第10話 神殿へ喧嘩を売りに


謹慎中に考えた反省。


今までは、血迷ってロリに走ったジジイをボコすだけの作業だった。

だが今回の人身売買ギルドという集団の危機を前にして、組織だった犯罪に思い至った。

一人の中年ジジイは? 勝てる。二人は? 勝てる。三人は? まあ頑張れば気合で。

だが束になって金絡みの策ありきで来られては? 俺が負ける。


それに、神殿での魔法属性鑑定。俺も五歳でやったから覚えがある。あれは子供一人ずつ、神官と一対一でやるものだった。親や召使いが付いてはいかない。

教会なんて薄汚い免罪符売りの溜まり場だろうたぶん。禁欲を課せられた教会、断言する。絶対一人くらい性癖屈折した人間いるだろう。

属性鑑定にかこつけて、密室で一人きりの美幼女にロリコンが何するか知れたものではない。

神殿ぐるみで犯行に及ばれても、こればかりは俺は立ち入れない。


ソフィアが正式に属性鑑定を受ける十歳までに、神殿の内情を探っておくべきだ。

一人くらいグラディウス家側に引き込めれば運がいい。信用できる神官をソフィアの鑑定要員に据えたい。金か? 女か? 何でも用意しよう。



この属性鑑定について、俺の懸念はもう一つある。

ゲームでは、ヒロインは全属性の魔法パラメーターを上げることができた。全属性。「この属性は使えないのでパラメーター不動です」などというクソゲー仕様は無い。

これを現実に当て嵌めれば、ソフィアも全属性使える可能性が出てこないか?


ゾッとした。現時点の顔面偏差だけでロリコンを吸引するというのに、そこに優良な魔法の血統まで加わったら。

金と権力を腐らせた貴族男が惹き付けられたら最悪だ。


若く美しく有望な貴族令嬢に、不似合いな男が釣書を持ってくる自体が恥。社交界の礼儀知らずだ。自然、寄ってくるのは女のレベル相応の男になる。

だが、社交界デビュー前の今、どんなクソも寄ってき放題。

成長すれば貴族令嬢の美貌は武器になる。個人の武器だ。ただのグラディウス家の庶子で、無力な子供でしかない今のうちに、低俗なクソが絡め取るのは大いにあり得る。


俺ならば断わるだろう。将来に投資した方が明らかにリターンが大きい。

しかし父上であれば、...娘可愛さが勝つか、目先の欲が勝つか。母上様の脅しも兼ね合えば、金払いの良い男先着順で売り払うかもしれない。それこそ繁殖用の家畜のように。


これも、神殿内に内通者が欲しい理由だった。

仮に全属性だとして、ソフィアが属性鑑定してから、四、三...二年でもいい。正式に貴族令嬢の恋愛市場に乗り出すまで、できる限り属性を伏せておいてくれないだろうか。

ある程度育ってから社交界に放り込めば、アイツは自力で攻略キャラのようなキラキラした男で逆ハー築いて、そこらの老いぼれは近寄れなくなるだろう。




という訳で謹慎明け早々、俺は秒で乗馬服に着替えて馬に飛び乗った。


「何でも、我が領の中央神殿にはさぞ美しい巫女姫がいるらしいな。一目見てこよう!」


この一切の反省が無いムーブも、一週間ぶりと思えば何やら感慨深い。俺は馬でダッシュした。

だがしかし口実に過ぎなかったものだから、まさか本当に件の巫女姫様に出迎えられるとは思わなかった。


「初めまして、ダリウス様。クレアです。わたくしにお会いしたいと伺いました」


これどうしようか。



どうやら俺は、自分のグラディウス家嫡男という地位を過小評価していたようだ。

散々振りかざしておいて可笑しいが、やはりどこか乙女ゲームの悪役『令嬢』が頭にあった。

王子に嫁いでゆくゆくはオサラバの令嬢と違い、嫡男とは末永く付き合っていかねばならない。グラディウス領に構える神殿としても、次代の当主には程々に媚を売っておきたいだろう。

客観的に見れば、現状は、貴族の我が儘坊ちゃんが無理に巫女姫を呼びつけたことになる。


そうならないためにも、俺が率先して馬駆ってきたところがあったんだが、騎士の誰かが慌てて俺抜いて先触れでも出したんだろうか。余計なことを。



これは少々、想定外。

俺としても、未来を鑑みて神殿に媚売るために来た訳で。喧嘩を売りに来たのではない。後者の方が得意なのが厄介だ。


ひとまず馬から跳び降りて、手綱をそこらの聖職者に預ける。

巫女姫クレアは中央神殿の正門に立って、小さな体の後ろにズラリと聖職者たちを従えていた。日光にピンクに照るブロンド、薄い水色の瞳。白い巫女服。

全体的に柔らかな色味で、パステルカラーと言ってもいい雰囲気なのに、こちらを見るアイスブルーの眼差しに柔らかなところなど一片も無い。


そんな、警戒心爆上げのクール系美少女を前にして。

俺はにこやかに手を差しのべた。


「それでは......クレア姫。まさか本当にお会いできるとは思いませんでした」


俺は人生で一度も使ったことのない貴族令息スキルを駆使する決意をした。




すると教会に多くある客間に通された。椅子には俺。テーブルを挟んだ椅子にも巫女姫。他に人はおらず、壁際にはベッド。

外部からの信者や、新米の神官が、泊りがけで祈りを捧げるための部屋だと説明された。残りは俺の予想だが、それ以外に、身分を隠した貴族の男が女神官を引き摺り込むための場所でもあるのではないか。

そんな場所で、巫女姫は俺と二人きり。



真っ直ぐ座って壁の絵画を見つめている少女を、俺はチラリと見た。その横顔は、記憶のイラストと似ている気もする。


神殿の巫女、クレア。


彼女は未来の巫女姫だ。

乙女ゲームに出てくる女性キャラの一人。


この国の女性聖職者の最高位で、形式的に神の娘との称号を与えられる。よって、姫。王家の姫とはまた別の、力ある女性だ。


昨今のゲームらしく、記憶にある乙女ゲームは女性キャラにもなかなか凝っていた。唯一の女性キャラがヒロイン虐め倒す『ダリア』では人気ガタ落ちだろう。

攻略キャラの姉や妹、先輩、メイド...といったふうに、ライバルポジションも魅力的な品揃え。巫女姫は何だったか、ヒロインの厳しくも優しい先輩か、攻略キャラの姉...か何か。そんなポジション。

性格悪い女担当が俺だ。



正直、俺の『巫女姫』の言葉に何の考えもなかった。


前世のゲーム知識などもうだいぶ朧気だが、キャラクターの個人名はまだしも、宗教的権威のある「巫女姫」の名は、二度目の生においても聞く機会があった。それで何となく、ああそういうのいたな、と覚えていた。

こうして、宗教一切合切に無関心な八歳児の俺の頭に、神殿は巫女姫とセットでインプットされた。

それで咄嗟に口から出た。


実際のところ、彼女はまだ正式な称号を得てはいないだろう。市井のゴシップや愛称程度。俺は巫女姫が実際に居ても良かったし、居なくても良かった。ただ神殿に押しかける理由が欲しかった。

まさか本当にお出ましとは。

既に次代の巫女姫と目されているのか。有望だな。




そんな聖なる乙女と、密室で二人きり。


ソフィアが今のうちにロリコンに囲われないよう......とかいって来たが、これ俺が未来の巫女姫に今のうちに唾付けてることになってないか。

これはこれで神殿への高度な喧嘩の売り方な気がする。



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悪役転生ジャンル違い エタらせ芸人 @bbback

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