後編

 その後、リーガード侯爵家には目まぐるしい変化が訪れた。

 夜会の数日後、何とモルテンとグレーテが逮捕された。罪状は娘二人に対する虐待。


 あの夜会後、リスベッドが姉でありウォーンリー王国の女王ヴィクトリアにアンネッテやリッケなどの子供を救う法律が必要だと訴えたそうだ。

 そして直ちにその法律が成立した。

 アンネッテが受けたものも虐待であるが、リッケのように親が適切な教育をなさなかった場合も虐待である。


 逮捕されたモルテンとグレーテは裁判の結果有罪となり、公然の場で鞭打ち五十回と五十年の労働徒刑が科せられた。しかし、鞭打ちによる体のダメージが酷く、二人は労働徒刑中に亡くなったようだ。

 これは見せしめである。

 ウォーンリー王国は子供に対するいかなる虐待も許さないという国中へのメッセージなのだ。


 父と義母の逮捕により、アンネッテはリーガード侯爵家当主になった。リーガード侯爵領は金山があり、ハルドラーダ王家としても何かあっては困るそうだ。そこで、王家はリーガード侯爵家に今年十八歳になる第一王子イーヴァルに婿入りさせることにした。アンネッテを蔑ろにするゲイルでは力不足と判断されたのである。


 ちなみにメリアンも当時の婚約者とは婚約解消し、新たな婚約を結んだそうだ。メリアンの新しい婚約者は前の婚約者と比べ物にならない程優秀で優しいようだ。


 そしてリッケはガルトゥング公爵家に引き取られ、しっかりと教育されることになった。

 アンネッテと婚約解消になったゲイルはリッケに会いにガルトゥング公爵家へ向かったが会わせてもらえず、最終的にはガルトゥング公爵家へ無礼を働いたとして制裁を受けるのであった。


 そして一年後。

 ウォーンリー王国王太女アストリッドが二十歳を迎える誕生祭にて。

 アンネッテは夫のイーヴァルと共に本日の主役であるアストリッドと彼女の夫でナルフェック王国から婿入りしたレミに挨拶をした後、夜会を楽しんでいた。


「アンネッテ、疲れてはいないかい?」

 夫となったイーヴァルがアンネッテを気遣う。ハルドラーダ王家の特徴を見事に引き継いだ、太陽の光に染まったようなブロンドの髪にターコイズのような青い目である。

「ええ、ありがとう、イーヴァル様」

 アンネッテはふふっとサファイアの目を細めた。女侯爵としてもかなりしっかりした様子である。

 そんな二人に近付いて来る者がいた。

 ふわふわとした黒褐色の髪にエメラルドのような緑の目に、小動物を彷彿とさせるような可愛らしい顔立ちの令嬢。彼女の歩く動作や所作は洗練されており、まるで王族のようである。

「お久し振りでございます、アンネッテお義姉ねえ様。いえ、リーガード女侯爵閣下」

 彼女はガルトゥング公爵夫人により引き取られたアンネッテの義妹いもうとリッケである。以前のような奔放でやりたい放題で礼儀知らずではなくなっている。

 ガルトゥング公爵家でしっかりと教育されたようだ。

「久し振りね、リッケ。いえ、ガルトゥング公爵令嬢と言った方が良いのかしら?」

 ふふっと柔らかく微笑むアンネッテ。

「いえ、リッケで構いませんわ」

 リッケは穏やかに微笑む。以前と比べてまるで別人のようだ。

「そう。ならばわたくしのことも、リーガード女侯爵閣下ではなく、義姉として接してちょうだい」

 アンネッテは品良く口角を上げた。

「ありがとうございます、お義姉様。今回はお義姉様に謝罪をしに参りました。リーガード侯爵家にいた頃の無知で礼儀知らずなわたくしは、お義姉様にたくさんご不快な思いをさせてしまいました。本当に申し訳ございません。イーヴァル様にも、ご迷惑をおかけしてしまい申し訳ございません」

 エメラルドの目は真っ直ぐ真剣だ。心から反省していることが手に取るように分かる。

「リッケ嬢、確かにリーガード侯爵家に婿入りすることになった件は驚いたけど、僕はあまり気にしていない。むしろ、アンネッテと夫婦になれて良かったと思っている」

 イーヴァルは満足そうに笑っていた。

 アンネッテは穏やかに品良く微笑む。

「リッケ、貴女の謝罪を受け取りますわ。ガルトゥング公爵家で素晴らしい教育を受けたようね」

「はい。ガルトゥング公爵家の家庭教師だけでなく、公爵夫人であられるリスベッド様から直々にマナーなどを教わりました。最初は厳しくて何度も逃げ出そうとしましたが、皆様が根気良く分かりやすく教えてくださり、今までのわたくしがいかに問題があったかを自覚いたしました」

 リッケはかつての自分の愚かさを恥じていた。

「確かに、リッケの態度には困っていたけれど、あの時は貴女だけが悪いわけではなかったわ。ガルトゥング公爵夫人が仰った通り、貴女も被害者よ。あの両親からきちんとした教育を受けさせてもらえなかったのだもの」

 アンネッテは当時を思い出して苦笑した。

「お義姉様、改めてわたくしと仲良くしていただけますか?」

 やや不安げなリッケである。

 そんなリッケにアンネッテは優しく微笑む。

「ええ、もちろんよ。よろしくね、リッケ」

 アンネッテとリッケは握手を交わした。

 ある意味親のせいで拗れていたが、ようやく仲の良い姉妹になれたのだ。

 その後、アンネッテとリッケの仲の良さはウォーンリー王国の社交界で有名な話になっていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

全ては親の責任 @ren-lotus

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ