どうでもいいよ。

えんがわなすび

あの子ってさ

「早苗ってさ、そういうところあるよね」

 ふと耳に滑り込んできたその名前に、私は窓の外に形成されていく飛行機雲から意識を逸らした。横を見ればいつものメンバーが顔を突き合わせて各々首を赤べこのように揺らしている。

「早苗が、何?」

「だからぁ、早苗っていつも約束破るじゃんって話。今日だって放課後みんなであの映画観に行こうって言ってたのに、そもそも朝から学校休んでるし」

 言い出したのは早苗じゃん。その言葉にまた三つ赤べこが揺れる。同調して私の首も揺れそうになったので、少し上を向いてそれを制止した。


 早苗は人との約束を平気で破るような子だった。

 駅前にできた限定パフェを食べに行く話も、夏祭りに一人来なかったことも、修学旅行で事前に決めた観光ルートをやっぱりこっちがいいと当日に全部変更することも。

 その理由も、急にダイエットを始めただの、新調する浴衣が間に合わなかっただの、行きたい場所が変わっただの、どうでもいいような理由だ。その度に私たちは彼女の都合に合わせている。

 本人はそれで何も思わないのか、私たちが結局いつも合わせることを知っているからか、早苗はへらへらと笑って、まぁいいじゃんって流すような子だ。たぶん、本人にとってもどうでもいいようなことなんだろう。


「深雪はいつもボーっとして人の話聞いてないよね。あんたも、そういうところあるよね」

 先程と同じトーンで返ってきた自分の名前にドキリとする。周りを見れば呆れたような赤べこが、マイペースだもんなぁと笑っていた。それにホッとして無理矢理口角を上げた。

「で、どうする? 早苗いないけど、映画」

「今日はここのメンバーだけで観に行って、また早苗いるときにもう一回行く?」

「抜け駆けだって文句言わない?」

「ドタキャンされてるのはこっちだって」

「いないから、もういいじゃん。みんなで行こうよ」

 一番最後に転がった私の言葉が、窓の外を通過する飛行機の音に紛れて消えた。

 私にしては珍しく主張した言葉だったのが珍しかったのか、みんなは一瞬こっちを見てびっくりしたような顔をして、それから納得したように、じゃあ行くかーって鞄を持って立ち上がる。私もそれに倣った。


 教室を出る前に、私は振り返って窓の外を見る。

 綺麗に描かれていた飛行機雲がぐちゃぐちゃに歪んでゆっくりと溶けていく。

 そこから視線を落とせば窓際にある早苗の席だ。綺麗に整頓されたあの席が使われることは、もうないだろう。

 早苗は昨日の夜に、私が橋から突き落として殺したんだから。

 自己中心的な考えが嫌いだった。いつもへらへらして人を振り回して、それでいて平然と崖から突き落とすタイプの早苗が、私は嫌いだった。

 だから殺した。

 理由なんて、ただそれだけの、どうでもいいようなことだ。

「深雪ー、なにしてんの行くよー」

「うんー」

 教室の扉をぴしゃんと閉める。一瞬窓の外が目に入った。

 そこでは塵のようになった白が、血によく似た夕焼けに飲まれて消えていくところだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

どうでもいいよ。 えんがわなすび @engawanasubi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ