私のお姉ちゃんの好きな人は私のお姉ちゃんを好き
「何してるの?」
「シッ」
珍しくアルがハンナを制した。アリスはアルから借りたニンテンドーDSで日本版の『リズム天国』のパーフェクトに挑戦しているところだった……。
一面をクリアすると、「わー、すごい」ハンナが褒めてくれて、アリスは「えへへ」となった。続けて別のステージに突入して……それから人が入れ替わり立ち替わり、猫たちもあくびをしたりして、アリスはどんどん面をクリアしていった。
アリスはあまりに集中していたのでだんだんご飯時になって、喫茶店の方も忙しくなり、ハンナたちも居なくなってることに気付かなかった。
終盤の面をクリアした頃に、ふと視線を上げると頬杖をついたギルがじっと自分を見ながら座っていることに気付いた。
「わっお兄ちゃ……ギルさん」
外はもうだいぶ暗くなり始めていた。
「なんで相席ナンデスカ……いつもカウンターなのに」
「や、けっこうお客さん入ってるし」
アリスはちらとレジのほうを覗いて、今日はシェーラさんがシフトの日か、と思った。それからこっそり尋ねてみた。
「あの、ギルさんは……お姉ちゃんのことを、どう思ってマスカ?」
「好きだよ」
真顔で即答したので、アリスはちょっと面食らった。
「好きなのは知ッテマス……見た目とか性格の話デス」
「あー、そういう……まあ、なんだ、可愛いと思う。化粧っ気はあんまないけど」
改めて具体的に訊かれるとなんだかちょっと恥ずかしいのだった。
「私のコトはどう思イマスカ?」
ギルは(あまり意識したことなかったな)と思ってアリスのことを一瞥した。
「んー、……そうだなぁ、やっぱりイリスに似てるところがあると思う」
「それは男性から見て可愛いという事デショウカ?」
「あ、うん、はい」
そういう
「ギルさんは、」
「はい」
「ハンナさんと仲がイイデスヨネ」
なんかイリスにも同じようなことを訊かれたな、とギルは思った。
「俺だけじゃなくて、アルもヘンリーもそうだよ。俺たちにとってクレアやハンナは……妹みたいなもんでさ、たぶんアリスやシェーラ(とレベッカ)のこともそうだよ。ほら、ハンナは、親父さんが居なくなっちまったろ? 誰が決めたわけでもないけど……自然と、みんな守ってあげたくなるんだよ、なんか」
そのハンナに対しての「妹みたいなもん」「なんか守ってあげたくなる」というのは分からないでもなかったが、部外者のアリスやイリスからすると、やっぱりなんか特別な関係に見えてしまうのだった。
(しかし、これでは、ハンナのアルさんに対する恋路はより一層手ごわそうな……)
と、アリスは心のなかで思った。アリスは気付く由もなかったが、【記憶喪失】したあとの「ハンナさん」の人格は、ギルとアルとヘンリーの三人からの保護によって形成されたものだった……平たく言えば、男衆三人がハンナと疑似家族的な関係となることで恋愛が一種のタブーと化し、その影響で「ハンナさん」の人格もまた性愛の少ない、アセクシャル的なものになったのだろう。
だからハンナの恋路とアリスの恋路の困難さは、どちらも周囲のハンナに対する篤い親愛の情に由来するという意味で、実は一致しているのだった。
ずっと集中して何も食べずにゲームをしていたアリスのお腹が「ぐう」と鳴った。ギルはちょっと苦笑いして言った。
「……なんか食うか?」
「こ、子供扱いしないでクダサイ」
でもパフェとお茶をごちそうになった。最近は甘いものばかり食べている気がする。お姉ちゃんに「太るよ」とまた怒られるかもしれない。
噂をすれば影で、ドアが「ちりんちりん!」と鳴ると姉のイリスも喫茶店にやってきて二人を見かけると、近づいてきてギルの隣に座りながら言った。
「珍しいね。二人で仲良く何話してたの?」
「なんだろ……人間関係の話?」
「ああ、世間話か」
姉があまりにも自然にギルの隣に座ったので、アリスはごろんと頭を机に転がしつつ、むくれて(ギルに通じないロシア語で)ぼやいた。
<あーあ、お姉ちゃんたちはいいなー、両想いでさ>
言ってる言葉は分からないが、そういう拗ね方まで姉妹そっくりだな、とギルは思った。
「え、あ、そういう話?」
ウブなイリスは未だに恋愛関係の話をするのが照れくさいのだった。
<二人とも、いつ結婚するの? 子供とか欲しいの?」
<えっ! ……そ、それは、まだだよ>
<じゃあ、つもりはあるんだ>
イリスは「うー」と言って真っ赤になった。「何の話?」とギルが尋ねて、イリスはちょっと返答に窮した。
「ギルさんがいつ私のお兄ちゃんになるのか、っていう話デス」
そうやって半分は腹いせに仲睦まじい二人をからかったが、実際のところ気のおけない家族が増えるのは、アリスにとって満更でもなかったのだった。
パフェはフランス語で【完璧な菓子】と呼ばれ、どこを切り取って食べてもまるごと全部が甘いのだった。
アリスちゃんとハンナさん 名無し @Doe774
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