第十二話 想い
ようやく陣営に帰り着いたエドたちだったが、流石に疲労の色が濃かった。
マントぐるぐる巻きの状態のよるは、着替えついでに自分の寝床に戻ろうとしたが、それはエドによって華麗に阻止された。ラインはとっくに消えていた。
「よる。ここのところ色々あって疲れただろう。今日は俺の天幕のふかふかベッドで休んでいくといい。」
え?え?と困惑している間に、エドはあっさりとよるを抱きかかえて歩き始める。
「よる、君は軽すぎやしないか?食事はちゃんと摂らせてもらえていたのか?」
カルロのところで、という意味だろうか。よるはカルロに囚われていた間の話をポツポツと始める。生活には不自由はなかったが、エドやみんなのことが心配だったこと。食事は提供されていたが、エドや皆のことを思うと、あまり食べる気にはなれなかったこと。
「エドの方こそ、どうしていたの?牢獄にいたんでしょ?」
よるはラインから聞きかじった情報で、エドがますます心配になっていた。今は平気そうにしているけど、本当に大丈夫なのかと疑ってしまう。
「何、俺はそれくらい慣れっこさ。戦争なんてしていたら、そんな場面にはいくつも遭遇するものだよ。」
エドは気丈に振る舞っているが、本当は今すぐに寝れるくらいの自信はあった。疲れた。なんなら命の危険だってあった中で、精神をすり減らされていたというのが一番大きい。ラインと、何よりよるを連れて帰れたことが、エドの中では安堵の材料になっている。もしあの時ラインの言う通りにしていたら、よるは今頃どうなっていたかわからない。エドは改めてゾッとした。だからこそ今、よるをそばに置いておきたかった。
天幕に到着すると、そこにはすでに着替えが用意されており、まるで主人の帰還を待っていたかのようだった。
エドは、無事をみんなに伝えてくるから、その間に着替えておいで、とよるを残して席を外した。そういう気遣いはしてくれるのでとても有り難い。すでに裸は見られてるから今更だけども。一人のレディとして扱ってくれるエドに、よるは心から感謝している。初めて会った時とは雲泥の差だ。そんなことをぼんやり考えつつ、着替えを済ませると、実にタイミングよくエドは帰ってくる。
(さては、ラインさんがどこからか報告してるな?)
もうそれが察せないよるではなかった。そろそろ自分もプライベートなくなりつつあるのでは、と疑問に思いつつ、エドにおかえり、と言う。
「ただいま、よる。俺も少し着替えてくるからその辺で適当にくつろいでおいで。」
そういうとエドは、奥でごそごそと着替えを始める。流石にそれを覗くのはマナー違反なので、よるは目を逸らして入口の方を見ていた。
(ここにきてだいぶ経つなー…すっかり馴染んじゃったけど。みんな良い人ばっかりだし、ここに来れたことは本当にラッキーかもしれない。もしあのまま死んでたら、良い思い出なんて一つもないままだったもんね。)
よるが思考の海に沈んでいると、エドが後ろから手を回す。
「どうした?よる。何考えているの?」
エドはかなり疲れているのか、口調もなんだかごちゃごちゃだ。でもよるをベッドまでエスコートすることは忘れない。
「ほら、おいで?よる。今日はここにいて。」
ベッドから手招きされてよるはかなり戸惑っていた。変な展開になったら困る。エドに対する気持ちは確認できたが、急な展開に対する心の準備はまだできていない。
エドは躊躇うよるを、くすくすと意地悪く笑いながら、語りかける。
「もしかして、よる、変なこと考えてない?」
よるは心の中を見透かされて、びくりとした。
「か、考えてないっ。」
咄嗟に切り返したものの、これは非常にまずい返答だった。
「やっぱり考えてた。でも大丈夫。今日の俺にそんな体力は残ってないから、安心して。」
エドはかなり意地悪な笑みを浮かべている。よるは顔を真っ赤にしながら、仕方ないのでエドが普段眠っているベッドの端っこに腰掛ける。
「よるが自分の気持ちに気づいてくれたのは嬉しいけど、事を急いては仕損じるってね。じっくり待ってあげるから、安心していいよ。」
エドは相変わらずよるにだけは甘い。とりあえずよるも眠たかったので、大人しくエドの招きに応じて横になる。するりとエドの腕が伸びてきて、よるを逃さないとばかりに抱きしめる。
「ようやく捕まえた。俺のよる。」
そう言ってエドはよるの額にキスを落とす。よるはエドの温かい腕の中が心地よくて、抱きしめられながら、その熱を確かめる。その時だった。
カリッ
「ひゃんッッ!?」
不意打ちでエドに耳をかじられたよるは、思わず変な声が出た。
その反応にエドは非常に満足したらしく、また意地悪く笑いながら、
「安心して、とは言ったけど、何もしないとは言ってないからね?」
と、くつくつと笑い声を堪えて見せた。
(だ、騙されたー…!この、ドS王子め!!)
よるは心の中で抗議しつつも、そんなエドを受け入れている自分も感じていた。でも顔はますます真っ赤である。
「可愛い。今日でなかったら確実にそのまま襲ってた。」
最上級の褒め言葉のつもりなのだが、エドも気力体力の限界が近かったため、自分でも何を言っているのかよくわかっていない。よるが少し怒っている気配がするが、拒否はされていないため、そのまま抱きしめておく。
しばらくすると、可愛い寝息が聞こえてきて、よるが眠りについたことをエドは確認した。先に寝落ちるのはカッコ悪いと思って、結構頑張った。
夢の中にいるよるの、前髪を少し撫でて、エドはそっと語りかける。
「欲しい…君の、全てが。」
それはエドの紛れもなく本音であり、願望だった。でもさっきよるが躊躇ったように、エドは少しだけ不安を抱いた。
(でももし君が、それを望まなかったら?)
色々なことが重なったせいもあったのだろう。エドは珍しく弱気になっていた。
いつか自分が、よるに拒絶されたら。そう思うと怖かった。対外的に強い態度を取っているエドだが、だからといって不安や恐怖がないわけではない。
その思いからか、いつしか腕に力が入りすぎていたようだ。よるをきつく抱きしめすぎたのか、
「うぅん…。」
と、少し苦しそうに身じろぎする様子が伝わってきた。慌てて力を緩めると、苦しそうだったよるが微笑んで見せた。
(なんて可愛いんだろう、本気で女神すぎる…!)
こんなにも可愛い生物が、元の世界では不遇だったことが信じられなかった。きっとみんなよるの可愛さに嫉妬して、意地悪をしたのだと思った。そんな世界から自分の元へ来てくれたことは、きっと奇跡であり必然だったのだろう。
エドはこんな日でなければ、確実に落としにかかったのに、と少し残念に思いながら、そろそろ寝ないと身体に変調をきたしそうな自分に抗えず、その長い睫毛とともに瞼を閉じた。
「おやすみ、俺のよる。」
エドはよるを抱きしめている幸せを噛み締めながら、しばらく泥のように眠った。
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