第十一話 再会

 アルフレッドとキャロラインが去った後、エドゥアルトは残された鍵束を使ってまず自らが脱出する。牢番は静かになっているので、しばらく猶予はありそうだ。牢獄を見回すと、ルフト兵が囚われている一画があった。

「おお、エドゥアルト様だ!外におられるぞ。どうかご武運を!!」

 兵たちは口々にエドゥアルトの無事を願ってくれた。

「ご武運をじゃない。お前たちも一緒に帰るぞ!」

 エドゥアルトは、鍵束を兵たちに見せつけると、それを兵たちに渡し、解放作戦に出た。

 一斉蜂起した兵たちと一緒に、先に撤退したアルフレッドたちに代わり、厩で馬を確保する。不要な馬は放し、追手の妨害を謀る。

 兵たちは助け合い、馬に乗って共にカルロの拠点の城を離れる。

 騒ぎを起こしたにも関わらず、カルロの追手の掛かりが遅い気がするが、それはそれで好機とエドゥアルトもまたアルフレッド、キャロラインから聞かされた合流場所へと急ぐ。

 そこにはよるを伴ったラインが現れると聞かされていて、エドゥアルトは胸が躍った。

(あんなことがあった後だが、よるにはよく謝って許してもらうしかない。)

 自分の愛はあんなものでは揺らがないと、よく説明するつもりだ。むしろよるはあの場の被害者で、元凶であるカルロの首を今すぐ献上したい気分だ。が、それはそれでまた違う戦争の火種になるので、今は撤退するだけに留める。

 馬に乗って国境少し手前の森の中の池のある場所で、全員の無事を確認することになる。逃した兵たちには、申し訳ないが囮としてそのまま国境を越えてもらうことにした。

 合流場所までなんとか辿り着くと、そこにはキャロラインとアルフレッドが待機していた。

「エドゥアルト様♡ご無事でしたのね!でもわたくし、どうしてもカルロが許せなくなってしまって。きつくお仕置きをしてきたのでご安心くださいませ♡」

 エドゥアルトは呆れ果てた。撤退しろと言ったはずなのに何を敵将のところへ乗り込んでいるのか。でもおかげでスムーズにエドゥアルトの方の事が運べたことが伺えた。

(よるも一撃に伏したキャロラインの平手打ち、か。要注意だな…。)

「ご褒美にわたくしに何か贈り物をしてくださってもよろしいのですよ?」

 うふふ、と得意げなキャロラインを、エドゥアルトは華麗に無視した。

「そんなことより、よるとラインはどこだ?」

 辺りは暗く、鬱蒼と茂る森の中からいつ敵が現れてもおかしくない。

「さっきからそこにいるんだが、出てこようとしないんだよなあ、何もしないっつってんのにな。」

 状況を妹のさせたいようにしていたアルフレッドがようやく口を開く。アルフレッドはアルフレッドで、幼少の頃から暗殺者に狙われる身だった。その生態を研究しているうち、自身もアサシンよりのスキルを身につけてしまい、王道の王子様、ではなくなってしまった。それも一興、と状況を楽しんでいるのでアルフレッドについては今は放置しておく。

 ガサガサガサ…

 と、森の茂みを揺らし、真っ黒なマントに身を包んだ人間が二人現れた。

「あなたの何もしないは信用がないんですよ、アルフレッド様。よるさんも怯えていて、王子が到着されるまでは姿を現さない方が賢明だと判断しました。」

 ようやくラインが口を開いて、説明した。

「よる!無事だったか。アルフレッドが怖かったのか?可哀想に。少し前の事とはいえ、あのロクデナシから受けた仕打ちを考えればそうなるか。もう俺がいるから安心していいぞ。」

 ラインの声がする方と違う方の黒いマントのフードを取ってみると、そこには間違いなくよるがいた。

「エドも無事で良かった…。」

 ひしっとエドにしがみついて、よるはエドの無事を確認した。

(ん?なんか、よるの距離感が変わったような…。)

 エドゥアルトはよるの微妙な変化を読み取った。今回自分はよるにおねだりをしていない。

 にも関わらず、よるの方からしがみついてきたためだ。心細かったのだろうか。

 しかしラインがついている以上、この子が決して替え玉だとかいう可能性は低い。ふとラインを見ると、滅多に見られないラインのニヤリとした笑いが見えた。

(!!これは。つまり、そういう事なのか?)

 さっきのキャロラインの話を聞いていると、上げて落とすパターンかもしれないと若干の不信を抱く。でも、ラインの笑いがそれを吹き飛ばしていた。

 そしてせっかくいい雰囲気なのにそれをぶち壊すクラッシャーがこの場にいることをエドゥアルトは忘れるところだった。キャロラインである。

「よるさん。あまりエドゥアルト様を困らせないで下さらない?」

 アルフレッドは相変わらず静観している。

「あ、えっと。すみません。ごめんね、エド。」

(なーーんにも悪くないどころかもっとしがみついててくれても良かったのに!)

 エドゥアルトの心の声をよそに、キャロラインは続ける。

「今回は、あなたのことを不憫に思ったのじゃなくてよ。全乙女の心を代表してカルロには罰を与えましたわ。でもね。わたくしだって、エドゥアルト様を諦めたわけじゃないのよ!だから、あなたのことを永遠のライバル認定させていただきますわ!!これは宣戦布告よ!」

 よるは、突然のキャロラインのライバル発言についていけずにいた。

 カルロ、罰?なんのことだろう。そして突然の名前呼びからのライバル宣言。エドをかけて戦えとか言われても、よるは自分にはなんの武器もないただのJKだと思っているので、王族としてしっかり教育を受けてきたキャロラインの前にはあまりにも無力なのである。お作法だって、ダンスだって、絶対に勝てっこない。

「ちょっと愛称で呼ぶことを許されたくらいで、わたくしに勝ったと思わないことね!」

 悔しそうに扇子をビシッと向けてくるあたり、キャロラインは王道の悪役令嬢なんだなあとよるはしみじみ思った。

 でも、よるにはある想いが芽生えていた。今までは漫然とエドから注がれる愛を享受するだけだったよるだが、今は違う。このままはいそうですか、と引き下がるわけにはいかないのだ。

 その頃エドはラインを捕まえて事の仔細を聞いていた。

「え、よる。よるが俺にひしって!いつからだ?ラインが何かしたとかじゃないだろうな?」

 ラインは人聞きの悪い、という顔をして、

「閉じ込められてる間に自覚が芽生えたようですよ。せっかく王子の愛を受け入れてくれるというのならいいんじゃないですか?お互いに。」

 望んだ道でしょう、とラインはエドゥアルトを諭す。だが、エドゥアルトの心配はそこではなかったようだ。

「なんで今なんだ?俺、臭くないか?なんなら池で身を清めた後なら良かったのに。」

 エドゥアルトがこれだけ取り乱すことは少ない。それだけよるに対して必死なのだ。

 ラインは落ち着いてください、とエドゥアルトを嗜めると、

「さっきのよるさんの様子、そんなこと気にしてるように見えました?」

 と続けた。確かに、とエドゥアルトも幾分落ち着きを取り戻し、キャロラインが高らかにライバル宣言している様についていけてないよるを見て、可愛いなあと思う。

「ライン、俺の着替えは用意しているな?」

 エドゥアルトは唐突にラインにそれだけ確認し、もちろんです。というラインの返答を受けて、よるの方へつかつかと寄っていった。

「わたくしは婚約破棄なんて認めていないんだから!まだこっちが公式よ!!」

 ギャンギャンと続けているキャロラインに、ぽかーんとしているよる。エドゥアルトは、二人の間に割って入ると、

「キャロライン、すまないがよるを借りるぞ。大事な用事なんだ。」

 とだけ言って、よるを茂みの方へと連れていく。

「どうしたの、エド?私何か失礼な事とかした?」

 もしそうなら大変だ、とよるが思っていると、エドゥアルトは無言でよるのマントを取り去り、

「やっぱりか。」

 と呟いた。え?え?とついていけていないよるをよそに、エドゥアルトは、よるの肩に手をかけると、よるが着ていたドレスを真っ二つに引き裂いた。

 バリィッッ!

(えーーーーー!!!!)

「よる、すまない。あのドレスを着て帰る事だけはどうしても俺の中の何かが許さないと言っていたんだ。今は俺の上着とマントしかないが、我慢してくれないか?」

(あ、そっか。カルロって人に着せられたドレスしかなかったから…。確かにこのドレスを着て帰るのはエドやみんなに失礼かも。)

 幸い、エドが周りからの視界の壁になってくれているし、ドレスを裂かれても下着まで脱げとは言われなかったし、すぐそばにエドの上着とマントを差し出しているラインさんがいるしで、目立った羞恥プレイではなかったのだが、エドにドレスを引き裂かれた時には、よるは

(まだ心の準備ができてないよー!!!)

 となってしまったことは秘密だ。

「必ず今度もっと似合うドレスを贈るからね。」

 と約束され、よるは、おそらく拾われた時以来であろう、マントぐるぐる巻きになって帰国の途についた。

 キャロラインからは、別れ際に

「わたくしの初めてのライバルになったこと、ゆめゆめ忘れるなかれですわ!」

 と釘を刺された。

 キャロラインたちと別れた後、馬に揺られながら、よるはぽつりと言った。

「好きだよ、エド。私。エドのこと、好きになってたんだって、気づいちゃったの。」

 エドゥアルトは、ただ一言、

「知ってる。」

 と返した。その瞬間、よるは顔を赤くしていたが、エドゥアルトは続ける。

「可愛い。愛してる。カルロの所為とはいえ、よるを泣かせた。ごめん、許してほしい。」

 今更蒸し返さなくても良い気もしたが、エド自身がそれは自分を許せていなかったからに他ならない。

「エドは悪くないよ、ごめんね。私も、自分のことなのに、何もできなかった。」

 二人はしばらく黙ったが、どちらからともなく次の言葉を探して話しかける。

『あのっ』

 タイミングがぶつかった二人はお互いに笑い合う。

「じゃあよる。仲直りのキスして?」

 丁度国境に差し掛かる頃、エドは恒例のおねだりをする。

(あ、いつものエドが戻ってきた。)

 よるは、今はただ何も言わず、そっとエドに口付けをした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る