第二幕 鬼やっほー鬼ヶ山(2)

渦巻く巨大な闇色の霧をぐぉんと切り裂き、漆黒の稲妻をバチィィと散らして現れたのは——まるで、DJのライブステージが中にそのまま組み込まれた様な、鬼ヶ山の空を覆い尽くす程巨大でメカメカしい重厚感を持ち、メタルボディが黒く輝くUFO。

ステージの中心では、服も髪も漆黒に染まったヤマビコが、ギャリギャリと空気を裂く様な荒々しい音を刻み続けている。

そのサングラスの奥の瞳は、やはり焦点が定まっておらず、ぐるぐると廻り続けるばかり。

「HYAAAAAAAAAAAHOOOOOOOOOOO!!

ア・ゲ・テ・ケ・桃我狂ォ!ギィブ!ミー!!キビキビ団子ォォォォォォォォ!!!!」


ギャウウウウウウウウウウウウウウンッッ!!


ヤマビコがディスクを勢い良くブン回すと同時に、UFOに搭載された巨大なメガホンから膨大な音波を放つレーザーが桃我狂へと襲いかかる!


「——ヴァ"ァァァァッッ!!」


桃我狂は、息を思い切り吸い込むと、負けじと地軸もろとも引き裂く様な爆音で叫び、真正面から音波レーザーをかき消した。


「brahhhhhhhhhhhhhhhhhhh!?」


自慢の音を防がれ、シャウトする様に唸るヤマビコを他所に、桃我狂はン"ンッと再び咳払いすると、暗闇を歪に照らすディスコの光にも負けないくらいに桃の葉色の左眼を輝かせ、元禄見栄を切って高らかに叫んだ。


「聴いて驚けおれェの名はァ!御歌たのしーー桃我狂!騒音退治のォーーー始まり始まりィィーーーッッッ!!」


桃我狂は勢いのままに御腰の刀をジャキンと引き抜くと、闘志漲る桃色の剣閃を煌めかせながら、ズダァンと踏み込み突撃した!


「ン"ギィィィィィィッッ!!」


ヤマビコは、サングラスの奥に不吉な光を宿すと、ギャウウンとますますビートを荒く響かせ、高鳴る鼓動と共にBPMを、一段、二段、三段、四段。

狂気に踊る旋律を、聴く者の鼓膜を超スピードで駆け巡るくらいにガンガンブチ上げ、喉が壊れる程にシャウトした。


「ン゛ンンンンンListen up 桃我狂ォォォ!Give me キビダンゴォォォォォォ!スリィィィィィィィ!ツゥゥゥゥゥゥゥゥ!ワァァァァン!Leady fight brrrrrrrrrrrrrrrrr!!!!」


ギ ギ ギギギギ ギャウウウウウウウウウウウウウウンッッッッッ‼︎‼︎


耳をつんざく轟音と共にUFOの巨大なスピーカーから、ダダダダとガトリングガンの様に連続で打ち出されたのは、ビートに乗ってまるで生き物の様にジュババと激しく飛び交う漆黒のノーツ!


「ア゛ハハハハハハハハァ!おもしれェーーーーーなァ!」


桃我狂はそう叫んで笑うと、駆け出した脚を止めず、稲妻の如く大地を蹴ってあちこちジグザグに飛び回りながら踊る様に刀を振り回し、弧を描いて煌めいた桃色の剣閃は、四方八方から迫り来る黒ノーツをひとつ残らず斬り裂いた。

斬られたノーツはパパパンと弾け、流麗かつ攻撃的な旋律を奏でる。


「キビキビ 鼓舞鼓舞YAAAAAAAAAAAAAA

HYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!」


ギュヴォヴォヴォヴォヴォヴォヴォヴォンッッッッッッ!!


鳴り響く洗脳的なサウンドと共に、素早く現れた無数の陰が、桃我狂の行く手を阻んだ。

それは、先程までボコボコになっていた有象無象のパリピ鬼達。

それが、何という事だろう。


「フォーーー!ストロンチウムハンバァァァァァァグ!」

「イェェーーーー!さっき燃えちゃったァァァァァァァァァァァ!」


我を忘れたように壊れた人形の如く首をブンブン振り回し、テンションアゲアゲで桃我狂を取り囲んでいた。よく見ると、奴らの傷やこぶは、綺麗さっぱり消えている。


迫り来る鬼達を前に、桃我狂は刀を手に大きく振りかぶると——それを、奴らに向けて、宙を切り裂くブーメランの様にブン投げた。


「奥義ぃ……!『桃手裏剣ピーチスター!』」


刀は空中で高速回転し、桃色に煌めく剣閃は円を描いて輝ける流星の如く桃我狂の周囲をズババババァン!と光の様なスピードで飛び交い荒れ狂い、群がる鬼共を文字通り一瞬にして蹴散らした!


「ン"ギィィィィィ…………コブッッ!?」


ヤマビコは苦しげな声をあげて黒く染まった髪を掻きむしったが、もう遅い。

桃我狂は、メガホンで巨大化させた様な勢いで地面をズドンと蹴り出し飛ぶと、右腕を振るって宙を飛び交う刀をキャッチし、左手で御腰のきびだんごを素早く口に放り込むと、UFOの真上で刀を思い切り振り上げていた。

カッと開かれた左眼と刀身が、闇を切り裂く五色の光に包まれる。


「アこれにてェェェェ一件落着ゥゥゥゥゥゥ!『一騎当千・怒駑弩奴ドドドド狂鬼斬り』ィィィィィィィィィィィィィッッッッッ!!!!」


空を引き裂く様な大声がギュアアアアと響き渡り、UFOの全機関がショートし、バチバチと雑音を鳴らしたところに、一切合切を断つ千倍増しの最強の一閃!


「HYAAAAAAAAAAAAAAAAAAHAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!」


チュドォォォォォォォォォォォォンッッッ!!


ヤマビコとそのUFOは、これまでの何よりも山中を揺るがす大音量の大大爆発音を轟かせ、彼女の叫び声と共に爆発四散した。


五色の光が消え、桃我狂が華麗に着地し元禄見得を切ったと同時に、辺りを暗く照らす漆黒のディスコは萎む様に消え去り、気付けばヤマビコもその他の鬼達もその場に倒れ込んでいました。

……ところが、闇に覆われた空だけは、晴れる事はありませんでした。

「…………」

桃我狂は、少しの間黙り込むと、頭を頬をかきながらジロリと辺りを見回しました。


すると、ふいに何処からか声がしました。


「へェ。アンタが桃我狂か。随分気ィ抜けるカオしとんな」


その時、コン、と何かを地面に打ち付けた様な軽い音がしました。

それと同時に——さっきまで立っていた地面が——山全体が、ビキビキとヒビ割れ、ガァァァンッ!と一気に崩れ始めました。


「———!」


桃我狂は、咄嗟に高くジャンプしました。

山はガラガラと崩れ去って地形を変え、土煙が舞い上がります。

煙が晴れ、桃我狂が地に降り立った時には——なんという事をしてくれたのでしょう。山は見事に、扇風機に突き刺さった先割れスプーンの様な形へと変えられてしまいました。黒く濁った川にはナルトが「こんちにはァ〜〜〜」と言いながら流れていきます。

桃我狂がそのスプーンの頂によく眼を凝らすと、一寸程の生き物が、ちょこんと座ってこちらを見下ろしているのが分かりました。

その男は、ザンギリの黒髪を持ち、血のような紅色が染みた柄の着物を着ていました。

顔には、黒墨で「暴」と書かれた紙が貼り付けてあり、手には持ち主に似つかないくらいに神々しく輝く白金に覆われたミニチュアの杵の様なものが握られています。

男は杵をブンと振るうと、訛りを含んだ余裕綽々な声音で言いました。


「よォ、初めましてやなァ桃我狂。俺の名は『一寸暴鬼いっすんぼうき』。アンタの御腰のきびだんごを狙う盗賊にして、鬼や邪悪を束ねる暴力上等の伝説れじぇんずや」

「…………んぁ」

桃我狂は、距離とサイズの問題から、一寸暴鬼と名乗った小さな強敵の放った言葉を、あまりよく聴き取れませんでした。

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