第十話 動

 ラインからの指示で、扉から下がって待つと、キンッという乾いた音がして、容易く扉は開かれた。

「ラインさん、鍵持ってたんですね。」

 それ以外に方法が考えられなかったよるが尋ねると、ラインは不思議そうな顔をして、

「いえ、面倒なので物理的に鍵を壊しただけですが?」

 とのたまった。よるはラインが力技に出ることもあるんだなあと、ちょっと怖くなった。でもそんなことよりもっと気になることがよるにはある。

「あの、エドは…?」

 遠慮がちにラインに聞いてみる。ラインはなぜよるがそんな遠慮がちなのかわからなかったが、察してしまった。

「ご無事ですよ。まだ牢獄にいらっしゃいますが、こういう時のための同盟でもあります。助っ人が来ていますよ。お姫様もいましたが。」

 ラインは少し意地悪をして、キャロラインとエドが一緒だということを告げてみる。

「えっ…。」

 よるは言葉通りの顔をした。というのも、キャロラインに良い思い出はないし、エドと一緒と言われると、なんだか良い気分はしなかった。

「そう。ですか…。無事なら、いいんです…。」

 明らかに意気消沈してしまったよるを見て、ラインはやりすぎたかと反省する。

「やれやれ。ようやく王子の愛を受け入れる気になったのなら、もう少ししゃんとしてください。言ったでしょう?わからせてもらえるって。あの方のお眼鏡にかなったという自信を持ってもいいと思いますよ。」

 ラインに気づかれていることを悟ったよるは、一気に気恥ずかしくなってきた。

「ら。ラインさん。いつから…。」

 しどろもどろになっているよるにラインははっきりと答えた。

「よるさん。あなたはものすごく態度に出る人ですよ。これからの社交の場では気をつけてくださいね?」

 ラインは戯れはそこまでにして、よるを部屋から連れ出す。

「さ、もう行きましょう。これ以上留まるのは危険です。正式にではないとはいえ、あなたは王子の大切な人です。何かあったら私の首が飛びますからね。」

 いつもの皮肉まじりにラインはよるを先導して脱出した。

 

「まぁ!エドゥアルト様、これはひどい仕打ちですわ。すぐに出して差し上げますからね♡お兄様が。」

 牢獄では、アルフレッドとキャロラインがエドゥアルトを解放すべく動いていた。もちろんラインとはそれなりに事前打ち合わせはしている。アルフレッドたちがエドゥアルトを解放する隙に、ラインはよるを解放する手筈である。

 エドゥアルトは深いため息をついた。

「はあ。最悪の日だ。この身でよるを救いに行けないどころか、お前らの手を借りることになるなんて。」

 エドゥアルトはお葬式みたいな顔をしていたので、キャロラインは少し尋常ではない気配を察していた。

「そんなことおっしゃらないで、エドゥアルト様。何かあってもわたくしがお側にいますわ。むしろこれを機に同盟婚を真剣に…キャッ」

 キャロラインなりに慰めたつもりだったのだが、エドゥアルトは少しだけ正気に戻ってキャロラインに注意を促した。

「そもそも、なんでここにキャロラインがいるんだ、アルフレッド。カルロの狙いはキャロライン姫だそうだぞ。可愛い妹を危険に晒してもいいのか?あの男、よるにあんなことするくらいだから、お目当ての姫を捕らえたとなると何するかわからないぞ。」

 アルフレッドは、牢番を片付け、鍵束をチャラチャラと回しながら高みの見物を決め込んでいる。

 あ?と気のない返事をすると、嗜虐的な笑みを浮かべて、エドゥアルトを問い詰めた。

「なになに、なんかあったのか?聖女サマがどうしたって?なんかされたのか、カルロに。お前のその口ぶりからすると屈辱的なことがあったようだが。喋るか喋らないかは自由だが、鍵はここだぞ?」

 エドゥアルトは口を滑らせてしまったと後悔したが、もう元には戻れない。

「お前の聞き方は癪だが、キャロラインに危害に遭われたらこれ以上俺の面目というものもある。俺の目の前で、カルロがよるの唇を汚したんだ。俺はこのザマだし、抵抗するよるを救うこともできずに泣かせてしまったんだよ、くそっ。これ以上言わせるな。キャロライン、あとはわかるな?今すぐ鍵だけ置いてアルフレッドと撤退するんだ。」

 それを聞いた金色の兄妹は、目を見合わせた。

「ザマあ!!!よくやったカルロ!!いいぞもっとやれ!!!!!」

 と下品な笑いを立てたのはアルフレッドの方だった。

 一方キャロラインはというと、俯いたまま笑いまくる兄の耳を引っ張りって静かにさせた。

「お兄様。わたくし、行くところができましたわ。もちろん、連れて行ってくださいますわよね?」

 キャロラインはいつになくわなわなと打ち震えており、エドゥアルトも流石のキャロラインも少し怖くなったのかと思い、言いすぎたかと口を開こうとした。

「エドゥアルト様、わたくし、大事な用事を思い出したので、今日のところはお暇いたしますわ。それでは、ごきげんよう。」

 そう言うと、深々とお辞儀をし、アルフレッドに鍵束をエドゥアルトに渡すように促し、アルフレッドを伴って去って行った。

(撤退、したよな?)

 エドゥアルトの見込みは甘かった。キャロラインという姫を見誤っていたのだ。

 

 カルロは一人、私室で考え事をしていた。もちろんどうやってキャロラインをここから手に入れようかという思案だ。

 エドゥアルトと交換で人質に取る。うんうん、悪くない線だ。しかし、それではキャロライン姫は自分に好感を持ってくれないのではないか。それにエドゥアルトはどのみち邪魔だ。とすると、やはりアレを晒し首にしたあと、降伏という形で妃として迎えるのが一番ー

 コツコツ。

 窓の方から音がする。ここは3階なのだが。

 だがいつもの刺客の類なら、わざわざノックをするはずがない。カルロは思い切ってカーテンを引き開ける。そこに現れたのは、今まさに懸想していた相手、キャロラインである。

 あまりの事態に状況が飲み込めないが、とりあえずカルロは窓の鍵を開けてキャロラインを歓迎した。

「ごきげんよう、カルロ様。お久しゅうございます。」

 キャロラインはそれはそれは美しいお辞儀をして見せた。カルロは何が起こっているのかわからなかったが、とりあえず茶でも出さねばと舞い上がってしまった。

「ご、ごきげんよう、キャロライン姫。なぜここに?」

 キャロラインはにっこりと微笑んで、

「カルロ様にお会いしたくなったから、と言ってはいけませんか?」

 と返してきた。

 カルロは更に舞い上がって、天にも昇る気持ちだった。

(イケる!これは脈アリだ!!)

 思わずガッツポーズでも決めたいところである。

「俺に会いに?なぜ?」

 もちろんカルロ様の魅力に気づいて惚れ直したから、と来てくれるとカルロは妄想した。と、そこで目の覚めるような平手打ちが飛んでくるまでは。

 バチコーーーン!!

「なぜだか心当たりがないというのなら、その胸によく手を当てて考えることね!」

 カルロは大混乱した。キャロラインにぶたれるようなことをした覚えはない。全くなんのことだか身に覚えのないカルロが、目をしばたたかせていると、キャロラインは続けた。

「エドゥアルト様から聞きましたわ!乙女の唇をなんだと思っているの?わたくしたち女は、都合のいい道具じゃなくってよ!ましてや乙女の唇なんて、安いものじゃないのですわ!更に聞いていれば、わたくしというものがありながら、あの子を愛妾にすると言ったそうですわね?あなたのそういうところ、わたくし大っ嫌いですわ!恥を知りなさい、この最低男!!!」

 息巻いて一気に言い切ったキャロラインの剣幕に、カルロは完全に放心状態になっている。

 キャロラインは言うことは言ったと、窓へ向かって去って行こうとする。カルロは千載一遇のチャンスと引き留めようとしたが、窓から飛び降りたキャロラインの身をアルフレッドが攫った。

「俺の可愛い妹は、お前には渡せねえなあ。出直してきな。」

 二人の高笑いがこだまして、カルロは絶望した。

 

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