第八話 対峙する時

 エドゥアルトが目を覚ますと、そこは牢獄だった。

(まあ、当たり前、か。)

 なぜならあの場にいた味方には退けと命じたのだから。まだ命があるだけマシな展開かもしれない。

 と、そこへ重い木製の扉が開かれる音がして、姿を現したのは、カルロであった。

「良い格好じゃないか。あれだけ挑発しておいて何とも無様だな?」

 両腕を鎖で繋がれ、拘束されているエドゥアルトを見下ろしながらカルロは少しの優越感と共に言い放った。

「俺をすぐに殺さなかった事を後悔させてやるよ。」

 エドゥアルトは負けじと言い返してはみたものの、流石に少し虚勢を張っていた。カルロは屈しないエドゥアルトに少し苛立ちを覚えながら、まずは小手調べをする事にした。

「殺すのは苦しめてからだ。お前の首を手土産したら聖女とやらはどんな反応するんだろうな?」

 エドゥアルトは動揺したが、極力それを悟られないよう隠す。異世界からきたよるをひとりぼっちにして死ぬということは、エドゥアルトには無責任に感じられた。愛してると言った手前、最後まで守れずして何が愛だというのか。だが、あの時ラインを犠牲にしていたら、もっと後手に回っていた、とも思う。ラインを喪うということは、安らげる日々を失うということだ。よるの護衛、自分の護身、周囲への気配り、その全てを一人でやらなければならなくなり、結果自分が破綻することが目に見えている。それほどにラインという人物はなくてはならないほどに優秀なのである。まさに逸材だと思っている。

 エドゥアルトの動揺を知ってか知らずか、カルロは続ける。

「そして聖女を偽物だと暴いたら、次はキャロライン姫だ。」

 エドゥアルトは一気に疑問が湧いて出た。なぜいきなり話がキャロラインへと飛ぶのだろう。

「美しい青い瞳、豊かな金の髪。彼女こそが聖女と呼ばれるに相応しい、そうだろう?」

 エドゥアルトは察した。こいつ、そういうことだったのか、と。

 エドゥアルトからしてみれば、キャロラインを幸せにしたいというのであれば勝手にしてくれて構わない。が、カルロ的にはそうではないらしい。

「あの美しい姫がなぜ虐げられ!無碍にされるのか!理解できない!!そうだろう?その元凶は全て、そう、お前だエドゥアルト!!!」

 カルロはいつの間にかヒートアップして熱く語り始めた。

「嗚呼。可哀想なキャロライン姫。こんなポンコツの許嫁に定められたばかりか、その聡明さゆえに健気にも国の威信を守ろうとまだこんなやつを運命の人と公言して。その呪縛から解き放とう、そう、それこそ俺の授かった宿命。」

 エドゥアルトはそんなことを滔滔と聞かされていて、だんだん馬鹿馬鹿しくなってきた。何を言っているのだろう、目の前の馬鹿は。キャロラインはあれはあれで本気だから厄介なのだ。

 大方キャロラインにアタックして断られたクチなのであろうが、それをエドゥアルトのせいにしているところがだいぶ痛々しい。ポンコツ呼ばわりするくらいなら、軽く超えるくらいの魅力なり何なりで、キャロラインの心を動かすくらいのことは考えないのだろうか。器が知れるというものである。

 

 一方その頃陣営ではー

 手負いのラインは、夜襲をかけてきたアルフレッドの対応に追われていた。

「聖女サマを大人しく渡せば、お前は見逃してやるってんだよ、なあ?話通じねえのか?」

 アルフレッドは決して弱くはない。むしろ腕は立つ方なのに、戦争が面倒だから、後方に引っ込んで出てこない。エドゥアルトとは真逆のタイプだ。でも今ここにいるということは、面倒よりも大事な用事でここにいる。それが聖女ことよるの存在のようだ。だが、ラインからしてみれば、王子不在の今、よるの護衛はラインに託されていると言っても過言ではない。もしもよるに傷の一つでもつこうものなら、この上ない不名誉だ。ましてやアルフレッドによるを渡すなんて、よるを危険に晒す以外の何ものでもない。そんなことは承服しかねる。そんな思いでアルフレッドと仕方なく剣を交えていた。

 と、そこへ、よるを待機させている天幕の中から、小さな悲鳴が一つ聞こえた気がした。

「よるさん!?」

 アルフレッドは一旦放置し、天幕の中を確認しに戻る。

 そこにはぐったりしたよるを抱える何者かの姿があった。

(くそっ、こんな時王子がご健在であれば…!)

 手遅れだった。そのままよるは何者かに連れ去られていった。だがラインはその何者かがどこの手のものかがすぐにわかった。アルフレッドの手のものであれば、アルフレッドもとっくに撤退しているはず。しかし、アルフレッドは状況が飲み込めないまま天幕の外に放置されっぱなしだったのだ。

 事態が悪化していく中、ラインはすぐさまディエトロ王国への潜入を決めた。

 そこには囚われの王子とよるがいるはずだから。どちらの状況も予断を許さない。ラインは苦虫を噛み潰したような思いで陣営を後にした。自身も手負いで、どこまでやれるか不安になり、いや、やれるかではない、やるしかないのだ、と決意を新たにした。

 

 ディエトロ王国に入り込むこと自体は問題なかった。なぜなら、今まで他国を食い潰してきたこの国では、民族や言語が多様に入り混じり、異国のものに対する違和感が少なかったためだ。しかし、城まで近づくと流石にそれは違和感になる。ラインは受けてきた教育や、今まで培った知識をフル稼働して、城の使用人として潜り込んでいく。兜で顔を隠しやすい兵士に扮したり、はたまた動きやすいよう影のものとして暗躍したりした。まずは情報を集めていく。

(王子とよるさんが一緒に幽閉されているとは考えにくい。)

 カルロの戦場での傾向からして、王子を処刑したとしたら、まずもう首を晒して誇らしげにしているはず。そんな報せは聞いてない。とすれば、王子はどこかに囚われていると考えるのが自然である。あの時の怒りようだと、今頃牢獄あたりが妥当なのではないだろうか。

 一方、よるがどこにいるのかが皆目検討がつかなかった。よるはカルロに対して何かをしたわけではない。完全にとばっちりを受けている形だ。よるがどう扱われているのかは、カルロが何の為に王子を捕え、そしてよるを誘拐したのかを知る必要があった。ただ戦争に勝つ為だというのなら、王子が囚われた時点で詰んでいる。王子を処刑し、瓦解したルフト軍を撃破、その後セント側を潰せばいいのだから。カルロには何か狙いがあるようだが、ラインにはその目的が読めなかった。

(くそ、カルロ王子に近づきすぎれば二人の身も危うくなる。)

 ラインはあの手この手を考えながら、情報収集と救出までの道のりを模索していく。そして、先に辿り着いたのはエドゥアルトへの道だった。

 思い描いた通り、エドゥアルトは牢獄に繋がれているらしいことがわかった。ただ、牢獄の入り口は一つしかなく、正面から行くのは無駄死ににしかならない。ラインはまず、牢獄の構造も知る必要があり、牢獄の飯を配膳する係に扮して潜入した。

 そこは陽の光などほとんどなく、夜なのか昼なのかも閉じ込められていたら感覚が狂ってくるだろう。牢番が入り口を見張っている。ラインはできるだけ自然に振る舞うよう心がけた。

 キョロキョロしたり、不自然に立ち止まってはまず首が飛ぶのは自分だ。ラインも命懸けなのである。薄暗い牢獄の、最奥のブロックにエドゥアルトがいるらしいということだけは情報を仕入れてきたが、この距離を普通に突破するのはラインがいくら腕が立つと言っても、至難の業だった。

 何度か飯の配膳をするうち、牢番もだれて来たのか、入り口を過ぎると、そこでおしゃべりをするようになっていた。ラインは隙を逃さなかった。素早く最奥の牢獄まで行き、エドゥアルトを確認すると、すぐさま脱出のルートを確認する。そして牢番に聞こえないようコミュニケーションを取る。

「王子、お迎えにあがりました。」

 すると、エドゥアルトは薄く目を開き、こう問いかけた。

「ラインか。よるはどうしてる?」

 エドゥアルトは自身が鎖に繋がれてなおよるのことを聞くのだ。ラインは包み隠すことなく、エドゥアルトに全てを報告する。

 アルフレッドからの急襲の合間に、よるもこの国に連れ去られたこと。情報はまだ乏しく、今すぐの救出は難しいこと。

「一旦王子とこの国を離れます。よるさんの情報を集めるのはそれからに…。」

 そう提案しかけたラインをエドゥアルトは遮った。

「ダメだ。俺はよると共にしかこの国を離れない。理由がわからないお前ではないな?俺の覚悟を試したお前には俺を否定することはできないはずだが。」

 ラインはここにきて、エドゥアルトに覚悟という言葉を持ち出され、その意味の深さを味わった。

「…わかりました。引き続きよるさんの情報を追います。その間に死なないでくださいよ?」

 ラインはいつもの皮肉でエドゥアルトを茶化す。そんな場面でないことはお互い承知の上で、それでこそラインだ、とエドゥアルトはまた目を閉じて時を待った。

「ライン、カルロの狙いはキャロラインだ。その点注意して事を進めろ。」

 という忠告と共に。

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