第九話 その頃よるは
その頃よるはとある部屋に軟禁されていた。拘束されているわけではないのだが、部屋の扉には鍵がかかっており、出られないようになっていた。
よるは誘拐されたらしいことは理解できたが、今自分がどこにいて、どう逃げればあの場所に帰れるかが皆目検討がつかなかった。
エドが帰ってこなくなって、ラインも手負いで、そんな中アルフレッドの声が聞こえた気がする。よるは恐ろしくなったので、ラインの指示通りに天幕の中に引っ込んでいたけれど、そこへまた見知らぬものが現れた。よるの記憶はそこで途切れている。
気がつけば、いつもの天幕やエドたちの服装とも、アルフレッド、キャロラインたちの服装や文化とも違う天井があった。エドがいつも話していた『敵国』というところへ来てしまったのかもしれない。だとしてもなぜ自分なのだろう。
そこへガチャリと音がして、扉が開いた。見れば、赤毛の豪奢な衣装に身を包んだ人物と、数人の兵士が現れた。
「へえ、あんたが噂の聖女様、ねえ。」
赤毛の男が興味深そうによるを視線で睨め回す。
聖女と呼ばれるのは気恥ずかしいが、相手の態度が到底味方っぽくはないことを考えると、よるはそれどころではなかった。
「わ、私は聖女じゃなくてよる。あなたは誰?」
よるは相手の目的を探るべく、なるべくボロを出さないように慎重に口を開く。
「俺を知らないのか?異世界から来たとかいう話は嘘でもないってことか?俺こそがいずれこの大陸の覇権を握るディエトロ王国の王子、カルロ様だ。よーく覚えとけ、あとお前は邪魔だが、キャロライン姫とあの男の結婚を阻止したことは褒めてやる。」
よるはなんとなくだが事情を察した。キャロラインを姫づけで呼ぶところとか、エドの事であろうあの男、とか、とにかく好き嫌いがはっきりしていて、エドのことは嫌いで、キャロラインの事が好きな様子、結婚を阻止したのを褒める、とか、きっとキャロラインに好意を抱いているのだろうなあ、ということがわかった。ただ、自分のことを邪魔と言っているあたり、よるのこともまた好意的には接してくれそうにない。
「褒めてくれてどうもありがとう。私のことをそう思っているのなら、エドの居場所くらい教えてくれてもバチがあたらないと思うんだけど?」
よるはいつもの癖もあって、何気なく言ってしまったのだが、後からしまったと思い返す。
「愛称呼びとか、お熱いねえ。お前たちがさっさと結婚してくれれば、俺としては万々歳だが、俺はそんなおこぼれを期待してるわけじゃないのでね。まあ、あんたみたいなのが居場所を知ったところでどうもできないだろうが、教えてやる義理もない。」
よるの目論見は外れた。エドの居場所だけでも知っておけば、何かできないかと考えたが、よるはあまりにも非力だった。ディエトロ王国と言われても、そこがどのくらい陣営から遠い場所かもわからなかったのだから。
「あんたはそうだな。あの男を痛めつけるための餌なんだよ。そんなに焦らなくてもいずれあいつに会わせてはやるさ。」
そう言うとカルロは部屋を後にした。残されたよるは、ただ唇を噛み締めることしかできなかった。
(悔しい。きっとエドは近くにいるはずなのに…。)
カルロは今すぐによるに危害を加えるつもりはないようだったが、先ほどの口ぶりからすると、エドと対面させられた上でなんらかの危害を加えられるかもしれない。しかし、会わせてやると言ったということは、エドが存命であることを暗に語ったということだ。
(無事でいてね、エド。みんな帰りを待っているから…。)
よるは非力ではあったが、タフな精神の持ち主でもあった。元の世界で培った、屈しない心は健在であった。
「この部屋の中に置いてあるものをチェックしないと。」
流石にツボや瓶などの割れ物などは撤去されている。当然ハサミや短剣などの刃物類もない。そして扉同様窓もしっかりと鍵が掛けられていて、外への脱出は無理そうだ。ベッドの下などもチェックしたが、使えそうなものはあまりなかった。
(手刀で戦う、は無理だしなあ。)
よるはそんなアサシンみたいなスキルは身につけていない。とりあえず、ここに自分がいることを知り合いに知ってもらうしかない。だがここは敵国。誰がいるというのだろう。でもエドがここにいる以上、よるはエドを助けなければ、という思いがあった。その為には脱出が必要不可欠なのである。とりあえず、窓があるので、自分のエプロンを窓に貼り付けておいてみる。誰かの目に留まればいいな、くらいの感覚で。
ラインは相変わらず牢獄に出入りしつつ、よるの情報を集めていた。目立たない程度に城の中をうろつき、手がかりを探した。
毎日外周はチェックして、変化がないかを見ている。そしてある日見つけてしまったのだ。窓に貼り付けられた、よるが着用しているエプロンを。そこは外周からもわかりにくい、端の部屋だったが、確かにそこにラインは異変を見つけた。罠かもしれない。だが、確実に手がかりであることは間違いない。
(もしかしたら王子に良いご報告ができるかもしれない。)
早速調査へ乗り出すラインだったが、一歩遅かった。
その日、よるはディエトロ王国のドレスに着替えさせられ、カルロの供をするようにと命じられた。数人の重装備で武装した兵士に囲まれ、よるには拒否権はない。
隙が生まれないかと期待しつつ大人しく従うよるだったが、カルロは無駄だと嗤った。やがて一行は薄暗い牢獄へと到着する。
重い木製の扉が開かれると、そこは陽の光の入らない、ほとんど窓のない世界で、よるは恐ろしくなった。中に入るよう促され、仕方なくよるは従う。
最奥の牢獄へ到着すると、カルロは一つ、格子を蹴って見せた。
「おい。起きろ。愛しの聖女様の御前だぞ?」
それに反応した呻く声は、間違いなくエド本人のものだった。
「………よる?」
薄暗くてよく見えないが、そこから確かに声がする。
「エド!!」
よるは思わず格子に縋りついた。
「エド、無事なの?怪我は?」
薄暗い故にはっきりとエドの無事を確認できずにもどかしい思いをする。
泣きそうなよるの声を遮ったのはカルロだ。
「!!」
唐突に唇を塞がれた。それはカルロによる口付けによって。
エドに見せつけるように続けるカルロによるは必死に抵抗した。
「いやっ!!」
離してもらった頃には、よるはボロボロに泣いていた。
もちろんそれはカルロの本意ではなかったが、エドゥアルトに対する嫌がらせとしては効果は十分だ。
「貴様……!」
エドゥアルトはこれまでにないくらいの怒りを募らせ、カルロを睨みつける。が、拘束されているエドゥアルトに反撃できる訳もなく。カルロは更に挑発を続ける。
「こんなもの、まだ序の口だ。続きを今見せられないだけでも俺に感謝するんだな。このまま奪ってやってももちろん面白いが、お前を殺し、キャロライン姫を娶った暁には、この聖女とやらを愛妾として飼ってやろう。我が国の衣装を着せたら、なかなかのものじゃないか。聖女を擁する国として箔もつく。」
(くそ、こいつ絶対に殺す。よるには会えたが、よるを泣かせたなんて俺は最低な男だ。)
カルロは得意げに大笑いすると、泣き崩れたままのよるを兵士に抱えさせ、退出した。
その夜、よるは失意のどん底にいた。
(傷ついたエドの前で、あんなこと…。)
無理やりとはいえ、エド以外の人とキスするなんて。そしてよるはついに自覚してしまった。
『ああ、私はもうエドを愛してしまっているんだ』
ということに。愛してると言われ、愛を知らない自分に愛を注ぎ込み続けてくれたエド。その深い愛情によるはいつしか心を許し、そして受け入れていたのだ。エドの愛に自分は応えようとしているのだと。そう思ったら、余計不覚を取られたとはいえ、昼間の出来事が許せなくなってきた。でもくよくよしてはいられない。エドは拘束され、傷ついていた。居場所はわかった。兵士に囲まれながらも、よるは道順を必死に覚えた。今度こそエドを助けなければ。そう思った時、何者かが部屋をノックするのが聞こえた。
鍵がかかっているので出ることはできない。よるは恐る恐る扉へと近づいた。
「…誰?」
よるが静かに問いかけると、返事はすぐに返ってきた。
「ああ、よかった。よるさん、今開けますね。」
それは間違いなくラインの声だった。
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