エドゥアルトが、もしくはラインが、自分と結ばれないのならせめて二人が結ばれていると考えれば喪失感を覚えずに済む、というわけだ。そこで言うと、よるは完全に邪魔者であり、その『一部女子』から敵視されるのは仕方のないことかもしれない。
そうこう余計なことを考えているうち、城門から遥か遠くにある城の入り口へ辿り着いた。
そこには国王配下のものが控えており、城の中に通される。
「国王陛下がお待ちです。」
そう声をかけられたエドゥアルトは、慣れた様子で、
「わかった。すぐ行く。」
と答えていた。そこでエドゥアルトはラインを振り返り、
「少しの間よるを頼むぞ。」
と言った。近衛兵は多分二人とも連れてくるようにと言われていたのだろう、とても嫌そうな顔をした。
「どうした、行かないのか?」
しらっと場を制圧するエドゥアルトに抗えず、近衛兵はトボトボと歩き出した。
よるはエドゥアルトが去った後、何をどうしていいかわからずとりあえずラインを振り返った。
「キョドキョドしていたら、せっかくの王子の努力が水の泡になりますよ、胸を張ってください。」
そう言われたよるは、ひとまず前を向いた。
その瞬間、女官らしき人が話しかけてきて、部屋を案内される。
「ようこそいらっしゃいました、聖女様。王妃様から格別の待遇をと仰せつかっております。どうぞ心ゆくまでお寛ぎくださいまし。」
上品な物腰と、所作によるはただただ圧倒される。
(ガチで場違いなところに来てしまった!エドはいつもこんな場所で過ごしていたの?よく私なんかの上品のかけらもない女を好きになってしまったことね…。というかいつもエドは普通に接してくれているけど、私のこと下品だとか思ったことないのかな?)
別次元の生き物に遭遇してしまったせいで、どんどん自分のことが不安になる。部屋の中へ入り、ラインを問い詰める。
「い、今の人がデフォルトなんですか!?ラインさんも良家のご子息ですよね?あれがフツー!?私ついていけなさすぎですけど!!?」
よるはパニックのままをラインにぶつけた。
「よるさん、落ち着いてください。確かにこの場所ではあれが普通ですけど、あんなものは化けの皮を被っているだけで、よるさんの方がよほど真人間ですから安心してください。」
ラインはよるを落ち着かせようと、静かに語る。そして、いつもの皮肉屋のニヤリとした笑みを見せ、
「あんなものは、よるさんもこれからできるようになればいいだけですよ。ここへ呼ばれたからには、お作法やダンスの一つも覚えないといけませんからね。」
と言い放った。
「え…。」
もちろん、よるとて何もせずに終われるのなら、エドゥアルトがわざわざ覚悟しろ、と言うことはなかっただろうと腹を括っていた。しかし、それがお作法やダンスなどと、人生で最も縁遠いところの話を持って来られるとは思っていなかった。
「王妃様から呼ばれたということは、そういうことです。将来の王妃として相応しい人物なのか、よるさんを徹底的に値踏みしにいらっしゃるでしょうね。もちろんお作法やダンスが全てではありませんが、それなりにできないとまずいと思いますよ。」
ラインの的確な指摘に、よるは頭を抱えた。
(うわー、そういうことかあああ…!)
エドゥアルトから告げられた『覚悟』の意味を、今更になってよるは知る。そして知るには遅すぎた己を反省した。どうしてもっと早くそういう可能性に気づけなかったのかと。なぜと問うても、自身から縁遠すぎる世界だったからに他ならないのだが。
そこへラインがもう一つ付け足した。
「王子と協議した結果、指南役は王子がされるそうですよ。私が担当しましょうか、と申し出たのですが、将来の妻の面倒を今から見れずに夫が務まるか、と意気揚々としていらっしゃいました。どうしてもお忙しい時は私が担当させていただくこともあるかと思いますが…。基本的に、私も王子も容赦しないという方向性で一致しておりますので、よるさんもしっかりついてきてくださいね?」
よるは更に頭を抱えた。しかし、もう引き返せないのだ。
俺が離さないと言ったら離さないから覚悟しろ 安倍川 きなこ @Kinacco75
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