第三幕(1) 一寸の蟲にも五分のカレーパン
「悪いが俺の目的の為、そのきびだんごは頂くとするで……オイ、聞いとんか?」
ポクポクポクポクポクポクポクポク。
一寸暴鬼が苛立った様に聞き返すと、和尚様が正座して木魚をリズム良く叩いている横で、桃我狂はちくわを片手に持って立っていました。
ポクツクパーツク♪ポクツクパーツク♪ポクツクパーツク♪ポクツクパーツク♪
桃我狂はおもむろにちくわを口元へ持っていくと、木魚に合わせて身体を揺らしながら真顔でボイスパーカッションを始めました。
和尚が歌い始めます。
「ナンミョウほうれん草♪ラッキョウ♪重ねて絶叫♪オイスターソース♪まろやか溢れる参考書♪」
桃我狂が加わりました。
「ほぃよマヨネーズ」
「おおっ!有り難い!」
和尚は缶詰をポクポクさせながら桃我狂の周りをぐるぐる回り始めました。
二人仲良く歌います。
「「つけもの♪つけもの♪おいしーーおいしーーつけもの♪」」
一寸暴鬼が店にやってきました。
「すみませーーん、ハクサイ下さーーい」
「おェーーい、ハクサイだってよ」
桃我狂の呼びかけに、店長の和尚が答えます。
「ヘイボンジュール!からあげ一丁!」
一寸暴鬼が喜んで言いました。
「わぁい!カレーパンそっくり!いっただきまァーーす!」
一寸暴鬼はからあげに勢い良くかぶりつくと──ふいに、身体を強く震わせて、泣き出してしまいました。
「かてェ…………ッ!かてェよ……………ッ!」
桃我狂は机に崩れ落ち落胆する一寸暴鬼の姿を見ると、目を閉じてスッと静かに彼の隣に立ち、それから向き直ってたった一言、言いました。
「オマエぇ…………だれ?」
「────!!」
一寸暴鬼は、まるで自分に雷がピシャァンと落ちたかの様な強い衝撃を受け、口をあんぐりと開けて驚愕しました。
「俺のッッッ!俺のッッッッ!」
一寸暴鬼は、からあげを力づくで無理矢理こじ開けると、中から装着するタイプの拡声器を毟る様に取り出し、怒りに任せて思い切り叫びました。
「俺の話を聞けェェェェェェェェェェェェェッッッッ!!!!」
桃我狂と、一寸暴鬼の二人は、飛び下がって睨みあいました。
もっとも、表情ひとつ変えずに佇んでいる桃我狂に対し、一寸暴鬼は小さくぜいぜいと息を切らしています。
「ハァ…ハァ……やるな…!桃我狂ォ………!」
一寸暴鬼が苦しげに桃我狂を指差すと、彼女は無言のままスッと真っ直ぐ右手を差し出して、言いました。
「お代」
「あんなモンに金が払えるかボケェ!」
一寸暴鬼が苛立った様にそう叫ぶと、白金の杵をドンッッと強く地面に打ちつけました。衝撃が地面をビリビリと伝い、強風が巻き起こって木々が揺れ、無表情で手を伸ばしたままな桃我狂の美しい茶色い髪も、ヒュウとたなびきます。
「……もうええ。遊びは終わりや」
一寸暴鬼は、そう冷ややかに呟くと、地面に杵を擦り付けたまま口元を不敵に歪め、ギラリと生え揃った鋭い牙を覗かせる。そして、妖しげで湧き上がる様な、血のように赤黒い邪悪なオーラを纏い、地獄から響き渡る様な低い声で、唱えた。
「
その瞬間、白金の杵がギラリと不吉な輝きを放った。すると──たちまち、辺りに禍々しく凄まじい強風が巻き起こり、それは二人を呑み込む様に覆い尽くした。
「!?」
桃我狂は目を見開き、腕を交差して防御の姿勢をとった。ギュオオオと荒々しく唸る風は桃我狂の身体中にジリジリと圧を加え続け、それはどんどん肥大化しやがて視界は赤黒く染まる。
しばらくの間耐え続け、ようやく風が収まったとき。
桃我狂の目の前に居たのは、あの一寸だけの小さな鬼では無かった。
一寸暴鬼は、まるで大仏の様に大きく、巨大化していた。
「暴」の字が書かれた紙は灰となって剥がれ落ち、顕になった瞳は血に染まった様に紅く光る。白金の杵も、それに見合ったサイズへと巨大化していた。
……いや、そうではない。
「ククク……周りを見てみな、桃我狂ォ……!」
一寸暴鬼は、そう言って不敵に笑った。
桃我狂が目を擦って辺りを見回すと、大きくなっていたのは、一寸暴鬼だけでな無い事が分かった。
折れた木々も、崩れた山の残骸も、ティータイムを始めた和尚も、目に映るもの全てが、遥か上まで見上げなければその姿を掴めない程に、巨大だったのだ。
「……や。逆かァ」
桃我狂はそう呟くと、桃の葉色の瞳を一寸暴鬼の血塗られた様な眼に合わせ、睨んだ。
ただ一寸暴鬼が大きくなった訳では無い。彼が桃我狂並の身長を手に入れた代わりに──桃我狂の方が、豆粒の様に小さくなっていたのだった。
「さァ……鬼ごっこの始まりやで⁇」
一寸暴鬼の紅い瞳が、いっそう邪悪な光を宿した。
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即狂むかしばなし! 〜地中からドドドとパイナポォ〜 極楽司狂 @Gokurakusikyo
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