第2話 貴方が変えた未来から

 「でさ、今日、あいつがね……」


 「へぇ~? そうなんだ、あ、そろそろ授業始まっちゃうよ?」


 「あ、ほんとだ。ナイス、ここっち。つーか、大体問題なんで受験終わったのに授業なんてあるんだよ。いらねーっての」


 「まぁまぁ」


 


 ここ数日、心が飛び跳ねている。五日後、あと五日だ。




 やっと、美紗みさに会える。




 うちの親は学業に厳しくて、あんまり自由にはさせてくれなかったけど、五日後の卒業式、もしも央高に受かったなら、学校を視察しにいける。まぁ、そんなのは前置きで、美紗に、会える。


 美紗、覚えてくれてるかな。それだけちょっと心配だけど、多分、大丈夫。根拠なんてないけど、そんな気がする。




 央校は不思議な学校で、他県の受験生にも受験資格がある。


 それを聞いたとき、何かの運命でも働いたのかと思った。


 もう会えないと思ってたのに、連絡先も、今の友人関係も、何もかも知らないし、家と顔しか知らないけど、すごく仲の良かった美紗と。




 多分、親はあの子と私を離したかったんだと思う。だって、実際問題かなりトラウマになっちゃったしね。




 でもさ、やっぱり会いたいじゃない。心配じゃない。そこで私に火が付いた。


 人間、目標があれば案外突っ走れるらしく、そこから学業の成績もうんと伸びた。言っちゃなんだが、たかが義務教育、やればわかる。


 案外楽しくて、ドツボにはまってやりこんでたら、受験前には先生にも大丈夫だろうと言われた。手ごたえも悪くない。




 そして、あまりにも短い五日間を過ごして、時は来た。


 心はガチガチに固まって、顔は自分の靴以外を見ようとしない。あぁ、あんなに自信があったのに。怖い、ただ怖い。




 二時になってバサッて音とともにワーだとかキャーだとか聞こえたけど、




 でも、怖いじゃない。


 こんな時、あの時だったらどうしたかな。あの娘を私、どうやって励ましてたっけ。




 「ファイト、だよ?」


 「むぅ、見ててよね?」




 そうだった。はは、よっぽどあの時のほうが大人だったりして。思わずふっと息が出る、ああやっていっつも。……そうだよ、見ててよねっ!


 四五番、四五番……。




 「あった!」思わず声が出た。他の番号を見たところで誰が受かってるかなんて知る由もないけれど、ここはトップ校。


 負けん気の強い彼女のことだしここにいる気がする。ここにいると思ってここを受けたんだし、ここに通ってほしいと願う。




 「お母さん、明日ちょっと下見に行って来ていいよね?」家に帰るなり開口一発、言っておかないと。


 「浮かれすぎよ、……ただ、約束だったもの、仕方ないわ」




 その夜、合格して一気に緊張が解けたのか、今まで考えてもなかったことが頭の中をぐるぐる駆け回る。




 もし、別の友達ができていて私なんかが行っても煙たがられたら?


 もし、央校を受験してなかったら?




 ……もし、拒絶されたら?




 全部、何もおかしなことじゃない。


 そんな嫌な想像を追い払うように布団にもぐったけど、その日はよく眠れなかった。




 翌日、考えがまとまるまで待とうと思って家にいたけど一切なくならなくて、時計を見たらもうお昼を過ぎてたから焦って家を出てきたけど、電車の中でも、駅についてもそのもやもやはなくならなくて、気づけば勝手にあの公園の前にいた。


 駅から出てすぐの、二人の家からはちょっと遠い、こぢんまりとした小さな公園。公園の入り口には看板が立てかけられていて、明後日からここが取り壊されること、長年愛されてきたこの公園で、公的な着工式を行う旨が書かれていた。




 美紗、悲しむだろうなぁ。ここ、気に入ってたし。逆にあれ以降嫌いになってるのかなぁ、それとも忘れ去っちゃってるのかな。そうだとしたら悲しいな。




 そんなことをぼんやり考えていたら、5時のチャイムが鳴って、あの時の私たちみたいな年ごろの子供たちはみんな家に帰っていった。


 このままちょっと待ってたら確かきれいに夕陽が見れたはず。でも、若干赤みがかった公園にいると泣きそうになる。ここが紅に侵される前に逃げるようにこの公園から去る。




 あの時も確か鮮やかな茜色の夕陽がここを照らしてた。先に私は帰っちゃったから、どうしてもっと美紗のこと待ってあげなかったんだろうってここで後悔して、何回かお見舞いに行ったけどその痛々しさがトラウマになっちゃって。




 忘れられてるかも、知れないな。




 合格発表の時とはまた違うけど不安になって、勝手に悲しくなって悩んでいたら、懐かしい思い出故か、足が勝手に美紗の家の前まで私を運んでいた。




 もう遅いけど、ピンポンして、返事があったら元気な証拠。また、学校で会えばいい。ちょっと顔を除けたら、それで。そう思ってチャイムを押したが、返事はない。出かけてるのかな。




 少しほっとしたけど、どうしても未練があって、うろうろして、どうしたいのか分からなくなって。そうしたら、




 「ここちゃんかい?」




 ふと声をかけられた。私たちに良くしてくれていた隣のおばさんだった。恥ずかしさからか、さび付いた臆病の螺子ねじは気づいたら飛んで行っていた。




 「あ、あの、美紗は、美紗は知りませんか?」




 今思えば、挨拶の一言もなしに何をしているんだと怒鳴りたいほどの醜態だったけれど、おばさんはあの時のままだった。心が広くて、少し鈍感で。




 「あぁ、みさちゃんね。まだ足が治ってなくてお母さんの所にいるんじゃなかったかな」




 「ありがとう!」




 美紗はまだここにいる。嬉しいんだか、まだ治ってないことを哀れんだんだか、今日の自分はコントロールできないな。でも、行かなきゃ。




 病院はすぐそこだ。思い出よりもかなり黄ばんでいたけど、ここであってるはず。


 面会時間はもう過ぎてる。でも、このままじゃ帰れない。会いたい、折角ここまで来たのに会えないなんて、そんなの、報われないじゃないか。




 「すいません。私、花立心端はなたち ここはと言います。心に端っこって書いて心端。ここに美紗っていう娘がいるはずです。面会しにきました。事務員の方に伝えてくれませんか。誰かにきっと、伝わるはずですから」


 「……」




 目の前の人は黙っていた。こんな時間に来たことを怒っているのだろうか。恐る恐る顔を上げると、懐かしい顔があった。でも、いやまさか。




 「ここちゃん?」




 驚いた、彼女は事務の人じゃなかったか。でも、ここにいるなら話は早い。本当はもっと話したいけど、時間もないんだ。仕方ないと意を決していきなり本題をを振る。




 「美紗に面会、できますか? と言うか出来ますね?」




 やりますよ? と、押しに押しを重ねる。彼女は押しに弱い、弱みに付け込むようだけど、早く会いたい。ここまで来たんだから。




 ふぅ、と、ため息をついてから彼女は笑った。


 「何としても、ね?」後ろを向いて、


 「問題児ちゃんがいるわ、鍵、開けておいて貰える?」


 と、ちょっとうれしそうに、ちょっと泣き声でそう言って、彼女は奥に入っていった。




 病室への通路で、彼女から美紗の足はもう、動かないこと。車いすを扱う練習をしているが、寝たきりだったせいで筋力的な面からも一年弱はここからも出られないことを知った。




 「ここを左で美紗の部屋よ、じゃあ、話しておいでね」


 そう言ってエレベーターで別れた。彼女はどうやら私たちを二人にしたいらしい。




 「ありがとう」




 別れ際に言われたその言葉がジーンと胸に響いた。




 あんなそっけない態度をとってたのに、改めて優しい人だななんて考えつつ、言われた部屋の前に立つ。その表札には彼女の名前が書かれていた。




 ここに、美紗がいる。衝動的にここに来たからあんまり心の準備はできてない。悪い癖だな。そう思いつつ嫌な未来を切り捨てる。大丈夫。証拠?そんなものなんてない。でもいいじゃないか。




 コンコンコン




 美紗だ。一目でわかった。あの時よりも細いけど、あの時と同じ懐かしい顔。あぁ、でもこういう時、どう言えばいいんだっけ。




 「元気、してる?」


 「……」




 変なこと聞いたかな。でもさ、ねぇ、返事してよ。よく、見えないや。


 どうしても顔を直視できなくて、ぼやけた視界のまま早口に続ける。何か、何か会話の糸口を。




 「あの公園、小さかったけど、明後日着工式があるから、……




 違う、そんなんじゃない。でも、なんて言えばいいんだろう。




 ……あなたの家を訪ねて会おうと思ったら、留守で。お隣さんに聞いたら、まだ、戻ってきてないって言ってたから」




 そうじゃない。何をしてたのか、最近の楽しみは何なのか。そんな感じのー




 あ、でも、その前にこれだけは。目を逸らして聞きそびれる前に。


 「その、昨日、中学の卒業式だったの。中央高、分かる?ここの一番上の」




 ぼやけた視界でもわかる。それがどうした、みたいなそんな啞然とした顔をして。


 だって、あなた、負けん気が強いもの。それがどうしたって?ただの確認よ。




 「行くんでしょう?」




 少しの間を空けて、ようやく彼女の口が動いた。




 「……凄い、そう」




 懐かしい、でもあの時よりちょっと低くなった声。サプライズのつもりだったけど、もう察されちゃったかな? 




 「私も、行くの」




 ……喜ぶ顔を期待したのに、彼女の顔は苦虫を嚙み潰したような、無理やり笑顔を作ろうとしたような、そんな感じだった。思っていたのと何か、違う。




 「でも、」彼女が不穏な言葉を紡ぐ


 「私、足が、動かないの……だからごめんね。私はあなたの思ってる通りにはなれない、かな」




 あぁ、なんだ、そんなこと。




 「知ってる。私はあなたが治ってると思って来たのに、あなたがここにいたんだもの。


 でも何もしないと思う?貴方が来れるようにしておくから。任せておいて。そのぐらいやってみせるよ」




 そのくらいのこと、勿論する。当たり前だ。なのに、それでも寂しそうに笑う美紗を見ると、軸をとらえていなかった気がした。




 「無理。気にしないで。さっきも言ったように私は貴方の期待に応えられないから」




 なんで? そこは素直に喜んでくれればいいじゃない。




 「そんなこと言わないでよ。あなたのお母さんから聞いた。……勿論あなたがリハビリを終えても車いすだってことも。だけど、だけどさ。あなただって頑張ってきたんでしょう? 私は楽しみ。あなたが学校に来るのが、あなたと学校で会うのが。1年リハビリにかかるってことは、来年からは来れるんでしょ? それまでの埋め合わせは私がするから」




 だってさ、




 「また、ね? あの時みたいに」




 「……私はもう貴方の思う私じゃないのっ!」




 唐突な大声に思わず驚く。思わず目が覚めた心地だった。


 私、何、理不尽なことを言ってたんだろう。元気? だなんて私に言われたくないだろうに。あの時みたいに、なんて、こんなに離れてしまったのに。




 「だから」




 見たく、なかったのかな。もう、言わないで、その先を。ゆっくりと次の言葉を紡ぎだした彼女の口を無理やりにでも塞ぎたくなる。やめて、言わないで。




 「あの時の私たちには戻れない。きっと」




 そうなの? そうだったの? 貴方は嫌だった? でも、でも……


 ふと、思い出す。ああやってあの時喧嘩した時も、食い違った時も。……結局私はあの頃の幻燈を見る。




 ……お願い。申し訳ないけど、私、捻くれてるからさ。未練がましいんだ。




 思わず彼女の右手を包む。




 「覚えてる? あの時、こうやって右手を挙げて」


 「貴方はこれから頑張るの、いい?」


 「……」




 どうか、思い出して。あの時みたいに、じゃないの。綺麗事でいいじゃない。思うようにこの先を捻じ曲げて何が悪い。別に一回離別しても、修復しよう。雨降って地固まるって、言うじゃない?




 「その、ファイト、だよ」




 思わずちょっとはにかんでしまう。


 諦めたようにふっと息を抜く音がした。ありがとう。やっぱりいつも私は貴方に頼りっぱなしみたい。




 「見てて、よね」


 「ただ来てくれればそれでいいから、あの時の私たちに逆戻りしたいわけじゃない。 いい? 私は貴方とまた、貴方とまだ、親友でいたい」




 でも、私たちはあの時のままじゃない。ね? 私たちだって成長したんだ。できることも増えてる。もちろん考え方も変わったけど、それはそれでいいじゃない。また遊ぼう? また話そう?




 「……」




 無言かぁ。でも、もう一押しだけでも。そうとも思ったけど、ふと視界に入った紅い床が私を正気に戻す。




 ……いや、違うか。違うよね。こんな時間まで付き合ってくれたんだ。これ以上迷惑をかけるほうが悪いはず。残念だけど、また、後日。ないかも知れないけど、また、後日。声が上ずらないように極力明るく聞こえるように努めて笑う。




 「……またね。貴方ならできるとか、立ち直れるとかは無責任すぎて言えないけど。でも、待ってる」




 これ以上の会話はなんだか悪い気がして、無理やり会話を打ち切る。正直なところ美紗が嫌がるならその心を未練がましく傷つけてしまうのはなんだか違う気がしたのだ。




 結局のところ、自己満なんだ。重く、沈んだ足取りを、できる限り傷つけないように隠して扉へ進む。




 美紗は窓のほうを向いてピクリとも動かなかった。




 ……結局、引き留めもしてくれないか。沈んだ気持ちのまま私は扉に手をかける。はは、視界に光がない。こんなことなら、来ないほうが良かったのかな。




 「……ん、じゃあね」




 扉が閉まり始めて、ようやく彼女も口を開いた。顔は外に向いてるままだし、ちょっとそっけないな。残念だけど、厳しいか。やっぱりこんな一刻では、戻らないよね。


 薄々気が付いてたけど、やっぱりそうなのか。扉が閉まるとともに細くなっていく光の筋に、自分の夢見た未来を重ねてしまう。




 でもなんだか名残惜しくて美紗を見てたら、窓を向いた口が、ほんの少しだけ動いた。




 「……楽しみにしてる」




 ぇ、ガシャンと音を立てた扉を思わずもう一度こじ開けようと手をかける。残念ながら、ここの病棟はオートロックだ。帰ってくるのはガチャガチャという音だけで一向に開く気配もない。




 狡いよ、美紗。こんなタイミングで。聞き間違いかも。そんなことはわかってる。だけど思い違いでもいい、空耳でもいい。恥ずかしくてあっちを向いてただけって思えば、そうとも思えてきた。……嬉しい、嬉しいや。




 ……あれ? なのになんだか視界がぼやけて見える。おかしいな。本当は飛び上がって喜びたいのに。体も勝手に扉の前でへたり込む。


 昨日の睡眠不足が祟ったか、感情の変化が激しすぎてか、どうやら心も体もへとへとだったらしい。




 下の階につくと、彼女は席を外していた。待ってもいいんだけど、なんだかこんな恥ずかしい姿を見られたくなくて、ありがとうございましたと言っていた、と伝えてくれるように言ってから病院を後にした。




 あ~あ、もうこんな時間だ。確実に親には怒られるだろう。でも足取りは軽快。連絡先でも交換しておけばよかったななんて考えながら、駅へ向かう。




 あの公園の前を通るとあの日の様に夕陽が燦々と輝いていた。これはある意味この夕陽が引き裂いて、引き合わせた縁。そう思うとなんだか神々しいもののような気がして手を合わせておいた。どうか、どうかこの先もこの縁が紡ぎ続けられますように。




 その日の夕陽はあの日のようで、その何よりも輝く光輪が、私を祝福するようだった。





 こちら(多分)後日談となります。後の二人の関係のちょっとした質問企画です。もしよければどうぞ。↓

https://kakuyomu.jp/works/16818093082365351574/episodes/16818093082370519741

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夕陽が紡ぐ物語 三門兵装 @WGS所属 @sanmon-3

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