第2部

第35話 死にゲーの火炎戦線

 月明かりの下、灰色の一波がどす黒い津波へぶつかっていく。


 不死の軍勢―――イモータルレギオンの壮絶である。


 荒涼たる土漠に集い混ざり合う、灰騎五千余と血眼三万超。巻き起こる砂と灰と霧。凶刃が金切る高音と、鈍器が叩く低音。地をどよめかせる馬蹄の響き。咆哮はない。言葉もない。ただ殺意あるのみ。死を臭わせて冷ややかな瘴気を、暴力衝動が熱く粘つかせる。互いに敵を討ち滅ぼすことしか考えていない。


 独り、狼だけは動かない。


 丘の上から戦場を見定めている。


 中央は騎馬が混み馬相撲の様相だ。前脚による蹴り合いや嚙みつき合いすらも起こっている。手数と技量の灰騎勢に対して血眼は数の圧力でもって優位に立ちつつある。他方、両翼は速さによる攪乱が機能しており灰騎が優勢だ。


 最端で駆け引きする少数の駆け様は波濤の飛沫か泡沫か。実力者はそこにいる。敵味方共に。


 異鬼―――この世界に仇為すことを選んだプレイヤー。


 灰騎と血眼の特性を併せ持つ彼らは、強い。灰騎に優ることはあれど劣ることは決してない。そら、灰騎が討たれた。剣で深々と刺された。手癖でパリィを狙い、その裏をかかれた形だ。


 別な灰騎……一本角のR6……あれはわかっている者の動きだ。槍での牽制が巧い。間合いの違いを戦いにくさとして相手へ押し付けている。それでいて逃さない。焦らす。そら、強引な攻めを引き出せた。そこへシールドバッシュ。即座に刺突。人馬諸共に貫いてのけた。


 狼は神剣を握り直した。ボロボロのマントもどきの内においてである。店舗の日除けと思しき拾得物だから、刀身に脈打つ赤熱をよく隠してくれるが。


 殺気は、どうにも隠しようがなかった。


 長く吸い、より長く吐いても静まらない。むしろふいごで火を勢いづかせたのかもしれない。内側に猛り狂う火が狼のいまだやわらかな部分を……人間であった頃の何かしらを燃やす。刀剣には可燃性の装飾など無用とばかりに。


 なぜならば狼とは駆り狩り刈る存在である。


 獲物は異鬼だ。異鬼を討つべくここにいる。


 戦局が動いた。灰騎右翼が攻勢を強めたのだ。血眼左翼を寸断し、大いに削っていく。誰ぞが戦闘秘術を使用したのかもしれない。やはりか特大剣を認めた。狂戦士のR7だ。尋常ならざる勢いで獣のように敵を屠っていく。あるいは異鬼も討ったのかもしれない。


 狂戦士に続けとばかりに灰騎たちが敵を襲う。そのまま中央側面へまで喰らいつこういう猛攻だ。前のめりであり、攻撃一辺倒であるから、後背に隙を晒している。致命的なまでの隙だ。


 狼が敵側ならば、そこを衝く。


 だから、敵もまた来るのだ。


 地形の陰から湧き出でたかのような一千騎。伏兵だ。速い。統制された鋭い軌道。あれは群ではない。軍だ。精鋭たる敵だ。つまりは異鬼で、それも複数……遠目にも硬質な紅光を数えるにおよそ半数、四百から五百騎の異鬼が隊列を組む。灰騎の殲滅を狙って駆け来たる。


 起った。まさに、狼の勇躍するところだ。


 白馬の疾走。馬鎧が揺れる。地を掻く馬蹄の音が増えていく。稀有な戦闘秘術が、狼を孤独なままに群狼へと変える。隊形は狼を突端とした楔の鋭利。


 異鬼集団へ直撃した。


 ただのそれだけで隊列を瓦解させた。二百騎からなる弾丸を撃ち込み、それを内部で炸裂させたようなものだ。討つよりも乱した。乱して観察する。


 脅威度の順位付けと、それらの分布とが、最適な位置取りを教える。


 ここだ。


 神剣を振り抜いて三つ、斬り返して三つ、首を刎ねた。


 霧と散ることも許さず焼き尽くす。次の獲物へ。血眼や弱敵は軍影に当たらせる。狩るべきは強敵だ。いずれは全て滅ぼすとしても、まずは強い異鬼を。どこのどんな人間の命とつながっていようとも、滅殺する。戦闘難度は高い。どの異鬼も憎悪の裏に技術を尖らせて、戦場斬り覚えの戦技をぶつけてくる。どの一技にも意地と才能と練磨がある。


 大剣による豪壮な縦斬り―――逸らせ両腕を断ち、炎上する首級を飛ばした。


 細剣による鋭利な喉突き―――かすらせ手を掴み、盾と使い捨て炎上させた。


 大盾による獰猛な盾殴り―――手指の位置を貫き、転ばせ炎の上から潰した。


 馬を棹立ちにさせ、睥睨。


 気圧されたものか躊躇いを見せる異鬼たちへ、左手で手招き。殺到させて。


 斬りに斬り突きに突き、燃やす。火炎に塗れて戦う。軍影に手負わされた者、無力化された者、羽交い絞めにされた者らも焼いていく。戦火の中にのみ戦果を確かめられる。彼方で上がった苦悶の絶叫も聞こえよう。


「むごいことを……同胞でしょうに」


 上空に、白い鳥。


 降ってきた意味を聞き捨てて、逆手で片刃剣を抜き放つ。それで辛うじて身を護った。払い落したのは投擲槍だ。狙いを澄ました一投だった。また飛来。これも激戦の隙を衝くあわやという一撃だ。強力な敵が潜んでいる。何らかの戦闘秘術が行使されている。


「戦闘三昧に明け暮れるだけでは、足りませんか?」


 いた。鱗鎧の異鬼。曲刀を構えて向こうから来る。余程腕に覚えが―――回避。避けきれずマントが穿たれた。投擲槍だ。払い落したはずのものだ。自動追尾し続けるということか。そういう秘術か。


 ここぞと周囲の異鬼も戦闘秘術を発動させたようだ。


 『鋭刃』『剛撃』『狂馬』『閃剣』『硬化』『三腕』……文字数が性能に比例するから、最大の脅威は投擲槍にかけられた推定『自動槍』ないしは『追尾槍』か。どの秘術も使い込まれた的確さでもって狼に迫る。それぞれに致命的であるが。


 狼には届かない。どれもこれも軍影が阻んだからだ。


 戦闘秘術『軍影発現』は強力無比である。その応用力は他の追随を許さない。最適かつ最速の動きで、狼を包囲する敵の連携を崩した。


 狼の眼前に鱗鎧の異鬼。互いに必殺の間合い。


 先んじさせた。業物であろう曲刀の鋭利を逆手の片刃剣で受けた。音は二つ。応じると同時に異鬼の首へ順手の神剣を突き立てた。すぐさま生じる物凄まじい炎。


 燃え果てる者へ一瞥とてくれず、次々に神剣を振るう。餌食にしていく。


「殺し尽くした先に果てなどなく、得るものの一片たりとてなし。つまるところが益体もなく、虚しさを感じる暇もなし。我が飛翔を見る目も、我が言葉を聞く耳も、まるでなし」


 戦の大勢はとうに決していて、狼はむしろ灰騎から異鬼を保護するべく軍影を動かす。囲い、孤立させて、神剣で滅ぼす。優先順位の高い目標については四肢を落として運ばせるまでした。焼く。霧へと逃がさない。


「飢えた獣のように自他の命を焼き続ける浅ましさ……なんという、なんという人でなしなのでしょう」


 狼は狩る。牙剥き騎馬を駆る。血眼を蹴散らし異鬼を刈る。


「愚かで醜く哀れな貴方様は、どうぞそのまま、燃え尽きていきなさいな」


 戦うたびにかけがえのない何かを燃やし費やしながら、誰に止められることもない。


 狼は独り、不死の戦場を奔る。


 戦跡の他には何も遺さず、死地を真に死地とするために。

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フシノゲイム/死にゲーで死にすぎた男の冴えた死に方 かすがまる @springring

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