第二幕 鬼やっほー鬼ヶ山(1)

むかぁし むかし あるところに


偶から産まれた桃我狂桃我狂は、ファンキーな鬼共に正義のぶぶ漬けを喰らわす為、鬼ヶ山へとやってきました。


「……着いたァ」

桃我狂は眠い目を擦ると、そびえ立つ鬼ヶ山を麓から見上げていました。

その山は動物が立ち寄った瞬間に失神する程の見るからに禍々しい邪気を放ち、炭の様に黒い地面は踏みしめる度にジャリジャリと嫌な音を立てます。 頂上は血の様に紅い雲の上に隠れてとても見えず、空は覆い隠され夜でも無いのに辺りは薄暗い闇に包まれています。

桃我狂は、せっかく山に来たので、とりあえず叫んでみる事にしました。


「やァーーーーッ、ほォーーーーッ…………」


しかし、いつまで経っても、こだまは帰って来ません。ひょっとして、此処が麓だからでしょうか。桃我狂が何とも言えぬ哀愁漂う表情を浮かべ、静寂の風に吹かれていた時でした。


「HYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAFOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!!!!!!」


ふいに、桃我狂の頭上から甲高いシャウトが降り注いできたかと思うと、彼女の足元で爆発しました。声は、物理的に降ってきたのです。


「…………うぉ」


桃我狂は小さく唸ると、軽く身を反らせて爆発を躱しました。爆風で彼女の長い前髪が揺れます。

表情ひとつ変えずその場に佇む桃我狂の前に、鬼が現れました。

その鬼は虹色のサングラスをかけ、カラフルなパーカーに身を包み、紫のヘッドホンを付けた若い女性のようでした。

鬼は華麗にバク転すると近くの岩の上にストッと着地し、桃我狂を指さして言いました。


「HYAAAAAAAAAHOOOOOOOOOOO!!


ア"ァ"ーーーーーーイムッッッッッッ!!


D•J!!!YA☆MA☆BI☆KO☆!!!!


Hey桃我狂!!!!私らと勝負しろ!!!!!」


 そうして〝ヤマビコ〟が指を弾きます。すると、なんという事でしょう。


 炭色の爛れた地面の下から、


ドッ♪ ドッ♪ ドッ♪ ドッ♪ ドッ♪ ドッ♪ ドッ♪ ドッ♪


と、16ビート調のkick音が鳴り響き、足元を通して身体全体を揺さぶってくるではありませんか。


これには思わず桃我狂も、真顔のまま首を揺らし、口でスネアを刻み始めました。


それだけではありません。


音楽が流れ出した瞬間、鬼ヶ山の禍々しく邪悪な景色は畳を返した様にあっという間にくるりとひっくり返りました。

気付けば空にはカラフルでディスコな光を撒き散らし闇を灼き払う太陽代わりの巨大なミラーボールが浮き、地面そのものがLEDで足元を照らすダンスゲームと化し、辺りにはDJセットやメガホン等の機材が幾つもセットされています。

色とりどりな照明とEDMに合わせていつの間にか現れたファンキーな鬼達が踊り狂うその光景は、さながらディスコナイトそのものでした。


これには思わず桃我狂も、サングラスをかけヘドバンしながら、ステージに上がっていきました。

その様子を見たヤマビコは、踊り狂う鬼達を従え、派手な紫のマイクを持ち、宙を舞うディスクのビートに合わせて勇ましくノリノリな様子で、人とは思えぬ程高速でまくし立てました。


「……来たな!天下の桃我狂様すら戦々恐々する天皇星もとい絶叫癖ありまくりな鬼ヶ山の激YAVAラッパーーァ!とは私の事だこのYABIKO様に挑もうが無駄だろうさこのリリックがPrrrrrァァ!!ステージごと吹き飛ばす!!!」


最早、何て言っているのか聴き取れません。

桃我狂は、無言のまま何とも言い知れぬ表情で荒ぶるヤマビコを眺めていましたが、ふとおもむろにマイクを手に取ると、咳払いし、聴く者全てに対してただ一言、発しました。


「——ワ"ァ"ァ"ッッッッッッ!!!!」


激しく音割れし、機材は砕け、空気を揺るがし、周りの鬼達が卒倒する程の大声が、鬼ヶ山中に轟きました。

桃我狂は、相変わらず無表情のままでしたが、その桃の葉色の瞳からは、まるでライブを成功させたアイドルの様な確かな達成感と爽やかさが見て取れます。

流した汗はきらりと光る宝石のようです。


しばらくすると、ガレキをかきわけ、フラつきながらも再び桃我狂の前に立つ者がいました。ヤマビコです。


「ハァ……ハァ……わ…私のbruh共を全滅させるてはな……流石、中々のpowerだぜ……」


ヤマビコは息を切らしながらも、毅然とした態度を崩さず桃我狂を指差しました。


「……わさび食べたい」


桃我狂は、壊れて足元に散らばったディスクを見て、そう呟きました。

ヤマビコは、何処からともなく新たなディスクを生み出すと、ビートを刻み、痛む足でブレイクダンスを踊り、それから指を弾いて言いました。


「だが!!次のbattleではこうはいかないぜ!hrrrrrrrrlisten up baby!!『叩いて被ってジャンケンポン』で!!!勝負だ桃我狂!!!!」


そうして、いつの間にかステージは復旧し、ミラーボールが照らすゴキゲンなフィールドで二度目の戦いが行われました。失神したはずの鬼達もファンキーなヤジを飛ばします。


「パーだァ!ジャンケンは指が多いパーが最強だぜ!!!」

「叩けーー!ひたすら叩きまくれェーー!!!」

「ディスコは食べ物じゃ無いからァ!!!食べたり齧ったりしちゃ駄目だぜェーーー!!!」


鬼達を他所に、ヤマビコはこんがり焼かれ膨らんだ餅を頭に乗せ、戦闘体勢に入りました。一方で、桃我狂はカカシの様にただ突っ立ったままです。


音楽が止まり、辺りに静寂の風が吹いた刹那。


掛け声だけが、ステージに響き渡りました。


「叩いて!被って!ジャーーン!!ケーーン!!ポォグォフゥッッッ!?!?」


桃我狂は、無言でヤマビコの顔面にアッパーカットを喰らわせました。

フライパンが凹んだ様な鈍い音がし、サングラスが割れ、衝撃でヤマビコの身体は宙を舞います。


桃我狂は無表情のまま、しかし少しだけいつもより高めのトーンで言いました。


「……うぇーーーい。勝ったぁ」


ドサッと地面に落ちたヤマビコは、悔しさを噛み締めるように言いました。


「クソッ……負けたぜ……!」


ガレキに座って握り飯を頬張る桃我狂に対し、ヤマビコは身体をゆらりと時間を巻き戻す様に起き上がらせ、割れたサングラスの奥の瞳を血走らせて言いました。


「……桃我狂。ディスコって最高だよな!」


「?……んん」

桃我狂は、どんな感情が篭っているのか分からない眠そうな目をヤマビコへ向け、握り飯を頬張りながら頷きました。


「最高って、一番盛り上がるって事だよな!!」

「んん」


尚もヤマビコの眼は血走り、雲によって薄暗く染められた風景を反射して黒い光を放ちます。


「でも、まだ。それなら…………もっと。 


もっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっとMOREMOREMOREMOREMOREMOREMOREMOREMOREMOREMOREMOREMOREMOREMOREMORE!!!!!盛り上げてくれるよなMy bruh!!!!お腰のアイテムをバラ撒いてみな、私はそれがこのディスコナイトをサイッッッコーにExcitingな物にするの手段になる事を知ってるぜ!!!!!」


耳をつんざくノイズと共に、辺りの空間全てを包み込み汚染する様な禍々しい漆黒の邪気が、ヤマビコの華奢な身体へと注がれていきます。

ガレキは黒い風にさらわれて激しく宙を舞い、鬼ヶ山を照らしていたミラーボールは点滅し、その光から明度が急速に失われていきます。


桃我狂はひとつ欠伸をし、それから首をブンと振るうと——長い前髪で隠れていた桃の葉色の右眼をギンと光らせ、先程までの気怠そうなオーラを鬼をも蹴散らすその眼力で吹き飛ばし、余裕綽々で不敵に笑った。
































  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る