幽霊とのダイアローグはモノローグ?

渡貫とゐち

お墓参りへ


 スーツ姿の男が墓の前に立っていた。


 二十代前半のその男は、持ってきた酒を墓の前に供える。



「やっと落ち着いたよ、兄さん」


「ああ……大変だったみたいだな」


 墓の上に座っていたのは彼の兄だった。

 罰当たりだ、と言われそうな無礼な男だったが、彼は既にこの世を去っている。

 つまり幽霊なのだ。

 彼は自分の墓の上に座ってなにが悪いと言わんばかりに、あぐらをかいて弟と目を合わせる。


 ほれ、話してみろ、と視線で訴えるが、弟に伝わるわけもない。


「兄さんが死んだ時は大変だったんだから。兄さんは、人望があったから……。兄さんが死んだと聞いたら、みんな、僕のところまで訪ねてきてさ……すっごく遠いところからきてくれた人もいるよ。そして、みんな口を揃えてこう言うんだ。……どうして死んだんだ、僕が不甲斐ないせいだ、なんて散々言われてさ。まあ、実際そうなんだけど」


「そんなことはねえけど」

「……僕を守るために、兄さんは――」

「気にすんな。兄貴ってのはな、弟を守るために命を懸k


「でも、それが兄さんのしたかったことなんだってことは分かるよ。あそこで弟を見捨てて、今後ものうのうと過ごせる兄さんじゃないってことは、僕をはじめ、みんな分かってるんだ……。あの時の兄さんの行動は、間違っていなかった――絶対に」


「弟を助けることができてもよ、こうしておれが死んでいれば意味はねえけd


「わがままを言っていいなら、兄さんには死なずに、一緒にいてほしかったけどね」


 供えた酒を開け、墓の上から酒をかける。

 灰色の墓石が、濡れて、黒く染まっていく。


 幽霊となっている兄は、墓の上から浮き上がり、弟が持つ酒を覗き込んでいる。


「あ。それ、高い酒じゃねえのか?」

「こうされたかったんでしょ?」


「いや、別に……。生前にお前にこれをしろって言った記憶はn

「あはは、嬉しそうだね」


「嬉しがってねえよ! お前はそうやっていつもいつも――おれの意見を勝手に決めつけて自分の解釈で話を進m


「兄さん。今頃……あっちでなにしてるのかな……」


「――目の前で叫んでるよ! つうかなんであっちと言いながら下を見る! てめえおれが天国じゃなくて地獄に落ちてるとでも言いたいのか!?」


 兄の不満も知らず、目尻からこぼれ落ちた涙を拭う弟。


「地獄で、仲間と飲み会でもしているのかもしれないね」


「地獄って決めつけんな!! ……さっきから、仕方ねえことは分かるが、こっちのターンの言葉を言い終わる前にお前が喋るから、こっちは途切れ途切れn


「意外とさ、こんな風にパンチしたら当たったりして――なんちゃって」


「あぶね!? え、見えてる!? いや、偶然だよな……そのはずだ! 弟に霊感があるって話はなかったし……まあ、霊感があることが分かる機会がなかったとも言えるけど……」


「兄さん、次のお墓参りの時はなにを持ってこようか……またお酒がいい? それとも食べ物がいいかな? おまんじゅうとか??」


「ん? ああ、まあなんでもいいけど……だったら食いもんがいいな。酒は今もらってるし。供えられてもおれが食えるわけじゃないんだけどな」


「まあ、なんでもいいよね?」


 弟が屈んで、お墓の前で両手を合わせる。

 その後は、数分の沈黙が続き、兄も空気を読んでなにも言わなかった。


 口に出さず、伝えたいことがまだまだあったのだろう。プライバシーの奥のさらに奥の本音を、胸の内から兄に伝えている――兄はその内容を知ることはできなかった。


「兄さん、僕ね……結婚したんだよ」


「え? ……マジか」


「兄さんの葬式の後で、結構すぐにね。こっちは、結婚式はまだだけど、籍はもう入れてあるんだ……報告が遅れてごめん、兄さん」


「いや、構わないけど……葬式やら手続きでバタバタしてたもんな」

「あ、もしかして相手が気になる?」

「別に――いや、そりゃ気になるだろう?」


「兄さんも知ってる人だよ。普段から支えてくれていた人だったんだけど、兄さんが亡くなって弱っている僕を、献身的にサポートしてくれてね……段々と距離も縮まっていったんだ。結婚するのが早い、とか思った?」


「……んなこと、おれがどうこう言うことじゃ、


「交流は元からあったんだから、意識し出してから結婚まではやっぱり早かった……。早かったけどさ、問題ないでしょ?」


「誰も問題があるとは言ってねえよ。お前の人生なんだから、お前の好きなようn


「まあ、反対されても僕はあの人と結婚するけどね。というかもう結婚してたね」


 薬指の指輪を見せつけられる。

 はいはい羨ましいね、と、兄は弟の自慢を手で払いのける。


「…………当然だが、会話にはならねえか。けどさ、お前もお前でおれに話しかけてるなら、こっちの返答があることを想定してちょっと間を空けたりさ!!(早口)」


「兄さん。…………なんか喋ってよ」


「ずっと喋ってるっつうの!!」


 弟の顔、至近距離で、兄が唾を飛ばすほどの勢いで叫んでいる。

 それでも、幽霊は生きている人間には見えないし、触れないし、声も聞こえない。


「う、うぅ…………なんで、死んだんだよ……勝手に先立つなよ……バカ兄貴ッッ!!」


 弟の感情が限界を越えて爆発していた。見たことがなかった弟の男泣き――号泣だ。

 兄は、見てはいけないと察してその場から離れる。


 墓石の後ろへ。

 幽霊は、墓石の周囲からは離れられないらしいのだ。

 そういうことなら仕方ない。

 ルールの上で生きていくしかない。……もう死んでいるとは言え、だ。


 兄は、昔のように、弟が落ち着くのを少し離れた距離から見守っている。

 目で見ていなくとも、兄の心はずっと弟の傍にあるのだから。


「はー……、ふう。じゃあ、帰るよ、兄さん」


「ああ、また、なにか困ったことがあったら――――

 吐き出したいことがあったらおれのところにこい。兄貴はいつでもおとう



「バイバイ、兄さん」


「聞けよ!!」



 結局、最後まで兄弟の会話が噛み合うことはなかった。




 …了 モノローグorダイアローグ?

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