願望
《陰下優慈》
ドアを開けると喜与は衰弱しきっていた。それでも笑顔を絶やさないのがもはや呪いのように思えてきて少し不気味だったのを覚えている。
まさか・・・。喜与が何かをごまかそうとしていることは一目瞭然だった。だが喜与がここまでして隠したいこと。俺の思い過ごしだと思いたかった。
「なにか隠してる?」
だが、願望に近い俺の期待は桜の如く散っていった。
「優慈には何も隠せないね。」
「私ね、余命宣告されちゃったんだ」ほそぼそと途切れる喜与の言葉を俺の耳は的確に聞き取ってのけた。
「そんな・・・」その途端、強烈な吐き気とめまいが俺を襲った。感情が乱れすぎてなにがなんだかわからない。いきなり語彙を取り上げられたような、脳と口が噛み合わない感じ。鈍器で後頭部を思い切り殴られたときの感覚とも言えそうだ。とにかく頭ではわかっているのにそれ以外の心や何もかもが追いついていない。気持ち悪い。
喜与は言葉を返しては来なかった。ただ、なにも言わずに布団を抱きかかえ号泣していた。ああ、冗談なんかじゃないんだな。そう認めざるを得なかった。
「そうだ、小説を書こう!それを俺が編集者の人に渡して・・・」これ以上喜与の涙を見たくなかった。悲しい気持ちに飲まれていく喜与を救いだしてあげたかった。
だから喜与の夢や好きだったことを片っ端から並べ上げた。それが喜与にとっていかに残酷なことかその時の俺は気づいていなかった。俺が投げつけた喜与の好きなことや夢。半年後に全て取り上げられてしまうかもしれないという恐怖を与えてしまったのだ。
その時、泣き声とも取れる女性の叫び声が病室に響き渡った。
そして今度は小さすぎて聞き取れないような繊細な声で
「私がなにをしたっていうの・・・?」
「なにもしてないよ。喜与は悪くない。神様が悪いんだ。」
(俺が変わってあげられたらどれだけ良かったか。)将来の夢もあって人に優しい女の子。死ななきゃいけない理由がこれっぽっちもないじゃないか。
それ以来、俺の思想はどんどん飛躍していった。今もなくならない児童ポルノや窃盗、殺人。なぜこいつらは牢獄の中でのうのうと生きるのだろうか。喜与よりも社会的価値がないことは一目瞭然だというのに。
そう考えている間に少し間が空いていた。喜与が少し泣き止んで俺に言った。
「神様って私のこと嫌いなのかな。それでも私は神様のことが好き。」
「だってパパやママの子にしてくれて、優慈と出会わせてくれて、なにより私を作ってくれた。」
「与えすぎちゃったから、もう終わりってことなのかもね。」それでも、仮にそうだったのだとしても、
「俺は喜与に生きていてほしい」
「精一杯、頑張るね」
燦々 ネコヤナギ @miyabi0213
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